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56 夢現


あの別れから2週間。純の生活は以前と同様の生活に戻っていた。気ままなキャンパスライフ。出席が必要な講義には出席し、必要なければ男友達と講義に日替わりで出席し効率よく単位取得に励む。少し違う点は出席率が増えた点だ。目標が出来たのか前向きに大学に出席する様子がたびたび見られた。日替わりで出席するときも友人らと駄弁りたいからと適当な理由を説明し、出席することが増えたのだ。その実、授業中に睡眠することは無くなった。さらに食堂や講義後に初対面の女子から話しかけられる事が少し増えたことだ。まあ興味は純本人ではないのが玉に瑕だが。

「ねえねえ君、あのかっこいい女の人って誰?」

「私今就活中で、あの人みたいなキャリアウーマンになりたいんだ、だからさあ」

 野暮ったい純ではなく、あくまで狙いは茜。そのための橋渡しをしてほしいと頼まれる純であるが、それを丁重に断った。えー、とショックを受ける女子大生であるが、失恋的雰囲気を察してそれなら仕方ないとあっさり手を引いてくれた。

 その行動から純は彼女たちが悪い人ではないと判断しつつも、ごめんねと頭を下げた。その足で部室に向かうと、仲間が一足先に到着していた。そして時間つぶしにテレビを見ていた。

 仲間に軽い挨拶を交わすと、純も空いた椅子に腰かけてぼーっとテレビを見る。仲間は特に見たい番組は無かったようで、純が来ると見たい番組がないか適当なザッピングを始める。するとおっ、と小さい驚いた声を上げてザッピングを止めた。

「お前これ過ぎたったよな、純」

「ああ、そうだな」

 音楽番組。既視感のあるステージでアイドルが歌っている。

「好きだよ、この曲」

「あ? これテレビで初お披露目って話だぜ」

「ラジオで聞いたとか?」

「んー、そんなところかな」

 男友達が純に質問する。純も適当に相槌を打ちつつぼーっと歌姫を見ている。時折見せる視線の先に自分がいたのを思い出す。そしてやはりテレビ局ってすごいんだなぁと感心する。沙織の視線を上手く撮影し、テレビ越しのファンに注がれているように編集されていた。

「わり、俺帰るわ」

 何となくテレビ越しでもその視線を注がれると気まずい。特に最後の笑顔で手を振るところなど、更に顔をそむけたくなる。友人らがさおりんのインタビューが残っているぞと純の手を掴んだ。それは優しさなんだろうが、その優しさがつらい。

 無碍にするわけにもいかず、純は居心地悪そうにテレビを眺める。テレビでは喜々としてインタビューに応じている。内容は今回の曲についての内容や、私生活について。特に私生活については純の知ったる内容が多かった。けれど知らなかった情報もあった。まず最初に思ったのは、沙織が嬉しそうなことだ。演技ではなく本心だとわかる。一緒に暮らしていたからなおの事。

 茜との生活の中に、ところどころ自分と暮らしていた内容を聞いているうちに、

「最近調子いいねえ」

「あ、わかりますかぁ?」

 司会のスーツ姿のおじさんがアイドルさおりんに質問を投げかける。

「最近何か始めたの?」

「えっとぉ、恥ずかしいんですけどお料理です」

 周囲からどっと笑い声が漏れる。

 他番組でも披露した経験があるが、沙織の料理が下手なのは周知の事実だから。味音痴と言うわけではないが、アレンジが壊滅的なのだ。だからこそ笑われているのだ。沙織もとぼけた風に、天然を装ってその評価を甘んじて受け入れる。

「ひっどーい、でも最近練習しているのは、シチューです」

「この時期に?」

「暑気払いにはちょうどいいんですぅ」

 甘ったるい声、それでいて純にとっては心地よいその声で沙織は反論する。司会者は「難しい言葉知ってるねぇ。頑張ってね」と軽く流して、沙織の出番は終了。続いてのアーティストの紹介を開始する。昔から人気のシンガーソングライターが登場する。

「相変わらずこのおっさんかっこいいよな」

「ほんと、足短い以外欠点ないからな、この人」 

友人たちが次のアーティストの話で盛り上がる中、純はおもわず沙織にテレビを見たことを報告しようとしたが、スマホの電話帳を見て外スマホの画面を閉じた。消したんだったな、そういえば。純は沙織の家を出る際に彼女たちとの縁を切り、元の関係に戻ろうと茜の提案を受けて消したんだった。

暗くなったスマホの画面を数度フリックしながら、純は二人のアドレスを一切暗記していなかった自分の無関心さに苦笑した。彼女らと自分は無関係。忘れなければいけない。純は部室に備え付けられたギターを手に取った。そしてテレビの電源を切ると、仲間を急かす。今日は今出ていたバンドの曲、懐メロをやろうとスコアを漁る。

 出てきたバンドスコアから弾ける曲をいくつかピックアップし、仲間と音合わせを開始する。ドラムは今日は来ていないからリズムマシンで代用する。マルチエフェクターのチューナー機能で調律しながら、純は仲間に問いかける。

「なあ、今日俺歌っていいかな」



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