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「どうかしましたか?」

 ショートヘア―の快活そうな、それでいて女性らしい体のラインをアピールするサマーセーターを着た女子アナらしき人物。

 声をかけられ振り返った純の目から、はっきりと涙が落ちたのを、彼女は見た。

「帰ろうと思ったんですが、身分証がないと出られないらしくて」

 訳を素直に話す純に対し、免許証や学生証、保険証など身分を保証できるものがあるかを的確に聞いてくる女性。それに対し財布から純は免許証を取り出して彼女に渡した。

「ふむふむ、向坂純さん、ね。って、知ってるよ」

 その免許証に移る目元が分かりにくい写真に、思わず笑ってしまう彼女だが、すぐにごめんなさいと訂正を入れる。しかし見るべき点はしっかりチェック。よし、覚えた。

「私はココの局アナをしている、といっても1年目だけど、私は大槻おおつき 千夏ちなつって言います」

 ぺこりと自己紹介をする千夏に対し、純も自己紹介をする。少しほのぼのとした様子を警備の人の前で見せる千夏に対し、問題をあまり起こしたくなさそうな警備の人がどうしましょうと問いかけてきた。

「私が保証しますので、出してあげてください」

 お願い! と両手を合わせて拝む千夏に、それでも怪しい人だしなあと、警備員が悩んでいる。

「でもほら、怪しいものなんて持ってませんよ?」

 そう言うと千夏は純の体をまさぐり始めた。シャツの外から、中まで。隅々を。

「ちょ、ちょっと」

「黙って言うとおりにして。出たいんでしょ?」

 こくりと頷く純に、改めて千夏のボディーチェックを受けた。チェックする点が腹筋や胸のあたりなのはわざとなのだろうか、くすぐったさを覚えてしまう。

「大丈夫、不審な物は持ってません」

「んー、じゃあ……一応名前と電話番号をここに」

 純は言われた用紙に指示された事項を記入していく。

「じゃあこれで」

 お疲れさまでしたと、二人を見送る。

「おつかれさまでした」

 かわいらしく、女性らしさをアピールするように千夏は警備員にさよならを告げ、純と一緒にテレビ局から出ていく。

「ありがとうございました。助かりました」

 礼を言うと純は千夏と別れて帰ろうとした。けれど千夏が純の腕をつかみ、離さない。

「じゃあ連絡先だけでも聞こうかな」

「あ、いえ……大丈夫です」

 千夏にとってそれは貴女には興味ありませんと言われたも同義であった。

 彼女のプライドが刺激される。

「そうじゃなくて、ってウソでしょ!? 私、ミスキャンパスに選ばれたこともあるんだよ?」

「お綺麗ですから、すごいですね」

「そうでしょうそうでしょ……それだけ!?」

 その功績を片手に入社した千夏にとって、純の発言は予想外も予想外、何も食いついてこない純に対し、メラメラと何かを燃やしていく。すると千夏は妙案を思い付いたというように、頭に!を浮かばせた。

「向坂純さん」

 早く帰りたいと思う純の腕に両腕、胸を密着させて質問をぶつけた。

「身分証も持っていない怪しい貴方に、私から質問をぶつけます!」

 場所はあそこで。案内された場所は、こじんまりとした喫茶店。

「さあ行きましょう、助けてあげたのは誰ですか? ん?」

 したり顔で言う千夏に対し、純は溜息をついてから「わかった」と同意した。

「よろしい」

 満足そうに千夏は言うと純から離れた。そして腰に手を当てて純の方を指さすと、「ミスキャンパスとのデート、光栄に思いなさい」とにっこり笑って純に告げる。その自信家ぶりが純には鼻についた。けれど助けてもらった手前、無下には出来なかった。だからこそテレビ局から出してくれた礼を果たすために、純は千夏に笑みを浮かべて礼を言った。

「じゃあよろしくお願いします、千夏さん」

「……」

 黙り込む千夏は礼を言った純の顔をじっと見る。長い前髪、適当な床屋で適当にカットして伸ばし放題にしている髪。それでいて艶がいいのが腹が立つ。すくうように純の髪を少しつまんで触れる。

 ――ふむふむ。

「な、なんですか?」

「黙って。あとでかすぎ、ちょっと屈んで」

 身勝手な人だと、純は思う。少々ふくれっ面を純がしていたところ、おもむろに千夏は純に自分と同じ目線になるよう指示をする。やれやれ、何を言い出すのかと思った純であるが、次の千夏の行動で千夏の腕を振り払う結果となった。

「ふーん、やっぱそんな面してるんだ」

 風邪をひいて熱を手で測るときの様に、千夏は純の前髪をかき上げて容姿をチェックする。少女漫画のキャラクターの様だ。ダサい髪形、けど目鼻立ちは整ってると、千夏は純の容姿を評価した。または醜いアヒルの子。パッと見は対象外。ランク外のくせに、その実中身といっても今回の評価はルックスだが、合格だった。

 髪型さえ変えれば結構いけるじゃん、そうほめようとした矢先、千夏の手首に痛みが走る。純をいじっていたのを見ていた沙織の仕業ではない。他ならない純本人が、千夏の手を払おったのだ。

「いっ、何するのさ」

 きっとにらんだ千夏であるが、「やめてください、そういうことは」と純が怒った。容姿を気にしているとは知らない千夏としては、勝手に誤解するなと訂正を入れようとする。けれど純は聞く耳を持つことなく、「失礼します」と適当にタクシーを見つけて乗り込んでしまった。

「頭に来た」

 と言いたいところだが、純の心底嫌そうな表情を見た手前、面と向かっては言えなかった。

「次会ったら文句言ってやる。そんで美容室連れてって、そんで」

 頭の中で純改造計画を勝手に立ち上げる千夏は不敵に笑う。

「それに住所や電話番号なんて、全てここに入ってるもんね」

 とんとんと人差し指で側頭部、脳みそを指さす千夏。

「人を覚えてなんぼの仕事やってるんですよ、簡単には逃がすかってーの」

 口悪く千夏はそういうと、スマートフォンにてマップアプリを開く。そして慣れた手つきで打ち出すのは、……。



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