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64 愛縁鬼縁

お久しぶりです。第2章はここからです。


 沙織と純が付き合ってから二人はそれはもう人目もはばからずいちゃいちゃ、いちゃいちゃと地球温暖化に貢献していたわけではない。むしろ互いの仕事や学業の関係上会える時間は少なかった。たまにお忍びデートと称して沙織の家へ純が赴くこともある。それかっ今回の様に野外ロケにて仕事場が近ければ、沙織が純を呼び出して話題のお店で二人でランチを取ることもある。けれどそんな二人を面白くなさそうにふくれっ面で眺めている人がいた。

「ねえ、いいの、あれ?」

 アイドルとしての自覚は無いのかと、今回の共演者でもある新進気鋭の女子アナ、大槻千夏が二人にじとーっとした視線を送る。短く切りそろえられた毛先をいじりながら、面白くなさそうに彼女は隣に立っているベテラン俳優に声をかける。

「まあ沙織ちゃんもいい歳だからね、いい機会なんじゃないかな?」

「いいわけないでしょ、高田さん。アイドルなのにあんなことして……仮にもキモオ……じゃない、ファンに対してそれは裏切りですよ」

 少し顔を赤らめてなお食いついてくる千夏に対し、高田はあくまで余裕を持った面持ちでほほんとした雰囲気を醸し出す。そしてペットボトルのお茶を飲みながら、沙織たちを眺めてはうんうんとベテラン俳優の高田は頷く。そして幸せそうだし結構結構と少しいい加減な雰囲気を醸し出しながら、高田は千夏に対して何の問題ないと発言する。

「にしてもさぁ、彼」

 少し伸びた顎髭を触りながら、俳優はしたり顔であまり食べなれていないタワー状に積まれたパンケーキに悪戦苦闘している向坂純の方を見た。その一瞬ながらも鋭い眼光に、茜はぞくりと背中に寒気を覚えると同時に、彼に対して何か思うことがあるのかを高田に尋ねた。

「純さんが何か?」

「背高いのに座高低くない? いいよねえ、最近の子は」

 おじさん足短くてと、高田はスラックスの裾を両手で持つとグイっと食い込む程度に持ち上げた。

「真面目な顔は何だったんですか! もう!」 

「彼って素人? それともモデル?」

「素人です、それより」

「あ、茜ちゃんも彼の事気になる?」

「な、何をバカな」

「ああいう男はでかいからね、きっと楽しいよ」

 急に下ネタを振られて焦る千夏を見た高田は、嬉しそうに面白い子だなぁと笑みをこぼす。若い娘をからかうのは楽しい、しかもその内容が色恋事ならなおさらだ。千夏が沙織に対して向ける矢のような視線ははたして嫉妬か、それともまた違う気持ちなのかは高田にはわからない。だからこそ高田は傍観者として、千夏に野次まがいの言葉をぶつける。

「千夏ちゃんってミスコン優勝者って聞いてたけど、案外奥手なんだね。あれだったら橋渡ししてあげようか?」

 にんまりと笑いながら放つ高田の言葉に、千夏はあたふたと何であんな男との橋渡しを、などと口ごもった。ミスコン優勝者がなんであんなひょろい男を、と言いかけたところで、千夏は何やら口に指をあてて考え込む。そしてたびたび高田にチラチラと視線を送る。

「ん? もしかしてボクとデートしたい? もしかして千夏ちゃんファザコン?」

 高田は下半身はいつも少年だけどねとぐいっと腰に手を当てると、「昼は小象さん、夜はマンモス!」とえっへんと威張るように腰を前に突き出した。

 おもわず高田の発言にずっこけそうになる千夏だが、何とか踏ん張り突っ込みを入れる。すると茜の言葉に反応した高田は、ずいっと茜と紙一重でキスが出来る距離に顔を近づける。

 ふざけながらも今の高田から発せられる視線は、若い時から今日まで芸能界で生き延びてきた男の鋭い眼力は、千夏の体を金縛りにした。嘘をつくな、もう全てお見通しなんだぞ。まるでサスペンス映画にて逃走する犯人を追い詰める警察の様だと彼女は思う。

 じっと送られる高田からの視線に彼女は思わず背をのけぞると、高田はニぃ、と笑った。そして千夏から離れると何か納得したかのように、改めて高田は千夏に背を見せてその場を去っていく。去り際に手だけ振りながら、やる気のないエールを送る。

「ま、頑張ってね。ボク便所行ってくる」

 去っていく高田に対し、千夏は高田の姿が見えなくなってから緊張の糸が切れたように大きなため息をついた。

「なんなのよ……」

 終始からかわれていただけつづけた千夏に残ったのは、疲労感と徒労感だけであった。ふらふらとした千夏の本能が糖分を欲したのか、純たちのいるガーデンテラスの方へ向かうと、純の隣の椅子に腰を下ろした。

 何も言わずに隣に座ってきた千夏に対し、、一口サイズに切ったパンケーキをフォークにさして固まる純と、彼氏の隣に許可なく座ってきた千夏に対し、沙織は驚きと人さじのストレスを見せるが、千夏は二人の視線を気にする様子無く、純の方に顔を向けてひな鳥の様に口を開けた。

「え、えーっと」

 純は千夏が何を求めているかを知りながら、そしてその行動をとったら沙織がどんな反応を示すかを理解しつつも、純にとっては甘すぎて量もある食べきれないパンケーキを食べてもらえるチャンスと、フォークに刺さった一口サイズのパンケーキを優しくひな鳥へと食べさせる。

 ――甘すぎ、もう一口。

 食べ盛りなのかひな鳥はもう一口、更にもう一口と純から運ばれてきたパンケーキを口元を汚さないように食べ進めていく。純はハイペースにパンケーキを胃に納めていく彼女を見て、女性はやはり甘いものが好きなんだなぁと驚きを見せる。そして皿がほんの少しのクリームとトッピングされたブルーベリーが数個残した状態になるのを確認すると、パンケーキを残さずに済んだとホッと息をはいた。

 人心地をついたように表情を少しほころばした純の様子を、ひな鳥は逃がさない。

 ――ミスコン優勝者って聞いてたけど、案外奥手なんだね。

 あの一言、人を完全に見下した言葉よね。彼女は先ほど高田に言われた初心発言、処女発言を尾を引いていた。だからこそ彼女は口元を紙ナプキンで少し拭くと、遊女の様に、あたかも好意を持っているかのように、純の頬に口づけをした。

「勘違いしないでね、純君。これは食べさせてくれたお礼よ」

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