家
「おい、犬……」
犬は無反応だった。まるで屍のように、そうではない。凄惨に清算されたその姿は見事な屍だ。断定できる。
「おい、お前何が目的だ」
「だから、さっき言ったでしょ。暇つぶしが目的」
鉋崎は悪気など一切感じてないようであった。さも当然のように言う。
「暇つぶし、だと」
「そうだって。私は暇つぶしに犬を殺す。私は暇つぶしに世界を救う」
世界を救う? 確かにそう言った。そういえば、俺が吸血鬼だとかどうとか意味が分からないことを言ってたな、と思い出す。
「吸血鬼って何だ」
「血を吸って生きる伝説の鬼」
「そういうことじゃない」
「うん、信じれないのは分かるわ。でも事実よ、証拠にさっきの包丁で刺した傷はなくなっているのだし」
俺のわき腹の傷は綺麗さっぱりなくなっている。さっき刺されたことは確かなのにだ。
「それでも俺はお前がゲームのやりすぎだと思っているぞ」
「そ、あなたは正常だわ。でもこれから非情に異常になるでしょうけど」
「回りくどい言い方はやめろ」
「あなたは吸血鬼として私に協力して世界を救わなければいけない、私の暇つぶしのためにね、これは決定事項よ」
鉋崎はそんなことを言った。
「なら俺が吸血鬼である確固たる証拠を出せ」
「いいわ、ついて来なさい」
鉋崎はそう言って歩き出した。
「おい、ちょっと待て」
「何?」
俺は犬の亡骸にせめてもの思いで合掌をした。
「意外と真面目ね」
「うるさい、連れてけ」
鉋崎はまた歩き出した。
鉋崎について行くこと十分少々。太陽はもう見えず、空は黒糖のような色だった。
「ついたわ」
そこは一軒の家だった。どこにでもありそうで、どこにもなさそうな家だった。
空き家という感じの家とも捉えられたし、豪邸とも捉えられる家だった。
「私の家よ」
鉋崎はそう言った。
「入って」
鉋崎はそう言い、玄関の扉を開いた。
家の中もやはり空き家とも豪邸とも捉えられる風だった。靴箱は大きいのにそこに一足も靴が入ってなかった。その靴箱の上に花瓶が載っていた。昔、小学校にあった花瓶に似ていた。
「こっちよ」
鉋崎は廊下を歩いていく。俺はそれについて行った。
「この部屋よ」
鉋崎はふすまの部屋の前で歩みを止めた。鉋崎はふすまを開ける。その瞬間、腐乱臭が俺の鼻を刺激した。
「何だ、これ……」
そこには二体の死体があった。しかも犬ではなく、人間の。人間の死体。
「私の両親よ」
鉋崎は俺の横から言った。
「両親……?」
「そうよ、二人とも死んでるわ。でも生きてるの」
鉋崎は対義する二つの言葉を口にした。
「生きてる? これが―――」
「もの扱いするな!」
鉋崎は俺の言葉に反応し、叫んだ。
その時だった。俺は油断していた。こいつがどういう女だったかと。犬を何匹、何十匹殺している女だったのだ。普通ではない。吸血鬼であることの証明。二人とも死んでいるが生きていることの意味。もっと考えておくべきだった。そもそもこんな所に来るべきではなかったことは明白だ。