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50 男と女

三文芝居? 純も茜の一言で自分が沙織の演技に落ちかけていたのかと、気を引き締める。沙織が歯ぎしりを鳴らしたのを純は聞いた。

「老いるのがそんなに怖ければ、さっさとアイドルなんて引退したらどうですか?」

 怒りに満ちた茜の表情、それをちらりと横眼で見た沙織が、小さく舌打ちする。

「だから貴女は面倒なんですよ」

 簡潔明瞭に、鋭い一閃を沙織に振り下ろす。沙織は聞こえないと言う様に、純に茜が怖いと訴える様に泣きついた。思わず頭を撫でたくなるが、茜にそれを制される。この女は演技が得意な狐のような女だと純に言う。

「こわーい」

「怖いのは年も考えないでそんなぶりっ子が出来る貴女ですよ、沙織さん」

「人の男を取る女は面倒な女じゃないの? 裁判モノだよ、裁判モノ。裁判官さーん、ここに悪女がいますよー。ね、ね?」

 園児の様にあどけなく茜を否定し、悪は全てアイツだと純に言う。

「そんなに老いるのが怖いですか?」

「怖いよ」

 茜の問いかけに、沙織は即答する。

「後ろから追いかけられる恐怖、貴女にはわからないでしょ」

「好きな男を追いかけてる間にも不安ばかりなのわかる? この年が、立場が、私の体をすべてを縛り付ける。純君がほかの女と話すたびに、私は気が狂いそうになるの」

「沙織さん」

 純が包み込むように沙織の体を抱きしめる。嬉しそうに笑う沙織の瞳は、勝ち誇った瞳だった。

「だからってしていいことと、悪いことがある」

 抱きしめられながら囁かれた言葉は、悪夢の到来を意味していた。

「今の沙織さんは、やっぱり嫌いです」

 ――なんで?

 たったの三文字が、沙織の口からは出なかった。



「なんで?」

 やっとの思いで出せた言葉は、反射される。

「なんで好かれると思ったんですか? 沙織さん」

 名を呼ばれた沙織が純を見る、しっぽを振る子犬の様に嬉しそうに。与えられたのは、しつけだった。

 ――ほっぺ痛い……、なんで、どうして。

 純の左手がジンジンと痛む。折られた薬指に激痛が走る。けれど左手を抑えるような真似はしない。歯を食いしばり、純は再度左手で頬を叩いた。アイドルの命ともいえる、顔を叩いた。

 涙を流しても、演技なんでしょ? と純は取り付く島もない状況を作り出す。甘えられると踏んでいた沙織にとって、茜からの攻撃はともかく純からの攻撃は全くをもって想定をしていなかった。

 純の行動は茜との打ち合わせ通り順調だった。

 ここへ来る道中、沙織がもし相も変わらない状況だったとき、どうするか二人は作戦を立てていた。肝は純。茜が言っても聞き入れない場合、純には泥をかぶってもらうことになる、了承してほしいと茜は純に頼んでいた。

 それに対し純は考える余地もないと、即座に了承した。今の沙織は不安定すぎる、このままでは道を踏み外す可能性が高い。だからこそ二人は沙織の身を案じたからこそ、強く出た。さすがに鍵もかけていない不用心さから、最悪の事態を想定して焦ってしまったが。それに加えて純の指が折られるハプニングもあったが、順調のはずだ。

 二人のゴールは一緒だ。

 男は自身が愛した人のため。

 女は自身が憧れた人のため。

 目的は一緒、ならばやるべきことは一つだ。

 今のおかしな沙織ではなく、あるべき姿に戻ってもらう。

その結果男は二度と会うことが出来なくなることを覚悟していた。

 その結果女はもう彼女と一緒に仕事が出来なくなることを覚悟した。

「行こう」

「行きましょう」

 とらわれた姫を助けるために、二人は一歩、また一歩と足を進めた。


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