宇宙の片隅、ある星で、少女は動き出す。②
第二部と言うよりは、二ページ目ですね。
※※
「俺がジンだ。しがない船大工さ。で、この怖いお姉さんが……っと。」
女性の拳をかわしながら「ネルだ」と言った。
「あ、はい。・・・改めまして、アヤといいます。」
アヤはそう言って、身分証を出した。
「へえ、B4(ビーフォー)区画か。市民階級のトップじゃないか。随分深いところから“上がって”きたな。」
薄汚れたツナギ姿のジンはそう言って、アヤを事務所のような場所に通し、座らせる。
「この辺の空気はお嬢さんには合わないだろ?」
「いえ、そんなことは・・・。」
確かに『ダスト』と、その他不衛生な匂いは、室内にいても感じる。手首に巻いた時計の画面が、自分の体の汚染状況と、残りの活動時間を告げているのを見てしまう。
「いいさ、無理するな。俺も地表の空気は腐ってると思うことがある。」
アヤは何も言えない。
細面の顔が、少し歪んだように見えた。しかしすぐに元の薄く微笑を含んだ顔に戻り、言った。
「で、お嬢さんは、お家の馬車がお気に召さなくて来たのかな?」
「ち、違います。これを、作ってもらいたくて」
そう言って携帯PCを出して、3D画面を呼び出した。巨大な宇宙船の設計図がホログラムで浮かび上がる。
「ほぅ、こりゃ豪勢だな。これで学校に通うのか?」
「違います。輸送船です、大型の。」
生真面目に受け答えるアヤに、ジンが「知ってるさ。で、これは卒業制作?」と訊いた。
「違いますってば。本当に作ってほしいんです。ジンさんと、この“CASPER”の人たちに!」
学校の造船技術科の生徒から聞いた噂。地表に、凄腕の造船技師がいるという。それを頼りに、ここに来たのだ。
アヤは大声で一気に言った。
「あたしたちで計画したんです。この輸送船で地表に物資を送れば、この星もまた、人が住めるようになる。
政府や企業の船は「意味がない」って、別の星のテラフォーミングに熱心だけど、この星だって、まだ寿命は来ていないと思うんです。だから……。」
そこで息を切った。
喉が渇いた。
「飲むか?」
ジンがコップを手渡してきた。
「ありがとうございます」と言って受け取り、飲む。
「……!!ゲホッ……!」
アヤは咳き込んで、コップを机に置いた。
「ジン、酒なんか飲ましてんじゃないよ。」
デスクワークをしていたネルがたしなめた。
ジンは意に介さず、言った。
「どうだいお嬢さん、“現実”ってのは苦いだろ?」
深く、低い声がアヤに訊ねる。
「・・・どういう意味、ですか?」
ジンは黙って、自分のコップに酒を注いだ。酒瓶には『GIN』と書かれていた。
そして、アヤのコップの中身を飲み干し、言った。
「ほら、このコップが、アンタのだ。」
空のコップを、アヤに押しやる。
「なんです?」
「中身のない“理想”だよ。」
アヤの胸に、冷たいものが刺さった。
ジンは相変わらず、光の宿っていない目を向けてくる。
「で、俺が持ってるのが並々と注がれた“現実”だ。ちょっとばかり苦いが、水や氷で薄めれば飲める。喉の渇きも、一時的に癒せる。」
ジンは言いながら、コップの中に水を注ぎ、ゆっくりと飲む。
アヤは空のコップを見つめ、俯きながら言った。
「でも、一時的に喉が潤っても、またいつか渇く……。今は良くても、いつか、地表にダストがあふれたら……。」
「そんなことを考えるのは、地下の温室育ちのお嬢さんくらいだよ。地表の連中は、ドブネズミみたく、今日を生きることに必死だ。輸送船なんて来た日には、壊して奪うことしか考えないさ」
「なんで、そんな風に言うんですか…」
「地表の現実なんて、そんなもんだ。ダストより腐ってる。バカげた理想論を鼻高々に持ってくるお嬢さんには分からないだろうが…」
「バカげてなんかない!」
アヤは机を叩きながら叫んだ。
そして怒りのままにまくしたてる。
「あたしは!……あたしたちは、この星で暮らしたいの!大人になって結婚して、子供が生まれて、その時、地下じゃなくて、この地表の空気を吸わせてあげたいの!政府にも陳情を出したけど、取り合ってもらえなかった。色んな人にバカにされた。だけど、それでも諦めたくなかった。地表で苦しんでいる人たちがいるって、ずっと教えられてきたから、救いたかった。なのに……」
また涙があふれてきた。今度は悔し涙だ。
ジンは少しだけ椅子からずり落ちそうになりながら、アヤの剣幕を見つめていた。
「もう、いいです。帰ります。地表の人も、諦めてるんですね。よく分かりました。……でもね!」
そう言うと、アヤはジンの手から酒瓶をひったくった。
「おいおい……。」とあきれ顔のジンに構わず、それをラッパ飲みする。
喉が焼けそうな感覚。構うもんか。アヤは無理やり飲み干した。
苦笑と驚愕の中間あたりの表情をしているジンの前に、空っぽになった酒瓶を音を立てて勢いよく置くと、一つ息を吸ってから、また怒声を響かせる。
「あたしたちの理想は、空っぽなんかじゃないし、こんな軽い中身でもありません!もっと、目には見えないけど、大きくて、優しくて、あったかくて…フラフラしてきて…」
あれ?なんだろう?頭がぼーっとする。
「だ、大丈夫か、お嬢さん?」
やや狼狽したようなジンの声。アヤは朦朧とした頭で「うん、だいじょうぶ……」と、言いながら仰向けにばったりと倒れた。急いでやってきたネルが受け止める。
「なんだ?このお嬢様は、随分お転婆だな。」
ジンが珍しく困惑した表情を浮かべ、頭を掻きながら呟く。
「いい娘じゃない。ほら、アンタの“ジン”、ストレートで飲み干されちゃった」
ネルがアヤの黒髪を撫でながら面白そうに言う。
ジンは黙って、水で薄めた自分の酒を見つめた。
アヤの年齢は15歳です。この世界での飲酒は16歳から認められています。うん、ギリギリアウトですね。