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アラサーの理想の高さは異常

 アラサーの理想の高さは異常


 マネージャーが言うには、さっちゃんの理想の男性はこんな人物らしい。


 同業者はちゃらく何か嫌。カメラマン、ディレクターなどの仕事仲間は離婚した時が怖い。


 だから、相手は一般が良い。


 それを聞き、最初は歓喜したファン


 しかし、さっちゃんの条件は凄く厳しかった。


 ・ 自分より年下 (若さが良い!)


 ・ それでいて自分を大事にしてくれる (包容力って大事)


 ・ 浮気はもってのほか、目移りしないように専業主婦にさせる。


 ・ 子供は沢山


 ・ 携帯の電話帳は私以外ダメ。


 ・ テレビもパソコンも駄目。必要なら私が検閲した後に購入する


 等、とても条件が厳しかった。


 だからこそ、ファンは見守ることに専念し、手の届かない姫と言う設定で、彼女を見守った。


 しかし、中にはチャラそうな男が無謀にも声をかけるも、焦るさっちゃんの獣、鬼の目つきにビビり逃げてしまう始末。


 そんな中、純真無垢な羊がやってきたのである。


 目の前に羊が出てきて、それを食べないオオカミはいない。


 まさに、向坂純は羊そのものだった。


 名前の通り純粋無垢に育った彼。


 恵まれた容姿を両親から授かりながらも、女性からの好意に全く気付かず、友達として仲良くしようとしていた彼に、なかなか彼女は出来なかった。


 それでも特に気にする様子のない向坂。


 そんな時、テレビでパイ投げゲームにて奮闘していたさっちゃんを、彼は初めて知ることとなった。


 笑顔で楽しそうに、体、顔じゅう真っ白に、べたべたになりながらも、なおも楽しそうにパイ投げに勤しむ彼女。


 起伏の大きな体、今は全く廃れてしまった体操服、ブルマを身につけていた彼女に、目を奪われたのだ。


 その後、友達などにさっちゃんのCD、出ているDVD、ビデオなどを借り、夢中で見ていた。


 年齢不詳なキャラ、生まれた時からアイドルです!


 彼女のキャッチフレーズの通り、向坂は彼女の年齢に対して興味も持たず、ただ彼女の姿を眺め続けていた。


 そんな彼が、今まさに、憧れのアイドルと腕を組んでいる。


 ――死んだような顔で


「向坂君、向坂君」


 服の裾を引っ張りながら、名前を呼ぶのはさっちゃん


「顔色悪いけど、大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込むさっちゃん。


 アイドルをやっているだけあって、その姿は可愛く、美しい。


 その真っ赤な、ぷっくらと水分豊富な唇。


 思わず抱きしめ、キスをしたくなる向坂。


 けれど、小心者の彼は、はやる気持ちを制した。


 そんな自分を褒めるように、左手で小さなガッツポーズを作った。


「……ちっ」


 何か聞こえたような気がする。気のせいだろう、そうに違いない。


 そんなやり取りを二人が続けつつも、マネージャーはテキパキと紙芝居こと、さっちゃんの歴史を説明し続ける。


「焦り、年齢だけを重ねつつも、ランクだけは落としたくない。そう考えた彼女は、とうとうあることを思いつきました」


「純粋そうな男の人なら、私の私のハァト、優しく受け止めてくれるはず! きゃは♪」


 そのスライドには、キスをせがむように、唇を突き出し、目を閉じているさっちゃんが映っていた。


「そこは紙芝居じゃないのかよ!」


 またも無意識に突っ込んでしまう向坂


「はっ!」


 しまったと我に帰る向坂。


「やだ、ダーリン、そんなに写真見つめられると、私恥ずかしい」


 頬を染め、両手で頬を手でおさえながらも、何故か向坂の方を向き、目を閉じるさっちゃん


「でもダーリンが良いなら、良いよ。んー」


 いつの間にダーリンへ昇格したのか、そう突っ込みたくなるも、目の前の現実を直面した向坂の心が、ここを離れろと告げていた。


 そんなこともお構いなしに、さっちゃんは唇を突き出し、キスを待っている。


「い、いえ、俺そろそろ帰らないと」


 遠慮し、向坂はさっちゃんに一礼すると、踵を返し、その空間から立ち去ろうとした。


「……」


 けれど、帰ろうとした向坂に帰って欲しくないさっちゃんは、向坂のシャツの裾を、強く握りしめた。


「あの、服をつかまないで」


 ギュッ


 尚も強く握られる向坂のTシャツ


「やだ」


 頑なに拒否をするさっちゃん


「やだもん」


 首を横に振り、子供のようにやだを繰り返すさっちゃんを見た周囲から、向坂への非難がヒソヒソと呟かれていく。


「私、離さないもん!」


 向坂を見つめる力強い目から一筋の涙が頬を伝い、ゆっくりと落ちていく。


 女の子に泣かれた経験が少ない向坂に、この現状はつらいものがあった。


「あ、あの、泣かないでください」


 慌ててご機嫌をうかがう向坂。けれど、さっちゃんの目からはどんどん涙があふれ、零れていく。


「だって、君、向坂君、私のこと嫌いなんでしょ?」


 涙声になりながら、さっちゃんは寂しそうに呟く。


「い、いえ、別に嫌いと言うわけでは」


「向坂君、私から離れようとしたから、ぐすっ」


「あ、あのですね、それはその……」


「嫌いだから、だよね?」


「あ、あの、どちらかといえば、好きな方だと」


 さっきまで頑なに折れないと誓っていたものの、いざ目の前の女を泣かせてしまった向坂には、凡人である向坂には、折れる以外他ならなかった。


「ぐすっ……好きな方?」


 いつの間にかシャツの裾から手を離していたさっちゃんは、両手で顔を、目を隠しながら泣いていた。けれど、指の隙間から見える目からは、眼光がきらりと光っていた。

 それに、向坂は気付けなかった。


「え、ええ。大ファンです」


「そ、そうだよね!」


 それを聞き、さっちゃんは嬉しそうに顔を上げ、向坂を見つめ返す。


「え、ええ。だからこそ、サイン会にも足を運んだわけですし」


 先ほどまで、太陽の光が差し込んで明るかった室内が、突如暗くなった。


 どうやらマネージャー、スタッフたちの仕業のようで、蛍光灯は勿論、外の光が入らないよう、暗幕、カーテンを張っている。


「な、なんで暗く」


 事態が飲み込めない向坂。そんな向坂の胸に身を寄せ、さっちゃんは「大丈夫だよ」と、甘い声で囁く。


 そして突然、複数の方向から眩しい明りが、向坂達に照射される。


「なんだぁ!?」


 眩しくて光から目を逸らし、細めになる向坂。それとは正反対のように、さっちゃんは向坂から離れ、ファンの方へ向き直る。


 先ほどまで存在していたサイン会ステージ、机、列を作るための策などが撤去されており、そこはいつのまにか観客席となり、無数の椅子が並べられ、ファンがどんどん席を埋めていく。


「ああ、お父さん、お母さん、ファンの皆、ありがとう!」


 手を広げ、感謝の意を述べるさっちゃん


 その小さき体が、スポットライトに照らされ、輝いている。


「私は今日、運命の人に出会いました! 結婚します!」


「おめでとー!」


「幸せにねー!」


 拍手とともに、観客席の方から拍手喝采の音が響く。それと同時に、ステージ脇から祝砲代わりに花びら、メタルテープが舞い、クラッカーが鳴り響く。


 そして、スポットライトがいったん消え、室内が暗闇に包まれた。


 一分もたたぬうちに、再度光がステージを灯す。


「この幸せな日に感謝を! 聞いてください! 私の歌を!」


 フリルのついたピンクの服に着替え、天を指差しポーズをとるさっちゃん。それを合図に、聞きなれたメロディーが流れてくる。


 軽快なメロディー、ノリのいいアップテンポなドラムのリズム。ギターの音色、シンセサイザーの音。


 さっちゃんの歌が始まる


 それと同時に、ファンがマネージャたちにより配布されたカラフルなペンライトを振っている。


 けして上手とは言えない歌。だが、一生懸命歌う姿、伸びのある声、息遣い、踊り、そして笑顔。


 それらが歌は上手さではない。ファンと一体となり、楽しむことが音楽、アイドルであると宣言しているようだ。事実、ファンは「さっちゃんはいつまでたっても歌が下手だな~」と言うものはいるが、さっちゃんを嫌いだと言うものはこの場には存在しなかった。


 それは向坂も同様で、いざ目の前で、といっても彼の場合ステージ脇だが、生ライブは興奮させ、夢中にさせた。このタイミングがさっちゃんから逃れられる絶好のタイミングだと言うことも忘れるほどに。


「やぁ!」


 跳びはね、大きな胸を揺らし、スカートの中が見えそうなくらいはしゃぎ、汗をかき、それでも笑顔で歌うさっちゃん。


「皆、ありがとー! 大好きだよ―!」


 歌が終わり、息を少し乱しながら礼を言うさっちゃん


「これからは、はぁ、はぁ、うん! 彼に支えられながらも、頑張るからね―!!」


「うわっ!」


 ステージを夢中で見つめていた向坂。その背後にいつの間にかにいたマネージャーに背中を押され、ふらふらとさっちゃんの横に歩み寄っていく。


 そしてさっちゃんは向坂に腕をからませる。


 右腕を向坂の腕に、左腕を前に出し手を振るさっちゃんに、ファンは叫び、ペンライトを振ることで返事をする。


 ステージに夢中だったため、訂正するチャンスを失った向坂。



「ファンのみんなも祝福してるよ、ダーリン」


 戸惑いあたりをきょろきょろ見ている向坂の頬に、さっちゃんは背伸びし、キスをした。


 それを合図に、彼女達にフラッシュがたかれる。


 当然、向坂の頬に出来た真っ赤なキスマークも、彼らは逃さずカメラに捉えていた。


 週刊誌、新聞記者が一斉に彼女達に注目する。


 止まないフラッシュが、スポットライトのように彼女達を照らしていた。


 記者達の質問に、さっちゃんは嬉しそうにはにかむばかり。


 埒が明かないと、代わりに向坂へと質問しようとする記者達。けれど、向坂は放心状態。


 そんな様子を見て、マネージャーが記者会見は後日に、彼は一般人です。とだけ告げ、記者達を解散させていた。


「コレから忙しくなるけど、一緒に乗り越えようね!」


 腕に抱きつき言うさっちゃんこと淡路沙織。


 それを聞いた向坂の頭には、なぜかゲームオーバーの時にかかるような音楽が流れ続けていた。



 控室~楽屋~


 サイン会が解散した後も、向坂は控室に軟禁されていた。


「以上です。何か質問はありますか?」


 メガネを光らせ向坂に問いかけるマネージャー


「淡路沙織、職業アイドル! 年齢は~、2歳です!」


 敬礼をしながら胸を張り自己紹介をするさっちゃんこと淡路沙織


「えっと、向坂純です。職業、大学生、えっと、年齢は、21」


「うわぁ! 年齢も近いね! 私たち、きっといい夫婦になれるよ!」


「じゃあ、さっちゃんさんは22歳?」


「えっとぉ……」


 向坂の質問に口ごもるさっちゃん。


「淡路沙織は今年で32歳になります」


 淡々とした口調で補足をし、向坂にさっちゃんの免許証を見せたマネージャー


「本当だ……32!?」


「う、うう……ばれちゃった」


 地面に崩れ落ち、めそめそと泣きだしてしまうさっちゃん。


「こんなに可愛いのに!? 若いのに!?」


 向坂はさっちゃんの容姿から、芸能歴からだいたい20歳以下だと決めつけていた。その驚く声を聞き、さっちゃんはピクッと耳を動かす。


「こうさがぐぅん。マネージャーがいじめるぅ」


 涙をあふれ、零しながら、向坂の胸に抱きついたさっちゃん


「苛めてなどいません。これは正しい情報です」


(機会のように発言するマネージャー。会ったときから気になっていたけどこの人、本当に人間か?)


「私は沖。沖茜おき あかねです。26歳です。お見知りおきを」


 一礼する沖。向坂も頭を下げながら、ある種の疑問がわく。 


「沖さんの方が若いんですね」


 つい口から出た言葉。


「……浮気?」


「え?」


「遊ちゃんもさ、私のダーリンに色目使わないでよね」


 ぷんぷん怒っているさっちゃん


「使ってなどおりません。それより、どういう意味でしょうか? 確かに、見た目だけなら沙織さん方が若く見えますが」


 口に指を当てながら、思案にふけるマネージャー、沖。


 気咲が外はねし、アンニュイなウェーブのかかった黒髪。


 細いフレームのメガネの奥には、青い瞳が覗かせている。


「もう、その話はしゅーりょー! ダーリン!」


「な、なんですか、さっちゃんさん」


 遊ではなく向坂の方を向くさっちゃん


「沙織って呼んで。もしくはハニ―」


「は、はにー?」


「そ、可愛い言い方でしょ? ダーリン」


 満足げなさっちゃん


「さ、沙織さん」


 一瞬悩むも、無難な方を選択する向坂


「ハニ―じゃない……ま、今はいいか」


 向坂にも聞こえないほどに小さく呟くさっちゃん


「な、なにかいいました? さっちゃ、沙織さん」


「ううん、なーんにも」


 首を横に振りとぼける沙織。


「そ、そうですか?」


「それより、今後のスケジュールですが」


 二人の間を割って入るように、茜が口をはさむ。


「え~、今良いところなのに~」


「ブーブー文句を言わないでください」


 沙織の意見を一蹴する茜。


「じゃあ手短にしてね」


「さ、沙織さん!?」


「むふふ~」


 純をイス代わりにし、膝の上に乗る沙織


「重かったら言ってね」


「重くは無いですけど」


「ふふっ。ありがと、ダーリン」


 そのまま純の胸にもたれかかる。純はといえば、無意識に沙織の腰に手を回し、膝の上から落ちないように優しく抱きしめていた。


「あら、板についてきましたね。観念しましたか?」


「あ、茜さん!?」


「冗談です」


(この人も冗談、言うんだ……)


「ええ。人間ですから」


「!?」


 心の中を見透かされた純は驚き、反射的に強く沙織を抱きしめてしまう。


 沙織「きゃっ!」


 ビクッと体を跳ねる沙織。



「す、すみません! 痛かったですか?」


 力を緩め、自分の上から降りるよう促す純。けれど沙織は「痛くないからこのまま」と告げ、更に深く純に腰掛けようと、尻を動かしている。


「あ、あの、その動きはですね」


「ふふっ、私よくわかんなーい」


 純の戸惑う顔を下から眺めながら、沙織は嬉しそうに、いたずらっ子のように笑っている。


「話を続けるので降りて下さい」


 戸惑い無抵抗の純とは別に、茜は沙織の体を簡単に持ち上げ、ソファーに座らせる。


「怒るよ! 茜ちゃん!!」


「もう怒っているので、その発言は矛盾しています」


 相も変わらず、事務的な発言を繰り返す茜さん


「話を戻します。彼、沙織さんの夫の今後ですが」


「お、夫だなんて、やだもう茜ちゃん」


 先ほどまでの怒りを忘れ『夫』という言葉に嬉しそうに反応する沙織。


「一般人とはいえ、今後はパパラッチの問題があると思われます」


「そうだね、茜ちゃん」


 先ほどまでのほんわかした口調から、真面目な口調へ転調する沙織


「私としては、3つのプランがあります」


「何何? 茜ちゃん」


 茜の提案


 ① 諦めて下さい

 ② 沙織さん、記者会見で上手く説明してください

 ③ 彼はまず引っ越しをしましょう。そして、沙織さんも一緒に暮らしましょう。


「どれがいいですか? 向坂さん」


「……それ、事実上の一択ですよね?」


「③! 私と住む!」


「そうですか。わかりました。さっそく行動に移しましょう」


「らじゃー!」


 沙織と茜は二人で話を済ませると、テキパキと楽屋から出る準備を進めている。


「記者会見では、沙織さん。上手く説明をお願いします」


「まっかせてよ」


 ふんす。と鼻息を鳴らし、気合を入れる沙織


「あ、あの!」


「なあに? ダーリン」


「どうして、俺なんですか?」


「どうしてとは?」


 答えたのは、茜だった。


「だって俺、普通の大学生だし、金もあるわけじゃない。芸能人って一般人と結婚するにしても、社長とか起業家とかと結婚するんじゃないんですか?」


 当然の質問をぶつける純。それに対し、答えたのは茜ではなく沙織であった。


「うん、確かにダーリンは普通の男の子だよ」


「だったらどうして」


 凡人には、こんな出来事、夢か何か裏があると思うほかなかった。


「じゃあ説明するね」


 息を大きく吸う沙織。それを見つめる純



「若いし顔がタイプ。顔がタイプ。 絶対君が良い。

 純粋そう。癒しになる。

 大学生ってことは、様々な経験が絶対的に少ない。つまり、何者にも染まってはいない。

 私色に染め上げられる。

 お金なら私が死ぬほど稼いであるから心配しないで。それかお互い普通の人になって、慎ましく暮らすのも素敵。

 もしおカネが無くなっても、私に任せて! 暇つぶしで始めた株や投資で金は持っているよ。

 後、あんまり遊んでいる人は嫌。私の経験がダーリンだけになるように、ダーリンも私だけで満足してね。

 ダーリンは私の傍にいるだけで良いの。いいよね?

 ダーリンは私とずっと一緒にいるだけで、働かなくてもいいの。 簡単でしょ?」



「どう? わかってくれた? 君じゃなきゃダメなの」


 ぺらぺらと語り出す沙織。ただ、軽く語る割には内容がとても重い。と純は感じていた。


「もっと語って欲しかったら、私は全然構わないよ?」


「も、もう十分です!」


 語るにつれ、ドンドン目からハイライトを失っていく沙織を見て、純は慌てて話に腰を折った。


「そ、よかった」


 胸をなでおろす沙織。純も内心ほっと一息ついていた。


「じゃあ、マイホームに行こうね」


「マイホーム?」


「そうだよ! 私たちの愛の巣!」


 沙織は笑顔満開、力いっぱい、元気いっぱいに明後日の方向を指差し宣言した。


「お、俺、アパート住まいなんですけど」


 築30年以上の和風な8畳1Kの安アパート。


「だーめ。ダーリンもこれから色々大変だから、もっと良い所に住まなきゃね。私と」


「で、でも、家には大事な物もあるし」


 適当な言い訳を連ねながら、純は目を泳がせている。


「それでは、私と向坂さんで引っ越しの荷造りをしましょう」


「え~、私もやりたい!」


 挙手をし、仲間に入れてと茜の手を握る沙織。けれど沙織は「3人で行動すると、目立ち引っ越しに支障が出ます」と告げ、沙織には二人の愛の巣を綺麗に彩るよう指示を出している。


「あ、あの、俺の意思は」


 茜の方に手を伸ばし、問いかけようとするも、茜は振り向きざま、その手を強く握りしめた。力強い割に、少し冷たいが、思ったより柔らかい掌の感触に、純は茜がやっぱり女性なのだと再確認する。


「最低限、善処します」


 それって、検討はするけど何もしないって意味じゃ……。そう純は考えるも、これ以上の問答は無意味だと考え、諦めかけていた。


「では行きましょう。案内します」


 そのまま子供のように手を引かれる純を沙織は、ハンカチを振り、応援しながら見送っている。





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