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「勘違いしないでね、純君。これは食べさせてくれたお礼よ」

 彼女はそれだけ言うと席を立ち、ロケバスの傍にいるスタッフ達の方へと戻っていく。

 つかつかと歩く様はレッドカーペットを歩く女優のようだが、次第に背を丸めて口を手で押さえた彼女はロケバスの中へと走っていった。

「な、何よあの女!」

 人のダーリンにキスしといてなんだあれは!

 そう怒ったのは純と向かいに座っていた沙織である。持っていたフォークをダン! とテーブルにさしたかと思えば、彼女はすぐに立ち上がり純の頬を紙ナプキン、アルコールが含まれた除菌ペーパーで念入りに拭いていく。

「あ、あれは沙織さんが思っている様なキスじゃないーー」

「キスはキスでしょ! それともなにかな、ダーリン。私に嫉妬させたいの? そうなの?」

「ちょ、スタッフさんたち見てますって」

「関係ないから! 彼氏の浮気現場目の前にして指くわえるって何? 昼ドラか何か?」

 沙織は噴火した活火山の様に純に小言を投げつける。

 そして彼女は上書きをするように、綺麗になった純の頬に口づけをした。

 頬に付いた赤いルージュが純は誰の所有物かを物語る。沙織は浮気をした罰と称し、その烙印を消すことを禁じた。

「今日一日、それつけて反省すること」

 腰に手を添えて反対の手で純を指さしながら、沙織ははっきりと純に宣言した。それに対して純はそのルージュを手で隠すように覆いながら、ただ気圧された様子で頷くだけだった。

 そんな3人の様子をトイレから戻ってきた高田は昼ドラだな、あれはと嬉しそうに眺めていた。藪蛇は嫌いじゃない、面白いから。高田はバスに戻った千夏ではなく、テラスにいる若いカップルの方をターゲットとして近づいていく。

「いやー、熱々だねえ。アイスが食べたくなるよ」

 今日の晴れた天気にぴったりだよと、高田は二人に話しかけた。痴話げんかをしていた、いや、彼女にとっては夫婦喧嘩ともいえる場面に入ってきた部外者をそれとなく追い出そうとしたが、彼女、沙織はその相手が高田だとわかり言葉を噤んだ。

「た、高田さん」

「沙織ちゃん、男はいい女見たらデレるもんなのよ。まああんまりにも酷いと下からも出るんだけどね」

 お二人はハッスルしてるかい? と直球を二人に投げつける。

「や、やだぁ高田さんのスケベ」

「男はスケベでなんぼ。兄ちゃんもちなっちゃんにキスされてどう? 興奮した?」

 矛先が向けられたことで、純はその矛先が二つに増えたと感じた。

「いい女二人に迫られて嫌な男はいないか、アハハ」

 豪快に高田は笑うと、純の肩をバシバシ気合を入れる様に数度叩いた。そして肩を組んで純の顔を自分の顔の方へと寄せると、内緒話を始めた。

「で、どうなの、実際」

「ど、どうとは」

「夜よ夜」

 高田は純の股間を指さし、酔っぱらいのように絡みだす。

「し、しませんよ何も」

「いやいや、顔真っ赤にして言うセリフじゃないって。彼女結構ガード堅かったのに、君堕としちゃったんでしょ?」

 ひゅーと口笛を吹きながら、純をはやしたてる高田。純はテレビでしか見たことがない大御所ともいえる存在に、恐縮しっぱなしだった。

「き、清い付き合いを」

「うっそだー!」

 高田が冗談でしょ? と言う様に純の胸を軽く押した。

「彼女と一緒にいて勃たないなんて男じゃないって、それとも君女の子?」

 でも押した胸はぺったんこだったしなぁと、高田はふざけながら純の股間をタッチした後に純の前髪をすくい上げた。

「なんだ、ただの色男じゃん、君名前なんだっけ?」

「じゅ、純です」

「俺も純。やっぱり純って名前はいい男ぞろいってやつだね。みんなもそう思うだろ?」

 傍にいたスタッフになあ、と同意を求めると、スタッフ一同は笑い出した。

「おいおいおい、これでも俺は若い時から夜の三冠王だったんだぜ?」

 高田の一言に、スタッフがふざけてじゃあ今は? と問いかける。

「今はいい女狙いのホームラン王。けどさぁ、ボク最近弾道下がってきたのよ。だからいい歳だし下半身のコーチでもやろうかなぁ」

 と高田は言うと、閃いた! と言う様に純の方を向いて「夜の三冠王は君に任せた」と、ポンと純の肩を叩いた。芝居がかったその姿にスタッフ一同がまた笑い出す。

純もまんざらではない、訳ではないが緊張しているためか愛想笑いで「よ、よろしくお願いします」と返答した。

 嬉しくなったのか高田は純の長い髪をわしゃわしゃと撫でると、「よっしゃ純ちゃん、いい店教えてやるよ」とロケ現場から離れようとした。

「結構です」

「いやいや、男たるものいい店の一つや二つ」

「結構です」

「さおりんちゃんダメ? 純ちゃん男にしたいのよ」

 お願い、と子犬の様に頼む高田の姿を一蹴し、背中に鬼のオーラを見せながら沙織は尚お決まりの言葉を告げる。

「結構です」

 はぁ、とため息をつく高田は純から手を離し、参ったと降伏する。すると沙織は純に寄り添う様に横に立ちながら、高田に言う。

「ダーリン、いえ、向坂純君は私とお付き合いをしているので、変な道へ引き込むのはやめてください」

 それは保護者のような言い分だった。彼氏彼女という前に、管理される側とする側だよねぇ、高田はそう思いつつ、ごめんねと沙織の前で両手を合わせて謝罪すると、純の方を向きなおして名刺を渡した。

「今回のお詫びは後日、ここから連絡来ると思うから登録しといてね」

 純に自分のプライベートな名刺を手渡した高田は両手を高く上げて数度拍手をすると、さぁ仕事再開だと現場の指揮を執り始める。あわてて仕事に戻ろうとするスタッフにやべ、といった表情を見せた高田は舌を出しながら言った。

「あ、ボク監督じゃなかったわ。今のナーシ!」

 その言葉を聞いた途端、現場でずっこけるスタッフは多かった。


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