そして、全てが動き出す。
第一章が佳境に入ります。
※※
それから、アヤは学校の仲間を集めにかかった。
個人で宇宙船を造ることを目的としたB4の学生サークル。アヤの突飛なアイデアに賛同してくれていた数人の友人。
ほとんどから驚きと喜びの入り混じった反応を聴き、同時に地表に行くことに対するためらいの声も聞いた。
だが、アヤは譲らない。
「誰も来なくてもあたし一人でも行くから。でも、一緒に来てくれたら絶対に後悔させない。あたしを信じて、ついてきて。」
そんな熱意に押されて、何人かの生徒の協力を取り付けた。
※※
「アヤ、本気なの?」
心配そうな母の声にも力強く言い放った。
「うん。だって、これがお父さんの夢だもの。
お父さんが夢見てた理想は、あたしが完成させる!」
※※
「ああ、そうだ。でかい仕事に見合わないギャラだ。汚い船大工には似合いだろう……ああ、頼む。」
ジンが通話を終了すると、工具や備品類を丁寧に磨いていたドク「ここにまた荒くれ共を集めるのカ?クソガキ。」と言ってきた。
「ああ、ドブネズミの何人かが来る。危ないからジジイは休んでいていいぞ。」
「ふん、『CASPER』が賑わうナ。腕が鳴ル。」
そう言うと、スパナを投げ渡してきた。
「もう失くすナ。」
ジンは掌の上でスパナを無造作に回し、言った。
「落としただけさ。」
ガレージ『CASPER』で、大型輸送船の造船が始まった。
※※
――二週間後。
「動力部のパーツを持ってこい。相当なじゃじゃ馬だ。ちょっとでも擦ると機嫌を損ねるから注意して運べ。」
ジンの指令の下、学生と地表の船大工が協力してエンジンのパーツを運ぶ。初日は、学生サイドが筋骨隆々の船大工たちに完全に怯えていたせいもあってぎこちなかったが、毎日作業をするうちに息を合ってきた。
造船は、順調とはいえなかったが、ジンの仲間と学生たち全員が全力で行っていた。
圧倒的に足りない材料、部品は、ドクがどこからか「掘り起こして押してきタ」という旧時代のパーツと、ジンの天才的な技術を組み合わせることでカバーできた。
「やっぱりすごい人だ、ジンさんって。」
アヤにこのガレージの噂を紹介した工業科の同級生が言う横で、アヤもジンの後ろ姿を見つめていた。
「褒めてくれるのは嬉しいが、休憩するにはまだ早いぞカーディエくん。」
地獄耳のジンが言い、カーディエが急いで作業に戻る。
「お前もだ、お嬢さん。」
どうやら後ろにも目がついているらしい。アヤもそそくさとネルの待つ作業場へ行く。
「ネルさん、塗装、手伝います。」
「ありがとアヤちゃん。ジンにサボってんのがばれた?」
いつもとは違い、露出の少ない全身を覆う作業着を着たネルが、悪戯っぽく言う。
「何で分かるんですか。」
「船作ってる時だけは働き者だからね。あいつ。でもほどほどで止めてやらないと、おもちゃ貰った子供みたいにぶっ続けでやっちゃうから。」
「そうなんですか。」
ジンに対する評価は少しずつ変わっていった。
最初はおかくて嫌みな人物とばかり思っていたが、造船に没頭する姿は普段の気だるげな印象からは遠く、模型の製作に夢中になった少年のようだった。
「ネル、お嬢さん、手を止めるなよ。」
いつの間に背後にいたジンに言われ、「ハイ!?」と変な声を上げて、作業に戻る。
それにしても、ほかの学生や仲間に対しては、名前や、適当につけたあだ名で呼ぶが、アヤに対してはずっと『お嬢さん』のままだった。
※※
ガレージの外れで船大工たちと小休止を取っている時、ジンの話題になった。無論その場にジンは居ない。
「昔から、こういうのを造らせたら地下の連中にも負けねぇさ。」
ジンの仲間の1人、ナオが言った。
「生まれる場所を間違えたな、あいつは。」
アヤはナオに訊いてみた。
「あの、ジンさんって、昔からあんな顔なんですか?なんか、やる気なさそうな、眠たそうな。」
「お、キツいな、アヤちゃん。」
「あ、そんな意味じゃなくて、知りたくて、ジンさんのこと。」
それを聞いたナオは、一瞬、あっけにとられた顔をしたが、すぐに真顔に戻って話し出した。
「昔から、だな?」
ほかの仲間に訊く。
「そうだな。死んだ魚みたいな。」
「ハハハ!でも、やる時はやるぜ?そういう奴さ。」
仲間の一人であるラキという男が煙草の煙を吐きながら言った。アヤは顔をしかめる。どうしても地表の嗜好品の匂いには慣れない。
「あ、でも、レンといる時は、生き生きしてたかな?」
ナオが、思い出したように言った。
「レン?」
「あいつの女だった。もういないけどな。」
「残念だったな。いい女だった。」
アヤは何も言えなかった。
「そういえば、アヤちゃんに似てるかもな。」
「え!?」
「顔とか体つきとかは全然違うけどな、あいつは髪が白かったし。ただ、雰囲気が―――」
その直後、ナオが何者かにヘッドロックをかけられた。
「楽しい話だな。俺も混ぜてくれよ・・・なぁ!」
そう言って、ジンは締め上げる力を強める。
「わー!やめろジン!落ちる!落ちる!」
「構やしないさ。『作業中の事故』で人が死ぬなんてよくある―――」
「すまなかった!だから止めろ!」
やっと解放されたナオ達を追い払うと、ジンは水の入った瓶をアヤに差しだした。
「どうぞ、お嬢さん。」
「ありがとうございます。……これは―――」
「どこかのお嬢様が飲み干したから、酒はないよ。」
「ごめんなさい」
言ってから、訊いてみた。
「あの、なんであたしのこと、お嬢さんって呼ぶんですか?そんなお金持ちでもないのに。」
ジンは答えず、水を飲んでいる。
「あたしが、地下育ちだから?」
「―――違うよ。」
しばらく沈黙があって、ジンが口を開いた。
「バカな女がいた。危ない改造SBを乗り回す、スラム育ちのガキに引っかかった女が。」
ジンの目を見て、アヤは知った。
これが、ネルの言っていた、遠くを見ているジン。
「騒がしくて、真っ直ぐで、いつか俺の船が銀河中に飛び回るってバカな夢を疑いもしなかった。」
「その人が、レンさん?」
「どんなゴミ山の中でも『生き物』は育つ―――そう思った。」
ジンの口調はいつもと変わらず。だが、アヤの目には、ジンが泣いているように見えた。
「あたし、レンさんに似てるんですか?」
「……ああ。」
「そう、だから、あたしの名前は呼んでくれないんですね。」
今はない、恋人に重ねている人間とは距離を取りたいのだ。
アヤはそこまで考えたわけではなかったが、急に寂しさがこみあげてきた。何故だろう?
「お嬢さん?」
「―――『お嬢さん』は止めてください。あたし、帰ります。地下に!」
「地下に!」というところをわざと強めた。あたし、怒ってる。なんで?
「ああ、また明日。」
こちらの怒気に気付かないのか、ジンはいつもの調子で言ってきた。
アヤは、頬を膨らませて、足早に『CASPER』をあとにした。
女の顔を思い出す男の顔は、いつだって正直です。続く