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30 葛藤


――私はどうして、こんなことを。

 薄暗い室内で茜は自問する。

 胸の中に潜む何かがせめぎあう。

 負けたくないと思う自分がいる。

 目をつむった茜は先ほど地に落とした女性を見る。ぶんぶんと花の蜜を求めた虫の様だった大槻千夏を。自身に向かってきたその女性を沈めた掌を、じっと見る。突っ込んできた千夏の急所を打った固い感触が、しびれが再燃する。茜にとってそれは妙に不快感極まりなかった。

 ――あんただって邪魔ものじゃない。

 あざ笑う千夏の顔が目に浮かぶ。首を振りそれを否定しても、次に出るわ先ほどのワンシーン。好きな男と好きな女が唇を重ねるその姿。両者を愛している、好いている自身がなぜ か蚊帳の外にいる感覚に襲われる。

 無論茜も先ほどの自身の行った愚策に、答えに整合性が無いことを自覚している。けれども先ほどの行動に対し茜は説明することが出来なかった。しかし不思議だったのは沙織に対しての罪悪感が先ほどより薄れているような気がすることだ。茜はたった今行った自身の行動に対して無意識にほめていた。心の中にいる小学生程度の背丈の自分を撫でてやる。そして何度も先ほどの感触を確かめるように自分のリップをしきりに触れていた。

 ――まだ彼との温もりが残っている。それがトリガーとなり、彼の大きく開いた瞳が、瞳に移る自分が見える。

 くすりと口元を軽く歪ませた彼女は、その口元を手で覆うと元に戻した。いつもの鉄仮面を纏い、その裡では意気揚々とした気分で部屋を出る。茜は思う。人がいなくてよかった。今の自分を見られていたら頭がおかしい人物だと思われても仕方がない。

 空きスタジオから出た彼女はシンプルな革バンドの腕時計を見る。まだ収録中だ、仕事に戻らなければ。毅然とした態度で歩く姿はいつものまま。けれど足先は先ほど来た道と反対方向。心なしか普段の1.5倍程度の速足で。茜は無意識に純と会うのを避けて目的地に向かっていることに茜は気が付かなかった。その反対方向で、今まさに彼が自身のせいで予期せぬ逢瀬をしていることを。

 純の予想は外れた。石戸にこもる天女は存在しなかったのだ。

「貧乏くじ、なのでしょうか……」

 沙織も好き、純も好き、二つの天秤が茜の前に現れる。女神を選べば、それはもう眷属としての道を、影として生きる道を選ぶことになる。また反対の女神を翻弄する無垢な人間を選べばそれはもう戦争の始まりを意味する。

 一時は愛人という道も考えていた茜であるが、再度その決断に至ることが出来なかった。どうしても欲しくなってしまったとき、歯止めがかからなくなりそうだから。迷いを振り切るように茜は速足でスタジオへ向かう。歩く、歩く、歩く。


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