表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/104

26

純にとってさおりんは愛すべきアイドルであっても、一緒に暮らしてからはろくなことがなかった。溜息が出る。鼻で笑ってしまう。自分の女運の無さに。憧れていたアイドルは、悪魔だった。純の感想が漏れる。同時に先ほどこみ上げてきたものが再度襲ってくる。慌ててトイレに駆け込んだ純は数分後、げっそりとした虚脱感を感じさせながらフラフラと出てきた。唇は血色悪く、沙織からの愛は無情にも流されていた。

 ――やっぱり帰ろう。

「でも身分証ねえや、どうしよう」

 体もダルい。

 手に残されたメモを見る。よく見れば収録番組名も書いてあった。ええっと、……先日見た番組だ。歌番組ではなかった。

「やっぱり帰ろう」

 芸能人の瘴気を当てられてはかなわない。口元を抑えながら純は楽屋から荷物を取り、出口へ向かう。しかし腹の中の憑き物が落ちても、彼の女運はやはり悪い。ふらふら歩いていると警備員に声をかけられてしまう。

「ちょっとそこの君」

 呼び出された純はのったりと後ろを振り向く。

「あ、先日会った警備の……その節はどうも」

 会釈し軽い挨拶を交わして再度フラフラと前にすすむ。

「体調悪そうだけど大丈夫かい? それより君はマネージャーらしいじゃないか、先日は怪しんですまなかったね」

 年配の警備員が雑談と共に謝罪する。そのことで純は

 身分証、一応貰ってはいるけど……、マネージャー?

「沖茜さん、敏腕マネージャーが言ってたんだよ。新人で期待の星だって」

 そういえば、そういう設定だった気がする。車内で何か説明を受けた気がするが、車内では沙織の相手をするのが精いっぱいだったので聞き流してしまっていた。

「こんなところで油売ってていいのかい?」

 雑談はいいから帰してほしい。純が具合が悪いことを理由に局を出ようとした。けれどその時、駆け寄る足音と共に純の腕をがっしり両手でつかまれてしまった。純の顔が引きつってしまう。純の腕をつかんだ女性は息を切らせていたが、スーハ―と深呼吸で息を整える。そして営業スマイルと共に話しかけてきた。

「はぁ、はぁ、探したんですよ、もー」

 馴れ馴れしく話す女性。

「早く早く、お仕事始まっちゃいますよ」

 なんのことだろう、純は不思議に思う。けれど考える前にやるべきことがあった。一介会ったばかりなはずなのに妙に馴れ馴れしいこのショートヘアの女性、新人アナウンサー大槻千夏がなぜ一般人の自分に何の用があるというのか、純には気になった。けれど千夏は理由を説明するより先について来いと、純の腕をぐいぐい引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。

「なんなんですか」

「あの後探したんだよ。住所の場所に行ったら空き家だしさ、免許更新してるの?」

 住所が何だというのだ、純は千夏の考えていることが理解できなかった。千夏が今、水面下である企画を温めているということを純は知らない。彼女の胸ポケットに添えてあるボールパンは隠しカメラを内蔵しており、純とのやり取りは記録されている。

「てかさー、ありえなくない? なんで私のこと袖にしてるの? 仮にもミスコン1位よ、私」

 だから何なんだと純は思う。納得のいってない様子でぷんぷんと自身の可愛さを引き立てる様に怒る千夏を見て、沙織を連想してしまった。年齢差があるのにこの女性らしさをアピールする彼女に対し、思わず笑ってしまった。すると純の鳩尾に砲丸を受けたような衝撃が走る。思わず息が出来ずにうずくまってしまう。

「うげぅ、がはっ」

「あら、行ってなかった? 私護身術でボクシングやってたの。と言ってもスパークリングはしないけどね」

 自慢の美貌に傷はついてはいけない。彼女は誇らしげにシャドーボクシングを実演する。風を切る気味の良い音と共に華麗な足さばきをその場で披露する千夏。ステップのたびに彼女の胸が少し揺れる。周囲にいた男性社員らは思わず彼女の方へ視線を向けてしまう。

「なにするんだ、よ」

 苦し気に千夏を見上げると、千夏はしたり顔でふふんと鼻をならす。上機嫌だ。そのまましゃがむと純の視線に沙織よりは小さいが女性としては十分なサイズの胸が視界に入った。

「こんな長い髪してるからいけないんでーすよー」

 純の前髪の先端を少しまとめて千夏はつまむと、ひょいと純の素顔を露わにする。相変わらず綺麗な顔している。手入れもしっかりしてるね、うんうん。千夏は純のルックスチェックをしてあることに気づいた。

「あれ、もしかして調子悪かった系?」

 純は先ほど嘔吐したこともあり首を縦に振る。すると千夏があちゃー、とばつの悪い表情で両手を合わせて純に謝罪する。

「ごめん、体調悪いっていうのに私ってば」

 意外にも千夏は素直に純に謝罪する。先ほどの高飛車な様子は露と消え、千夏は純に肩を貸した。よっと声を上げて純に肩を貸したまま千夏は控室へ連れていく。道中千夏に対し純の介助を立候補するも、千夏は「自分の責任だから私一人でやる」とつっぱねた。

 ふらつきつつも純を助ける千夏の姿は、彼女の好感度を上げるには十分だった。先ほどのライト級チャンピオンも顔負けなボディーブローは皆の頭から消え、残るのは女性らしさを、慈愛の心をもった天使だった。男性の評価は右肩上がりに。彼女のライバルからは嫉妬心を、けれど相手の容姿に関係なく手助けをする千夏に対し意外な一面だと感心する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ