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そうなってくるといじりたくなるのが職人の性である。こっそり沙織の傍から離れた男は、暇そうに、それでいて居心地悪そうに椅子に座ってぼーっとしている純に声をかけた。

「坊や、今日は付き添い?」

 男の言葉に純の体がビクンと跳ねた。背後から声をかけられたことや、話しかけられるとは思っていなかったからか、純は思わず声を上げてしまう。そうなると楽屋内では何事かと声の主にスポットライトが浴びてしまう。

 望んでもいないステージに立たされた純は居心地悪そうに、ばつの悪い様子で答えをはぐらかそうとしていた。けれど男性はあきらめない。

「どう? 芸能界の裏側を見た感想ってやつは」

 落ちないように厚塗りされたメイク、ごてごてし対象でありながら意外と機能性も追及されたオーダーメイドの衣装たち。部屋には複数の加湿器が置いてある。最高の商品を最高の人材へ。それが男の流儀なのだと、純に説明する。

「自己紹介が遅れたわね、私は浜。浜ちゃんって呼んでね」

 友好の証の握手を求められた純はついその手を握り返し、名前を伝えてしまう。

「向井純、です」

 アフロが揺れる。名前を知れてまずは第一歩、純の警戒心という名のファイアウォールを一枚クリアする。すると浜は頭に手を突っ込むと名刺を渡した。差し出された名刺には大きく太字で書かれた浜の名前と電話番号、メールアドレス、こともあろうか住所まで記載されていた。

「え、いや、いらないです。というか自分名刺を持っていないので」

「いやーねー、ただ連絡先をと思っただけよ純ちゃん。今度遊びに来ない? 歓迎するわよー」

「純ちゃん?」

 反応したのは言われた純ではなく、沙織である」

「ちょっと浜さん、ダーリンに唾つける気?」

「あらごめんなさい、さおりんちゃん。いい男にはつい声をかけたくなるの」

「ダーリンはこのままでいいの! それより仕事さぼらないで」

「あらもったいない、残念。今戻るわ、さおりんちゃん」

 軽口での応酬。

「じゃあ純ちゃん、楽しんでね」

 何を楽しめばよいのか、なぜ話しかけてきたのか、純には理解が出来ない。顔が整っていると言われても芸能人と比べれば、自分はステージにも立てない小市民、よくてエキストラだ。純の自己評価は低かった。

 メイクが終わり衣装合わせが終わった沙織を見ると、純の鼓動がまた早くなる。同時に胸にこみ上げる何かがあった。沙織は純の傍に近寄ると、褒めて欲しそうに自身のアイドル姿の品評を純にお願いした。

「かわいい、ですよ」

 顔色悪く純が言う。真っ青になっている。血色の悪いカサカサの唇、虚ろな目。これで沙織が心配しないわけがない。けれど撮影も始まってしまう。

「ダーリン大丈夫? じゃないよ!」

 顔が真っ青、熱はあるか、沙織は純を椅子に座らせてチェックする。おでことおでこをキスさせて、熱を測る。大丈夫、平熱。風邪ではない。お口のチェック。歯並び異常なし、喉も腫れてない。でも具合が悪そうだ。元気がない。

 ――テレビ局に連れてこない方が良かったのだろうか、けれど純には知ってほしかった。自分の職場を。好きになって欲しかった。自分を、私を、さおりんである私を。

 けれど沙織を避けるような純の虚ろな目。けれどその眼はやはり美しい。沙織は気が付けば瞳に吸い込まれるように純に顔を近づける。顔を近づけたことで純が沙織の方をちらりと見る。

――あは、目があった。

気が付けば沙織は純と口づけを交わしていた。当たり前のように、自然にゆっくり、時間が止まったように、唇を重ねて離れない。メイクしたばかり、唇の色が純に移る。それを見てキャッ黄色い声を上げる女性スタッフ。

「じゃあ行ってきます」

「ダーリンはつらかったらここで待ってて」

 青い唇がわずかに赤みがかった愛する男にしばしの別れを告げる。

「ほらさおりん、唇直すわよ」

 浜が手際よく沙織のお色直しにかかる。数分もかからぬうちに元のメイクに治った沙織と、その手際に感謝する茜。

「助かりました。行きましょう、沙織さん」

「うん、行こうか。ありがとう、浜さん」

 スタッフにお礼と手を振り沙織が戦場へと出陣する。愛する者を残して。茜は純にこれを渡してほしいと浜に依頼する。収録部屋の部屋番号と簡単な手書きの地図を、純が元気になったら渡してくれと、言葉を添えて。

「オーケー」

 二つ返事で浜は了承する。

「良い女でしょ、さおりんちゃん」

「……わからないです」

「まあ男女の仲なんて色々よ、イロイロ。十人十色、同じ回答なんて出てくるはずがないのよ」

「純ちゃん、彼女いたことある? 幼馴染の彼女とか、学校でできた彼女とか」

「幼馴染はいるけど、彼女は出来たことないです」

「初めてがさおりんちゃんか、貴方も罪作りね」

「まあ暇になったらまたいらっしゃい。彼女たちはここにいるわ、じゃあまた会いましょう」

 純の手にメモを握らせ、浜はスタッフたちと次の現場へ向かうために部屋を出る。広い楽屋に純は独りになる。浜の言葉は、今の純には届かない。

 ――いい女、沙織さんが?


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