宇宙の片隅、ある星で、少女は動き出す。①
『暁の鐘』という小説と同時連載中。まったりと読んで行ってください。
銅板を継ぎ接ぎした大きなガレージから感じるのは、金属的な冷たさより、怠惰な生活感だった。
事実、この地表でも指折りの貧困地帯では、どの建物も、くたびれた印象を受ける。
アヤは、授業である程度のことは学んでいたが、体感の伴わない座学で学べることは少ないことを実感した。
ここに来るまでに、幾度となく向けられた冷たい視線。“ダスト”の悪臭。
―――なんでこんなところに来てしまったんだろう……恐い……。
出かける時にはあふれるほどあったやる気が萎んでいくのを感じる。
(いや・・・!)
アヤは、ぶんぶんと左右に首を振って恐怖を払いのける。
なにはともあれ、ここまで来れたのだ。
きっと今日は運がいいはず。必ず上手くいく。
「よし!」
誰ともなしに呟き、決意を固めると、アヤは、その細い腕で『CASPER』の扉を開けた。
錆びた金属が擦れ合う大きな音がして驚いたが、気を取り直して、中に入っていく。
「うわぁ・・・!!」
ガレージの内部を見て、アヤは、思わず声を上げた。
同級生も言っていたが、やはりすごい。
一人乗り宇宙船・スペースバイク(SB)が並び、その奥には船を作るドックが見える。
―――間違いない。ここに居る。
しかし、人影がどこにもない。
あれだけ大きな音を出して入ったのに。
「痛っ。」
何かを蹴ってしまった。足を押さえてうずくまる。見ると、蹴ったのは旧時代のスパナだった。
―――今時、こんなもの使ってるの?
とりあえず、拾おうとすると、突然伸びた手がスパナを先に取った。
「おお~、あったあった。」
間延びした、覇気のない声の方を見上げると、これもまた覇気のない眠たそうな目と出会った。
「ん?アンタ、何してるんだ?こんなところで。」
スパナを持っていない方の手で、くしゃくしゃの髪を掻きながら言う。
「いえ、あの、そのぉ・・・。」
アヤは、パニックになりながら状況を説明しようとするが、できない。
男は首を傾げながら、まだ頭を掻いている。
「空き巣か?にしては、随分と身なりはきれいだな。」
アヤの全身を見まわして、男が言う。
「あ…空き巣じゃありません!アヤです!」
我ながらおかしな自己紹介だと思いながら、アヤは叫んだ。
「ん……そうか、俺は空き巣だ。」
「え?」
アヤは頭が真っ白になった。
男は銃口を額に突き付け、言った。
「さっきこれで一人殺したから、もう空き巣じゃないか。留守だと思ったんだが。」
「え……あの……」
「予定が変わった。死体が二つになるのは残念だが、悪く思うなよ?」
アヤは目の前の現実から逃げるように目を堅く閉じた。
え?この人が空き巣?じゃなくて、既に強盗?あたしの目の前にあるのは、銃!?
いやだ!死にたくない!なんでこんなとこに来ちゃったんだろう。お母さんに言われたとおり、家でおとなしく宿題でもしてれば良かった。ごめんなさい、お母さん。そして、さようなら、学校のみんな。
……これが走馬灯って言うのかな?なんか死ぬって分かってから時間がすごく長く感じる。ひょっとして、もう死んじゃったのかな、あたし。
(・・・あれ?)
本当におかしい。もう10秒以上たってるはずなのに、何も起きない。どこも痛くない。
そっと目を開けると、そこには銃は無く、空き巣男の顔があった。飴玉を含んだような笑みを浮かべている。
「なにやってんだ、コラ!!」
突如、視界の横から拳が飛んできた。
空き巣男の顔面右頬ををとらえ、そのままふっ飛ばした。
SBを二、三台巻き添えにして倒れた空き巣男に、拳の主は言った。
「あのねぇ、お客さん死ぬほどビビらせてどうすんのさ。それもこんな女の子を。アンタはガキだけど、アンタの歳でガキの遊びじゃ済まないんだよ、ジン!」
説教をする人は、女性だった。
露出の多いツナギに、褐色の肌が見える、野性的な美人だった。
「それと、あなたも顔を拭きなさい。可愛い顔がぐしゃぐしゃだよ」
そう言われて、初めて、自分が泣いていることに気付いた。
「おいこら、聞いてんのか?」
女性が空き巣、ではなくてジンをSBのガレキから引っ張り出した。
「悪い。何者かの暴行で生死の境を彷徨っていて聞こえなかった」
「それは残念だった。もうちょっと強く殴っておけば良かったよ」
アヤはハンカチで顔を拭きながら思った。
―――この人たち、空き巣じゃないけど、恐い。
ほぼ毎日更新です。と自分で自分にプレッシャーをかけることを打ち込んだこの両腕をブチ折ってやりたいですが、毎日更新です。大事なことなので二回。