33 ゴング
千夏はチャンスとばかりに反撃の狼煙を上げる。それと同時に純へ、電話先の主へ攻撃が始まった。乱れろ、慌てろ、ざまあみろ。純が心配だろうが今の千夏には関係ない。主導権は我にあり! 勝鬨を上げてもおかしくない状況。今の純は首筋に鈍い刃があてられている様に緊張していた。額から汗がにじんでいる。
千夏の攻撃はまだまだ続く。唾液の付着した指を拭うのではなく千夏はあろうことか、自身の唇へ。アイスキャンディーをなめるようにその指を舐めたかと思いきや、物欲しそうに純の唇を見る。その表情は情欲をそそらせる。そして物欲しそうに指をくわえたまま純の唇や下腹部をじっと見る。その視線の糸に気が付いた純の顔が赤くなる。するとえっちなお姉さんを演じる様に千夏は純の隣に座り、純の太ももをさすり始める。これには純も声を上げて抵抗を見せるしかなかった。
「あら、どうしたの?」
「どうしたのじゃなくて、どこ触ってるんですか」
「言っていいの?」
くすりと千夏が笑う。手は徐々に徐々に太ももから股関節へと伸びていく。慌てて抵抗する純と、それをからかう千夏。そんなやり取りを繰り替えしていると、電話口が静かになっていた。
状況を楽しんでいる千夏と、相手の状況を察してしまって表情が凍ってしまう純。千夏はおもむろにスマホをもって固まっている純の横に立つや、相手に聞こえるように、純にもたれかかりながら、
「ねえダーリン、誰と話してるの? デート中だからそろそろ切ってよ」
偽の嫉妬心を込めたナイフを電話口の相手へ投擲。
「ちょ、もたれかかるなって、あたってるから」
「あててるのー、どこ当ててるか言ってみて」
「お……いえるか!」
「やーん、顔赤―い、かわいい」
二人の会話は明らかに親しい男女のモノだった。通話が切れる。それと同時に千夏の波状攻撃がやんだ。鈍い刃を何度もあてられた気分の純が頭を抱える。いっそ殺せと。ざまーみろと千夏が不満をぶつける様に言う。
そんな店内に新たな客を知らせるベルが鳴った。その入店者は女性のペアだった。空席を確認する声に聞き覚えがある。けれどそっちを振り向くことが今の純にはできなかった。自然と背筋がのびる。いや、テーブルの下に隠れる様に身を縮める。けれどそれは出来なかった。
テーブルの下にもぐれば千夏の下半身が目前にある、慌てて純は体を起こそうとするも、テーブルに頭をぶつけてしまう。カップが揺れる、皿とカップがぶつかる高い音が響く。視線が注がれる。何事かと。その中のある視線は氷柱のように冷たくて痛い。完全にロックオンされている。
女性陣はマスターの進める石とは違う方向へ向かった。純たちの傍の席へ近づく。彼女たちは純の近くの空席に腰を下ろすことはなく、二人の傍まで歩くと足を止めてさも偶然かのように純の方へ話しかけてきた。
「あっれー、あれれー?」
あどけない子供のように純の顔を何度も見る。
「おや、こんなところで会うなんて」
偶然を装いながら、メガネをくいっと上げる茜。
そして二人は声を揃えて尋ねる。なぜ純がここにいるかを、この女といるのかを。
「まったく、この放浪癖は何とかならないものでしょうか」
「首輪はつけたくないぁ、ダーリンも嫌だよね?」
当たり前だと首を縦に振りたいが、怖くて降ることが出来ない純。それを知り、二人の追撃は止まらない。まずは沙織から。そして次は茜。
「あれ、もしかしてお邪魔だった?」
「じゃ、じゃまじゃないです」
「でも随分とお楽しみでしたね」
「そ、そんなこと」
「でーも、楽しそうだったよ」
「ええ、楽しそうでしたね。随分と」
声のトーンが徐々に徐々に低くなる。怪談話を語るように。低く、地の底から這い出てきた何かのような声で。彼女たちは純に、彼女たちにとって家族とも呼ぶべき男を罪深き男に刃を突き立てる。詮議をかけるには不釣り合いなこの場所で。幸い小さな個人経営の喫茶店だからか彼女たち以外の客は高齢の客が数人いる程度で、純たちの様子をちらりと見ては様子をみている。。マスターはカウンター越しに彼女たちの動向をちらりと見るだけで、店に危害がないとみるや、おもむろに店の外に出て回転中の看板を準備中にかけなおす。
途端に喫茶店が憩いの場所から昼ドラの舞台へと早変わり。マスターの行動を見て親指を立てるギャラリー。ギャラリーを背負うことに慣れていない純にとって、この環境は地獄以外何物でもなかった。慣れているのは女性陣のみ。最高のパフォーマンスでリングに上がる。
「さっきから私を無視しないでもらえます?」
「沙織さん、純さんの処理についてですが」
「うーん、とりあえず場所移してからとか?」
「そうですね、ではとりあえず車に」
「え、いや、その」
「何か?」
「無視してんじゃねーよ!」
茜と沙織は千夏と純を無視して話を進める。怒る千夏と、おびえる純。おもわず同じく無視をされている千夏に仲間意識を持ってしまう。途端に沙織と茜はその反逆的行為を見逃すわけがない。燃える赤い怒気と凍てつくような青い怒気。
両者の怒気がぶつかり合い、せめぎあい、純をサンドイッチにする。涙目になる純と、何故か彼を守るように純の家族を自称する二人の前に立ちふさがる千夏。気に入らないのは純とは家族同然と考えているのに敵扱いをされている二人である。




