北風と太陽
千夏は純のアパートへ脚を伸ばしていた。
「私って、仕事熱心なんですよ」
ぼそりと誰にも聞こえない声で、薄ら笑いを浮かべ、呟く。
早朝千夏は誰を待つでもなく、純のアパートの前にいたのだ。昨日とは違い、女性らしさをアピールするような意識した膝上のツイード素材のスカートに、体のラインがうっすらと出し、胸の谷間を強調させる白のサマーセーターを身にまとい、小さく意気込む。ブランド物のバッグを持ちながら、黒のトートバッグとブティックで買い物後にもらうような、大きめの紙袋を手に持ち、肩にかけられたエコバッグからは長ネギがはみ出ている他、食材がたっぷり詰め込まれている。千夏は向坂と書かれた表札を見て、小さく咳払いをした。
よし、と千夏は純のすむアパートの扉を小さく数度ノックをする。時刻は早朝6時。健全な大学生ならまだ大学生の権利とも言える惰眠をむさぼっててもおかしくはない。
室内から足音はしない。千夏は申し訳なさを感じつつも、2度目のノックをする。返事はない。それを知り、少し表情が緩んだ。ブランド物のバッグからスマホを取りだし、アドレス帳からお目当ての名前をタップし、電話をかける。数度のコールの後に、ややくぐもった、寝ぼけたような声で「もしもし」と声がする。
「あ、ごめんね、寝てた? あはは、おはよ」
「今? どこにいると思う? クイズ出そっか、いくよ。第一問!」
千夏がクイズを出そうとした矢先、玄関からどたどたと足音が聞こえてきた。
ガチャ!
「わっ」
扉が開いたことで、扉の前に立っていた千夏が嬉しそうに声をあげる。
「やっほっ、え? 何その顔。もー、寝癖、かわいい。」
純のぴょこっと跳び跳ねた毛先を指差す千夏。純はその指摘を受け、少し慌てて毛先をてで押さえつけている。そうしていると千夏が、「女物の靴は無し」と呟くと、「あー、重かった。オジャマシマーす」と純の脇をすり抜けてて玄関に侵入。
純の制止を呼び止める声も無視し、持っていた紙袋やエコバッグ、ブランドのバッグをため息と同時に床に置くと、千夏は肩を数度回し、首を左右にストレッチしている。
「はぁ、肩が凝ったかも」
ちらりと背後に立つ純に目配せするも、純は「えっと、なんで?」とすっとんきょうな声で千夏に質問を投げ掛けた。千夏は笑い、人差し指で純の鼻先を軽く押した。
「いっ」
「あ、ごめん。痛かった?」
千夏が純の鼻を指先でそっと触れる。そのまま覗き込むように千夏は純の顔をまじまじと見る。
ーー痛みに敏感なのかな、それとも単なる弱虫、てか草食系ってやつ?
千夏は純の瞳をまっすぐ見つめながら、純の背後に回した腕を大樹に絡む蛇のように純の背中に絡み付ける。脂肪が少ない、ごつごつとした背中。手のひらで擦れば、びくりと体を震わせる。自慢のバストと共に体を押し付ければ、背中同様がっしりとした男らしい体が千夏の体を受け止める。温もりが心地良い。千夏は純の胸に顔を埋めた。




