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20 反撃開始だ!

次の瞬間、純は大きな叫び声をあげて目を覚ます。

 トランポリンで飛ぶように、純は上体を大きく跳ねるように起こした。はずだった。思考とは裏腹に、彼の体が起きることは無い。ベッドの支柱と彼の手は革製の拘束具でつなげられている。それはまるでペット、いや、ペット以下の扱いだと純は思う。そして大きな落胆を見せる。また戻ってきてしまったという喪失感に。 

ベッド周りを首が動く範囲で純は見る。天井、特に変わりなし。ドア、施錠されている。やはり気になるのは……、ベッド横、純の左側に陣を張り、純を抱き枕のように抱いて寝る女性、アイドルだろう。無防備なワンピースタイプのネグリジェを来たふわふわヘアーのアイドル、淡路沙織32歳。

年齢不詳の幼さの残るアイドルとして人気絶頂期である今、彼女は男と一緒に寝ていた。正確に言おう、本当に寝ている。寝るだけだ。大きなクマのぬいぐるみが似合いそうなアイドル、さおりん。目をつぶって寝ている彼女を見た純は、背筋から体全身に凍るような悪寒が走る。先の夢のせいだろうか、逃走、脱走したい気持ちが強くなる。逃げなければと脳から、天からお告げが下りてくる。


 無情にも手足を動かすことは……、試しに力づくで手錠が切れないか引っ張ってみる。まずは利き手である右手。火事場を想像して乾坤一擲、思い切り腕を引っ張ってみる。

 ――神よ、俺に力を。

 結論から言えば、神頼みは成功した。拘束が甘かったのか右手の拘束がほどけた。手をグーパーと握っては開き、握力を確かめる。そして左手の拘束を外し、彼は自由の身となった。後は体にくっついて寝ている沙織をどうするか、

①ばれないようにゆっくり逃げる。

②いっそ男らしく力づくで逃げる

③楽になろうぜ

 純の脳内選択肢がどれも高難易度であると告げる。正しい選択肢が見つからない。頭が痛くなる。けれどそんな純を点は見放していなかった。一筋の光が、再度オラクルが降ってきた。 

 純はゆっくり体を起こしつつ、沙織を引き離す。ゆっくり、起こさないように。番犬の前に置かれた骨を取るゲームのように、純は気を張り詰める。よし、成功。彼女の体と自身の体を引き離せて、心でガッツポーズ。第一段階はクリア。

 後はベッドから離れるだけ。立ち上がり、逃げようとした矢先。

 ぎしっ。

 心臓が止まりそうになる。ベッドが重みで軋み、音を立てる。それに反応した沙織が、「んんんっ」と寝言を言う。動きを止める純。彼女の動きが静止したのを確認し、純はベッドから離れることに成功した。後は部屋から出るだけ。

 ドアノブのカギをゆっくり開け、部屋から一歩出ようとした矢先、純は初歩的トラップに引っかかった。扉の奥にバケツ、空き缶が設置されていたのだ。カランカランと高い音、がた、ごろごろと低い音。先の努力が気泡に帰った瞬間である。

「なにしてるの?」

 純の背筋がぴんっと伸びた。

恐る恐る後ろを振り向くと、沙織がむすっとした様子で純をいぶかしげに見ていた。

「なにしてるの?」

 沙織の質問に純は答えない。そのまま逃げればよかったのに、純はなぜか立ち向かうように沙織に対峙する。

「信用無いんですね、俺」

「あると思ってるの?」

「茜さんの姿が見えませんが、今って二人っきりですか?」

「別にいいでしょ、そんなこと」

 ベッドから起き上がろうとする沙織に対し、純は今度は逆に近寄っていく。髪をかき上げながら、怒った様子、鋭い視線を沙織に注ぐ。ベッドに座る沙織を見下ろす形で、純は沙織を見下す。

「ダーリン、まだ自分の立場が」

「いいから答えろよ、沙織」

 沙織の肩を押してベッドに倒すと、純は沙織に覆いかぶさるように近寄った。純は自身の腕を突っ張りとし、壁ドンならぬ床ドン、ベッドンを沙織に仕掛けた。それだけは終わらせない。

「何言って、んっ」

 ベッドに押し倒された沙織は、柄にもなくどきどきと胸を高鳴らせる。初めて見せる純の男らしさに、期待を膨らませる。けれど今までの純の行動から、それらは期待できない。はずだったのだ、しかしそれが現実となりアイドルの体に襲い掛かった。

 話を逸らそうとしていると判断した沙織の口を、純が塞いだのだ。自身の唇で。覆いかぶさり、沙織の手を、指を、自身の指とで絡み合わせ、純は熱い口づけを交わす。唇を離したかと思えば、再度重ねる。優しいキスが、徐々にハードに変わっていく。数度のキスを交わした時、沙織の体はゼリーのようにとろとろに、恍惚の表情を浮かべていた。口元からだらしなく涎が垂れる。

 純はそんな沙織を休ませない。詰問をつづける。

「この家は今、俺たちだけか?」

「ただで教えるわけないでしょ」

 もったいぶる様子を見せる沙織に、純がキスをする、振りをする。寸止め。されると思い身構えていた沙織には、この焦らしは効果的だった。

「ちょ、ちょっとダーリ、んっ」

 口を開く瞬間、純は再度口を塞ぐ。関係ない言葉はいらない、聞いたことだけ答えろ。沙織にはそう言っている様に感じ取れた。

「は、ふぁい、そうだよ、ダーリン」

「そうか」

 期待した様子で、しかし腰砕けになった沙織がベッドから起きることは無い。

「シャワー浴びてくる」

 純の一言は、沙織に効果てきめんだった。

「さ、沙織も」

 一緒に入ると言おうとした矢先、純の「沙織は待ってろ、そのままの方が燃える」の一言で素直に了承した。少女のように毛布で顔を隠し、けれどたまに顔をひょっこり出しては、期待した様子で純を見る。

「ベッドでおとなしく待ってな、子猫ちゃん」

 初めて見せる男の声色。低く、それでいて乙女ゲームのキャラの様に色気のある声で沙織を酔わせる。次の行為を想像させる純の言葉に、沙織の胸に矢が刺さった。目がハートマークになる。やっと自分の物になった、しかも今後の展開を予想させる。いや、夫婦として完璧な選択肢を選んだ純のライオン的な男らしさに沙織は理想的な初夜になりそうだと、ベッドで自身の体をくねらせる。

 そして彼女は純を待つ。ベッドを、毛布を温めながら。



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