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「やはりしょっぱいんですね、当然ですが」

「じゃあ次は私だよね、順番的に」

 ふふんと千夏は少し上機嫌に、勝気に言って、沙織たちの許可もとらずに純と顔を重ねようとする、けれど千夏の肩に手を置き、声をかける人物がいた。

「これ以上は見過ごせません」

「はぁ? このタイミングでそれ?」

 後ろを見れば白髪交じりのマスターが笑みを浮かべて、忠告する。いまさら何を、千夏は自分の番になったとたんに止められたことでいら立ちを隠せない。けれど初老の店主、マスターは笑みを崩さず仕立てに出ながら口調を強める。

「これ以上は言いませんよ、場所を弁えなさい。お嬢さん」

 それだけ言うとマスターは沙織たちの方を見る。そしてギャラリーの方も。

「そうですね、失礼いたしました」

 茜は立ち上がりながら謝罪する。

「まあ目的は果たせたしいいか」

 沙織もぼそりと呟き純の腹からどけると、何事もなかったように立ち上がった。そして罪悪感に満ちたような表情で周囲に謝罪する。

「ごめんなさい、お店にご迷惑をかけてしまいました」

 心から謝罪するといった様子で茜と共に頭を下げる。千夏も渋々だがテレビで誤報を流してしまった時の様に淡々と詫びる。マスターは倒れている純の腕を取り純を起こす。そして純にケガはないかと確認をとる。倒れた際に頭を打ってないか、骨が折れてないか、痛みは無いか、一つずつの簡単な問診。異常がないと知るも、頭を打っていたら大変だからと病院に行くことを順に進める。そして改めて純の背中に手を回し、体を優しく起こす。

 マスターは純の背中に付いたほこりや汚れを払ってやると、真摯な態度、まじめな面持ちで純に忠告する。

「君、純君と言ったね」

「え、あ、はい」

 話の流れで純の名を知ったマスターは、名を呼び改めて純の顔をじっと見た。端正な顔をカーテンの様に隠す前髪に、優しさからか女性にされるがままの彼をマスターは臆病な青年だと判断する。その上で彼の身を守るためにもと、純の肩を両手で強くつかんでアドバイスをする。

「尻に敷かれるのは結婚してからにしなさい」

「え、あ……」

 掴まれた肩からマスターの熱気が伝わってくるような気がする。純は戸惑いつつもまっすぐマスターの顔を見る。手からも視線からも優しい物腰からは信じられない、先ほど飲んだコーヒーよりも熱気が、ぬくもりが伝わってくる。

「老婆心ながら忠告をさせてもらった。見てると君は危うくてね」

 握られた方から手が離れる。沙織はそれを見て面白くなさそうに「私は奥さんだから何の問題もないですから」とマスターに対して反論した。

「入り組んだ入り江に船が来ようか」

 沙織の不満にマスターが反論。

「開けた港にこそ船が来るんだよ、奥さん」

「お、奥さん!?」

 マスターの発するワードに嬉しそうに反応する沙織、

「旦那さんをもっといたわってやりなさい」

 沙織にそれだけ言うとマスターは御客全員に今回の一見はドラマ撮影の一環、今後のドラマ撮影の練習だと説明し、場を収めた。テレビ局近郊に位置するこの喫茶店だからか、マスターの人柄か、その嘘を常連は信じた。そして今いる客全員にコーヒーをふるまった。

「あの、これ迷惑料です」

  沙織と茜、そして千夏が10万ほどマスターに包んで渡した。けれどマスターはこれを突っぱね、受け取らなかった。

「金は要らない、店に傷はついてないからね。その代わりに次に来るときは仲良い光景を見せてくれないか?」

 簡単そうで難しい要求に思わず彼女たちは顔を見合わせてしまう。けれどそこは芸能人。頭に「難しいですけど」と装飾し、笑顔で答える。

「次来るときは(ダーリンと)仲睦まじさを見せに」

 沙織はそういうと茜と千夏の手を取って外に出た。彼女に引きつられて出ていく嵐のような彼女たちに遅れて、純もマスターに頭を下げて店を出た。マスターは店を出る純に「辛くなったらまたおいで、コーヒーか紅茶なら出してやるから」と言って見送った。

 店を出てちょっと歩いた先で、沙織含む3人が純が店を出るのを待っていた。純は彼女たちの傍に行くのを一瞬ためらうも、考える前に沙織たちが純を目印にするように歩いてきた。

「帰ろっか」

 沙織は純の腕に抱き着きながら、上目遣いで提案する。茜は車を回すのでここで待っていて欲しいと言い、去っていく。残るは千夏。しかし千夏は頭を抱えていた。これから活躍すること必至な彼女にとって、スキャンダルなどもっての他だった。それを自覚していたからこそ安易にプロデューサーやディレクターに安易に流されなかったはずなのに、どうしてこの男はこうも生意気に私の心を乱すのか。

 恨めしそうに彼女は純を見る。アイドルに優しくちやほやされる姿を。見れば見るほど不思議でならない。確かに素材はいいが、問題は沙織である。アイドルさおりん。アイドルとして歌もバラエティ番組、果てはアニメ業まで幅広く活動、そしてどれも一流ともいえる活躍しながらもどうして堂々と男と仲良く、それ以上に親密な状況をこんな大衆にさらす意味があるのか、千夏には理解が出来なかった。

 スキャンダルにならないのか? アイドル生命に問題は無いのか?

 千夏は気になってしょうがなかった。質問しようと沙織たちに近づこうとするも、彼らは自分を蚊帳の外へ追い出している。


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