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Cosmos of Penguin  作者: 祖父江直人
#2.DIGOUT
8/20

降格者

 モービルのお陰で、カイはすぐに見つかった。全身火傷だが、息はあった。


「とはいえ、すぐに医者がいるな。頑張れよ、カイ!」


「そいつは地表の人間か?」


 モービルを操りながら、ジンが言う。


「ああ、だから、地表の病院にしか行けない。」


「“降格”は難しいか。相変わらず。」


一呼吸あって、「まぁな。」と、ダンが答えた。


「なら、穴から一気に地表に出る。俺もそっちの方が都合がいい。」


 ジンの含みのある言い方に、ダンはまさかと思い、訊いた。


「おいジン、このモービル、どうやって調達した?」


 少しの沈黙の後、答えが返ってきた。


「少々、派手にやらせてもらった。」


「馬鹿野郎。」


つまり、強奪してきたということか。全く、普段はひょうひょうとしながら、やると決めたら滅茶苦茶だ。本当に、変わっていない。


「地下に“降格”して、順法意識が芽生えたのか?大丈夫だ、ちゃんと返すよ。適当にパーツを抜いたあとで。」


「ふざけた野郎だな、相変わらず。」


 しかも抜け目がない。


「地表は、久しぶりだろう?そこのガキを病院にぶち込んだら、『CASPER』に来いよ。」


「ああ、だが、長くはいられない。」


「カミさんと、子供が待ってるからな。」


「何でそれを!?」


 結婚したことは知らせたが、子供が生まれたことはまだ知らせていない。


「ここに来る前に会った。良い奥さんだな。」


「そうか…お前、ミサに余計なこと言ってねぇだろうな。」


 ジンは女好きというわけではないが、昔からやけにもてた。


「人妻に手は出さないよ。娘さんが大きくなったら、分からないが。」


「それ以上言ったら、テメェも病院送りだ。」


 ジンは口の端を曲げると、少しモービルの速度を上げた。


※※


「むぅ~。」


 アヤは少しうなってから、玉将を後退させた。本当は斜め下の銀を取りたかったが、桂馬が効いていた。


「粘るなァ、アヤちゃん」


 ドクが白髪をかきながらうなる。勝負の大勢は決まったと、手を緩めたのがまずかったか。


「当たり前です。あたし、諦め悪いですから」


「確かに、ナ!」


 そう言って、銀を玉の前に置く。


「そう言えば、ジンさんはどこです、か!」


 銀の横に玉をつける。


「採掘、ダ!」


 しまった、銀を成らせるのを忘れていた。


「でも、あそこって、地下だから、通行証がいるでしょ?」


銀を取られてしまう。やはり、一手遅れたか。しかし、ドクの持ち駒は豊富だ。


「色々とツテは、あル!地下への“降格者”の連中の、な。」


 飛車を置く。キレの無い手だが、それでも王手だ。


「本当に顔広いんですね、ジンさんて・・・はい、王手!」


「エ?」


 アヤの声に、ドクは目を疑った。

 

 角に飛車を取られた先に、自分の王将があったからだ。さらにこれは―――


「詰んダ?」


「はい、詰みです。やったー!やっとドクさんに勝てた!!」


喜ぶアヤと、ショックを受けて、呆然とするドクの元に露出の多いツナギを着たネルがやってきた。


「あら、ドク負けたの?珍しいわね」


「粘り勝ちですっ!」


 アヤが嬉しそうに言う。


「フフ…そうね。アヤちゃんなら、分かる。ジンが帰ったよ」


「本当ですか!?」


 そう言って飛び出して行ったアヤを見送りながら、ネルは呟いた。


「本当に似てるわ、レンに―――ほら、ドク、仕事だよ。片づけな。」


 放心状態のドクにネルが言う。


「負けタ・・・・・・負けタ・・・・・・。」


※※


造船ドック『CASPER』は地表スラム街の中心部にあるガレージだったが、現在“諸事情”により、旧時代の名残である、地下施設へと姿を変えていた。


「火事でも起きたか?」


ダンが冗談で言うと「ああ、テロの標的にされた」と、ジンは返した。そして、モービルから出る。


「ジンさん!」


声がした方を見ると、17、8歳くらいの少女がジンを出迎えていた。服装から、地下の住人だと分かる。髪が短く、活発そうな印象だ。


「どうしたお嬢さん、嬉しそうだな。将棋にでも勝ったか?」


「え?何で分かるんですか?」


 それには答えず、ジンはダンを手招いた。


「このお嬢さんが、俺のクライアントだ。無担保で、俺達をこき使ってくれてる。」


「う……」


 お嬢さん、と呼ばれる少女――アヤは反論できず、黙る。


「前から思ってたが、酔狂な野郎だな、お前は。」


「貧乏との付き合い方は心得てるからな。あとは、面白いかどうかだ。」


「変わらねぇな。」


 苦笑するダンにネルが言う。


「あんたは変ったわね、ダン。地下に行って、丸くなったみたい。」


「地表と同じってわけにはいかねぇさ。地下には地下のローカルルールってもんがあるしな」


「ダンさんは地表に住んでたんですか。」


 アヤが訊く。


「ああ、そうだ。いわゆる“降格”って奴だ。」


 地上から地下への“降格”。地下からさらに深い地下へとは違い、審査は厳しいと聞く。


「ミサのお陰だ。あいつがいたから、俺も地下に行けた。」


 そう言って、立ちあがる。


「そろそろ、帰るぜ。家族を待たせてるし、明日からも大変だからな。」


「そうか、なら俺も一緒に行こう。まだ燃料を調達していないし、落し物があるみたいだ」


「え?ジンさん、またスパナ失くしたの。」


「落としただけさ。」


「いい加減にしろよ。この間も大変だったろ?」


 ネルに言われ、ジンは肩をすくめて見せた。


※※


 事故発生から約10時間になろうとしていた。採掘場へ続くエントランスは、さながら野戦病院だった。


「いや、それが、いないんですよ。」


 ダンの安否を訊かれた救助隊の言葉に、ミサはうなだれた。同僚の話によると、仲間を助けに行ったきり戻ってこなかったという。


「モービルも一台盗まれているし、どうなっているんだか―――」


 そう言って、隊員がミサから離れた時、肩に手が置かれた。振り返ると、ゲートの通路で会った男が立っていた。


「やぁ、奥さん。」


「あ!あの―――」


「自己紹介がまだだったな。船大工のジンだ。よろしく、ダンの奥さん」


「え?何で知ってるんですか?」


「あそこにいるんだが、怒られるのが怖いらしい。」


 そう言ったジンの指差した先に、ダンが、ぎこちない笑みを浮かべていた。


「色々事情があって、先にエスケープしてたんだ。だか……ら?」


ジンの言葉が終わらないうちに、ミサはつかつかとダンに寄っていった。



 鞭を打つような軽快な音が響いた。強烈な平手だ。ジンは我知らず口笛を吹いていた。


「あ!そうだ、ジンさん!?」


 一発食らわせてスッキリしたのか、快活な声でミサが言った。


「これ、あなたのでしょう?」


 そう言ってスパナを渡す。


「おお、そうだ。」


「大事なものなんですか。」


 渡されたスパナを手でくるくる回しているジンにミサが言った。


「ああ、その割に、最近よく落とすんだ。」


 ジンはスパナを懐に入れた。


※※


 地表から地下へ“降格”をするには、二通りの方法がある。


 一つ目は採掘場で採掘作業に従事しながら、政府の査定を受けることだ。


 最も確実ではあるが、審査は厳しい。


 多くのテスト、人物評価、地表での犯罪歴などを細かく調べられる。


 採掘場に10年従事しても“降格”できない者もいるほどだ。


 もうひとつが、地下に住む人間との結婚、婚約、もしくは養子になることだ。


 ダンは採掘場の事務作業に従事していたミサと出会い、婚約し、地下の住人となった。


「なんであんなのと一緒になりたいと思ったんだ?」


 ジンがぶしつけに訊く。ミサは笑って答える。


「さぁ、何ででしょう?」


 ここは地下都市B1区画、採掘作業者のためのアパートの一室で、ダンの家だ。


「すぐにおいとまする予定だったが、済まないな奥さん、手間をかけさせて。」


「ミサでいいですよ。それに、ダンの友達なら大歓迎。」


 通常、地表の人間は地下の居住区画には入れないのだが、地下の住人の紹介状の発行によって通行が許可されるのだ。


「私の父がB1の管理局で働いている関係で、手続きは簡単に済むんです。」


「こちらとしては好都合だが、公務員としてはどうなんだろうな。」


 とはいえ、B1は地表から近い分、そういったチェックは割と緩めなのだろう。


「ダンも事後処理に忙しいみたいだし、今日は泊まっていってください。燃料は明日、保管庫に取りに行ってもらって。」


「ああ、そうさせてもらおう。」


「あの、ジンさん。」


「ジンでいい。」


「ダン、地表ではどんな人でしたか?」


「なぜだ?」


「あの人、地表のことは何も話さないから。」


「あいつが話さないなら、俺も何も言えないな。」


「そうですよね……」


「ミサ。」


 ジンが一層真剣な声色で言う。


「はい?」


「ダンは、俺達の仲間だった。だが、今では地下の住人だ。それはあいつが選んだ道で、望んだ道だ。今のあいつを、見てやって欲しい。」


「はい、でも、何だかあの人、地表にいる時は地下の人にすごく劣等感を持っていたみたいで」


 ジンは肯定も否定もしない。


「ダンは不器用なんだ。」


「え?」


「いる場所や立場や環境によって、押しつけられる役割ってのがある。劣等感や優越感も、役割によるのさ。あいつは、そういうことを意識し過ぎるところがある」


 ジンはそういうと、ミサの目をじっと見つめた。


「な、なんです?」


 光をあまり反射しない、黒い目だ。


「疲れているな。少し休んだ方がいい」


「あ、最近、アイの子守りで寝られなくて。」


 申し訳なさそうに言うミサに、ジンが首を振る。


「それで、あのぶっきらぼうなダンナとくれば、気苦労が多くて当然だな。俺には構わず、休んでくれ、赤ちゃんも、寝てるようだし。」


「……。」


 ミサが目をこすったので、ジンは眠たいのだろうと思ったが、違った。


「すみません、ちょっと気弱になっちゃってて。」


 自分の意思に反して流れる涙を処理できず、ミサが言い訳をするように言う。


「泣き疲れたらぐっすり寝られるさ」


 言いながら、今ダンが帰ったら危ないかもしれないと、ジンは思った。



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