桃太郎の誕生前。おばあさんのキャラを少し濃くしてみた話
天上界の桃の木から、ぽっとり。大きく育った桃が落ちてしまった。桃は川にざぶんと落ちると、ゆらゆらと流れにそって流れていく。驚いたのは川で洗濯してたおばあさんだ。
「ほぅ……」
おやまあ、などとは言わない。長い人生で久方ぶりの驚愕を短い言葉で表現すると、おばあさんはむんずと桃を掴んだ。なにせ御爺さんの芝刈りで日銭を稼いでいるわけで、時折山の幸を食すとはいえこれほどの桃はごちそうだ。下流の悪食どもに渡すくらいなら死してこの川朱に染めてくれようぞ。おばあさんの物欲せんさぁなるものは覚悟が違う。
山から帰ってきた御爺さん、桃を担いだおばあさんと出会ってびっくり仰天。ばあさんやなんとたくましい……いや、なんとたくましく育った桃であることか。さてこの大きさ、どう食したものか。
「斬る」
「斬りますかばあさんや」
「しかり。残ったものは仕方なし、犬畜生に喰らわすか肥料にするまで」
嗚呼、なんとばあさんの漢前なことか。御爺さん、おばあさんの「毒味じゃ」の声のもと、さっそく切り分けられた果実を口に含む。美味い。今まで口にしたことのない舌触り。味蕾を刺激する豊潤な味の荒波はたちまち老いさばらえた身体に変革をもたらし、在りし日の姿を呼びもどす。まさに天上界の御技なり。
「なんとすばらしいことか。身体が軽い。力がみなぎるようだ」
そして復活を果たした男の性。その業を刻みし蛇が、いやまさに龍が鎌首をもたげる。脳髄に閃いたのは芝刈りの途中にある一軒家、そこに住まう若くて美しい娘のことである。今まさに野獣が解き放たれようとしていた。
その腕をつかむ手。若き日の御爺さんははっと我に返った。なんということか。すぐ近くに長年よりそった伴侶がいるではないか。タイミングもあって子に恵まれなかったが、今こそあれだ、ああしてこうしてそうするべきではないのか。理性が吹き飛びかけた御爺さんは振り返る。イナズマが駆け抜けた。
「ばあ、さんや。若いころから、ふとましかったんじゃのう……」
「ふ。照れるじゃないかい、爺さんや」
嗚呼、漢前なおばあさんに在りし日の絶盛期のことなど言うに及ばず。世の男が求めるおなごの理想とは方向性の違う肉体美に、さしもの大蛇も委縮する。さすがの筋肉量の差に御爺さんの自信も喪失寸前だ。しかも若いせいか粗暴な部分が目立つときている。
「まあ、こうなったのも因果か。やることっていったらひとつだねえ」
「ま、待つんじゃばあさん。年寄りの死に水と言ってな? 明日の仕事も早いし今日は落ち着いて寝てじゃな――」
「何言ってんだい。こっちだって若くなって色々たまってるんだ。今更恥ずかしい仲でもないだろう。さあ、こっちきて全部さらけだしちまいな!」
おばあさん、押し倒す。
「いやあっ、お助けぇ!」
おじいさん、悲鳴を上げる。
すったもんだの末、生まれた子どもは桃某と名付けられたそうな……。