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16 閑話休題?

「あっ」

 彼女は自分に背を向けて去ろうとする純の背中をつかもうと手を伸ばすも、ひっこめた。緊張しやすいタイプではない彼女も、この出会い方には運命を感じずにはいられなかった。そのまま彼の後ろを一定の距離をとりついていく。

「ここだ……33番」

 そしてそのまま純の部屋番号を調べると、にひひと口角を上げて笑った。ハンドバッグから手帳を取り出す。赤文字がびっしり詰まった手帳を。そして先ほどの出会いを運命的に、情熱的に脚色して描いていく。赤い糸を信じる少女の様に可憐に、何かの危機を知らせる様な危うさをアクセントにして、彼女の観察日記は完成するのだ。

レジへ向かい、店員に部屋を変更してもらった少女。 本来の目的を隠すために、怪しまれないように適当なファッション雑誌や少女コミックと一緒に部屋へはいる。番号はもちろん34番。彼女は薄い壁にもたれかかった。

幸せを感じつつ、壁1枚という厚みを二人の愛の障害に見立てながら、夢想する。自分が先に目を付けたのだ、このお宝を。後から『イイネ』なんて軽い気持ちで奪われてはたまったもんじゃない。

久々に出会えた彼との出会い、1分1秒大切にしなければ。薄ら笑みを浮かべ、彼女は内股になり、もじもじ花を摘みに行きたくてうずうずしているように、身を捩らせる。彼があくびをしたわ、退屈なのね、でも大丈夫、私が傍にいるわ。壁越しにいる彼の姿を妄想し、彼女は至福の、至高の一時を味わった。

「はぁ、早く会いに来て、愛に来て。純様」

 ルビーのような綺麗な瞳、ではない彼女の瞳。その眼は興奮で赤く染まっている。愛に燃える彼女の瞳は地獄の業火のごとし。悪行を犯した者をけっして逃がすこともなく、許さない。

「私を見てくれないなんて、じれったいわ、この身はもう待ち焦がれて崩れてしまいそう」

 彼女は自身の女性らしい形の整った胸に手を添える。

「早くしないと、刑期が延びてしまいますわ」

 そう言うと彼女は自分の赤いスマホを手に取る。その画面には純が大学で歩いている姿が映っていた。そのスマホでカメラを開き、純のいる部屋の側の壁をシャッターに収める。珍しい財宝を見つけて喜ぶ海賊の様に、彼女は嬉しそうに笑う。

「ここからは釣りね、待つのは好きよ」

 胸の炎が燃えるから。

数時間後、隣から寝息が漏れると彼女はおもむろに席を立った。適当に持ってきた雑誌を返すわけでもなく、トイレに行くわけでもない。行先は最短、隣室。ゆっくりとスライド式のドアを開ける。もし起きてたら、間違えたと言い訳をするつもりだった彼女はためらいなく個室に入った。

純が気付く様子はない。彼女は無防備な純を見て、ほくそ笑む。今なら何をしてもばれない。自身の細腕で純の首を絞め殺すこともできる。死ぬ間際に見せる純の表情を想像する。

――きっと最後にあなたが見るのは私なのね。

最高だ。今すぐに実行に移したい衝動にかられた彼女であるが、純との触れ愛を簡単に終わらせるわけにはいかない。ぐっと殺人衝動をこらえた彼女は純の頭のにおいを、服のにおいをかいでいく。シャワーを浴びてないからか、少々の汗臭さがたまらない。思わず身を寄せて無音カメラのアプリを起動。眠れる王子との二人きりのツーショットを撮った彼女はあることに気づいた。純の匂いに不純物が混ざっているのだ。彼女にとってとても気に食わなかった。男受けを狙ったような、甘めでそれでいて明るい匂い。

表情がゆがむ、心が歪む。表情がゆがむ、心がゆがむ、心が歪む、心が歪む。愛が歪む。


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