51 曇りのち晴れ? 晴れのち曇り?
「三文芝居ってひどい、ひどいよダーリン」
ぷりぷりと怒る沙織に対し、ひどく冷めた様子で純が氷柱のような言葉を放つ。
「謀った沙織さんの方がひどいと思います」
沙織の体が凍結する。それだけ言うと純はこの悪女、とでもいう様に左手で平手打ちを放った。ショックでいまだ体が固まる沙織を見た純は彼女を両手で体から引きはがした。拒絶拒絶拒絶。そして立ち上がった純は寝室にある衣装ケースを開けた。中にあったのは小さなメルヘンチックなピンクを基調とした箱。よく見れば蓋に小さな鍵穴があり、中には乙女の大切な秘密が隠されていそうな木箱。
それを取り出し、沙織に見せる。その箱は、と焦った様子を見せる沙織に、純は笑顔で歯を見せて笑った。そして次の瞬間、それを思い切り床にたたきつけた。悲鳴を上げる彼女に対し、それだけじゃあその箱は壊れないと茜は助言する。それと共にどこから出したのか、針金を2本用意し手際よく開錠する。
がちゃり。
あっという間に空いた木箱の中には指輪が二つと、4つ折りに畳まれた紙があった。
青ざめる沙織の体を、茜が押さえつける。体重をかけ、両手で肩を抑え、がっしりとベッドから逃がさない。やめろ、離せと喚く彼女の口を、茜はたやすく塞いでいく。自らの唇で。ずっとこうした勝ったと言う様に、沙織に吸い付いて離れない茜。
動揺を隠せない、やめろ、私の唇はお前にやるためのモノじゃないと暴れようとする沙織の体に、更に体重をかけて茜はのしかかる。やっとの思いで沙織は息を荒げながら茜を体から引きはがし、純の方を見る。彼の手には4つに綺麗に破られた紙が握られていた。返してと腕を伸ばす沙織、そして沙織が破られた紙を視認したのを確認した純は、今度はそれを重ねて更に真っ二つに千切った。
意外にも、沙織の口から悲鳴は出なかった。代わりにと言っては何だがすべてが終わったと言う様に、沙織の口から魂が抜け出たようだなと純は思った。
そして自身に降りかかった悪夢の終焉を告げる様に、純はカーテンを開けて窓を開ける。日光が注がれた部屋に、まぶしさに心地よさを感じながら窓を開ける。入ってくる風が悪夢の霧を腫らしていく気がした。そして窓から身を乗り出して、紙を風に乗せた。
横から吹いていく風が高く高く、紙を運んでいく。鳥かごから逃がされた小鳥の様に、嬉しそうに空を駆け上っていく。誇らしげに笑顔を浮かべ、同時に左手の薬指をかばいながら、純はやるべきことをやるために部屋を出る。
後に残るは、二人の女子。
放心した様子の沙織を、茜はただじっと見ている。自殺しないよう注意しながら。するとけらけらけらと沙織が笑いだした。そしてごろんとカーペットの敷かれた床に寝転がった。
「終わっちゃった……」
自分で言って涙が出てきた。沙織は涙を浮かべながら、再度呟く。
「終わっちゃった……」
これでダーリンを繋ぎ止めることがもう出来なくなってしまったのだ。書面上の呪いも効かなければ、言葉による呪いも効かなかった。
「男子三日会わざれば……ってやつ? くす」
最初はあんなにおどおどしてたのに、今じゃ、今じゃ……純のことを思えば思うほど、とめどなく溢れてくる雨が強くなる。しばらくやみそうにない。外はあんなに晴れてるのに、何でここはこんなに天気が悪いのだろうか。
「だ、や…だ…やだよぉ」
初めてこんなに好きになったんだ。初恋と言ってもいい、初恋ってこんなにつらいのだろうか。そんなわけがない。こんなにもつらく冷たく、寂しいはずがない。後に残るは後悔のみ。もっと別のアプローチがあったのではないか、いや、ない。
自分は正しかったはず。だってそうでもしなきゃ、そうでもしなきゃ、獲られてしまう。付き合ってみて分かった。彼の魅力に気が付いているのは自分だけだと思っていた。いや、そうであればいいと思っていた。
でも違った。彼の周りには常に女の気配がした。目を離せば違う女が常に傍にいた。あの女子アナがそうだ。もっとほかの男を狙えばいいのに、ダーリンを利用しようと近づいてきた。それだけならばよかったが、その実彼女がダーリンを見る目が徐々に変化していった。
だからこそ私は彼女に釘を刺した。貴女じゃダーリンにふさわしくない。その邪な目でダーリンを見るんじゃないと。あの後ダーリンといちゃついたなぁ、と懐かしそうに少し前の事を思い出す。
そして茜ちゃんとケンカ別れをしたんだったなぁ、まあそのすぐ後に彼が出て行ってしまった。沙織は自分の体を動かす歯車がそこで狂ってしまったのだと思った。けれどそれは違う、違うんだ。ずっと前からきっと思っていたんだろう、茜ちゃんは私に対して不満を持っていたんだ。たまたまそれが今になって爆発しただけ。
沙織はそう結論付けると、上体を起こして正座で座りなおった。そして律した口調で茜を呼ぶ。茜もそれに対し礼儀をもって返答するべく同様に正座して向かい合った。
「茜ちゃん、いままでありがとう」
三つ指をついて沙織はゆっくりと頭を下げる。これからは自由、自分一人で頑張っていくという決意の表れ。それに対して茜もまた鏡のように同じ所作で返礼する。
「お断りします。離れる気など毛頭ありません」
「ふぇ? え、えええ!?」
――どうして、どうして!?




