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彼女のやさしさに惚れている男性も多い。

 ――全部計算なのだが。

 純は彼女の顔をちらりと見ると、悪そうな顔が一瞬垣間見せる。うわぁ、

「あの、もういいで」

「黙って」

「あ、いや」

「黙れ」

 悪そうな、おっと訂正。怒っている。

 純にだけ聞こえる程度のひそひそ話。内容はお察し。

「いいから黙ってついてきて」

「……はい」

 付いて行こうとした矢先、純の名を呼ぶ声がした。

「向坂純さん」

 フルネームで呼ばれたことで純が声の主、後ろを振り向いて返事をする。

「はい?」

「――何をなさっているのですか?」

 おかしいな、室内なのに雪が、吹雪が見える。寒いな、相手の顔をまっすぐ見れない。純が固まったこと、額から汗を滲みだしたことで肩を貸している千夏も二人の顔を交互に見やる。わけありかな? 千夏は二人の関係を想像する。

「あの、今急いでるんでいいですか?」

 営業スマイルで純を連れて去ろうとする千夏に対し、茜が「待ちなさい」と引き止める。千夏は人の話を聞かない女だなぁと、茜の方を一瞬にらんだ。茜はその敵意を軽く払うと、純の腕を引っ張った。

「行きますよ、すでにロケが始まっています」

 ――人の獲物を何横取りしてんだ!

 茜の行動に千夏の脳でカチンと試合開始のベルが鳴る。

「あのぉ、何をしているんでしょうか?」

 ぶりっこで敵意をカモフラージュ。でも明確に『あんた邪魔なんだよ』と敵意を放つ。

「お構いなく、むしろ家の男が粗相を。失礼しました」

 言葉で謝罪はすれど、まるで悪びれていない。純の腕をぐいっと引っ張る。純の体がバランスを崩し、茜側に靡いた。

「うちの男? 適当言ってないで邪魔しないでくれますか?」

 すかさず茜も純の腕を引っ張る。

 綱引きが始まったのだ。各々の目的を、野心を胸にした女の闘いが幕を開けたのだ。

 口火を切ったのは茜である。

「貴女のような人にかまう時間は無いので」

「はぁ? こっちこそ急に表れて何言ってんだって感じなわけ! わかる? 日本語」

「少なくとも貴女よりは」

「黙れ、能面女!」

「手癖の悪いどら猫が何か言ってますね」

「はぁ!? マジむかつくんですけど」

「頭の悪い口調、お里が知れますよ」

「殺す!」

 綱引きの熱がヒートアップする。二人の熱気が純に伝わる。体感的にはっきりと。両者ともに力づく。体全体を使うし、一瞬に爆発力を見せて加勢に出る。このままでは純が二つになってしまう。

「痛い痛い痛い!」

「男でしょ、我慢しな!」

「ご心配なく、すぐに終わらせて治療に移りますので」

「マジ裂ける、裂けるから!」

 純の懇願を受け入れる名奉行はまだなのか、というか千夏も茜も熱気が入りすぎて聞く耳を持ってくれない。むしろライバルとして認識し始めたのか、お互いバトル漫画の様に笑っているように純には思えて仕方がない。二人が綱引きを辞める気配がない。大岡越前が登場する気配がない。 

 けれど天からの助けはやはりあるもので、茜の手に手刀が入った。茜はその攻撃を受けて反射的に手を引いた。純が千夏の胸に抱きかかえられるように引っ張られる。けれど急に手を離されたことで千夏がバランスを崩し後頭部から倒れそうになる。

 純は反射的に、無意識的に千夏を抱きしめるとぐるりと回転、純は千夏を床から守るように抱きしめた。鈍い嫌な音が響いた。抱きしめられた千夏も思わず純のシャツをつかみ、身をすくめる。

戦いの終わりを告げる鐘を純が鳴らす。

 勝者がいないが敗者もいない、引き分け引き分け、どっちつかず。

純の気絶で戦いの鉾が収められる。

心配そうに駆け寄る2人、3人? 純は頭を打った衝撃で身を反らして悶絶する。千夏はまだ胸の中。痛みをこらえるためか、千夏を抱きしめてしまう。強く、強く。

「ひゃっ、何あててんのよ!」

 純に抱かれていた沙織の下部に純の下部がぶつけられる。わざとではない。痛みにより身悶えた結果であることを了承してほしい。純は思った。けれど顔を赤らめた千夏は純を気遣う余裕はなかった。

「ちょ、ちょっと腕、腕離して」

事情を知らない人が見れば、二人が廊下でじゃれあっているようにしか見えない。嫌がっている割に、体では拒否をしない千夏の顔は赤い。半面手を離した茜たちの表情は冷めていた。

「おかしいよね、おかしいよね」

茜が綱引きに終止符を打った彼女の言葉に同意する。

「ええ、江戸時代の逸話ではこの勝負、手を離したほうが勝ちでは?」

おかしいですねと彼女は笑う。けれどその表情は凍っているようでまるで崩れない。仮面の様だ。そんな茜に「変だよね、おかしいよね、茜ちゃん」ときらびやかな衣装を身にまとった女性が言う。

「でも勝とうが負けようが、変わらない点が一つあります。沙織さん」

「わかってるよ、茜ちゃん。あの女を引きはがしてくれる?」

「了解です」

 二人はツカツカとヒールを鳴らして純に近づく。そして口を揃える。

「ダーリン(純さん)は私たちのモノだ」


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