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純は玄関に放置されていた千夏のブランドのバックと紙袋を手に取り、居間に戻っていた。何をするでもなく、スマホでニュースアプリを開いて、ニュースタイトルを何の気なしに眺めるだけ。それも飽きたのか、今は布団を撤去しているが、冬は炬燵としてもリビング炬燵の前であぐらをかいて、隣に置いた紙袋の中身を取り出した。
「なにもそこまでしなくたって」
キッチンに立つ、千夏の方をちらりと見る。ふつふつと音をたてるゆきひら鍋、鼻唄と長ネギを切る包丁の音が和音のように心地よい響きを奏でている。ショートヘアーを後ろでまとめた彼女の姿に、純は不思議そうに眺めていた。
短いスカートから伸びる長い足が、セーター越しにもわかる千夏のスタイルの良さが妙に艶かしい。純は自分が足フェチなのではないかと考えたが、考えれば考えるほど千夏の足に目がいってしまうため、純は脳を切り替えるべく隣に置いてある彼女が届けに来た紙袋の中を見る。中には見慣れたスウェット上下が丁寧に畳まれて入っていた。ほんのり香る柔軟剤ローズの香りが、心地良い。
「今度家もこれ使おうかな、なんの柔軟剤使ってるんだろう」
甘い香りのするスウェットトレーナーに顔を埋め、匂いを堪能する純の正面から、クスリと笑い声が聞こえてくる。
「じゅーん」
声の主の方へ、顔を向けると千夏が歯を見せて笑っていた。
「もー、なにしてんのさ」
シンプルなカフェテリアで見るような、黒いエプロンを身にまとった彼女が、食事の乗ったお盆をテーブルに置きながら、純に話しかける。
「私の匂い、気に入ってくれた?」
「からかわないでくださいよ」
「なんなら直接堪能しない? スウェットより、セーターの方が堪能できるんじゃないかな?」
指でセーターの胸元を開き、ちらりと自慢のバストを純にアピールする。
「いい!」
「あはは、ごめんごめん」
シャツに顔を埋める純が可愛いから、つい。と千夏は笑顔を見せる。その姿からは先ほどの玄関での一件が、まるで一時の幻だったかのように、純を錯覚させる。疑問に思いながらも、純は気恥ずかしさからふてくされるように、恥千夏から顔を背ける。それを見た彼女は口角を上げてぐっ、と拳を強く握っていた。
それも一瞬、千夏は手際よく料理をテーブルに運ぶと、
「純、冷めちゃうよ」
と、手料理を見せつけるはずだった。けれど純は先ほどのからかいが原因か、箸も持とうともしないし、顔をそむけたままだった。けれどそれではらちが明かないからと、彼女は純に声をかけて割り箸を手渡した。
「あ、ああすみません」
「純?」
「旨そうですね」
純の前には意外や意外、THE・定食とも言えるメニューが並んでいた。
またの名をおふくろの味。




