プロローグ
真っ白な画用紙に何を描くか悩んでみる。絵の構図は頭の中で出来ているのに最初の一歩が中々踏み出せない。しかしその原因を色鉛筆のせいにも画用紙のせいにも出来ない。何のせいかと問われれば、それは自分のせいだと当たり前のように答えるだろう。それは嫌なので頑張って一本の線を描いてみる。しかし、そこからは何も浮かばず、ただ、画用紙の真ん中に青色の線がぽつんと描かれているだけだ。それを虚空に捨てたい気持ちが湧くが、湧いたところでゴミのように捨てられないので諦める。同じように絵を描くのも諦めた。
俺はすぐ諦める人間に育ちたくなかった。そんな腐った人間は嫌いだからだ。が、現実は非常に非情で残酷なため、それは叶わなかった。俺は腐った人間になってしまった。「どうせ」とか「面倒くさい」とかすぐに言ってしまう人間になってしまった。
誰のせいかと問われればそれもまた自分せいだと答えるだろう。答えはそれにしかないからだ。某天才小学生探偵も言うように、『真実はいつも一つ』らしいから。だから俺がこうして腐乱しているのも事実であり史実であり真実であろう。まぁ、他人からすればどうでもいいことだが。だがそれでも俺からすればどうでもよくない。
だからといって別に俺は苛められていたわけではなく、孤独だったわけでもなく、現実とフィクションとを混同させていたわけでもなかった。ただ、堕落した生き方をしてきたのだ。今まで後悔をしてこなかったことを後悔する。意味はないが。
意味がないと理解してもやはり無意味なことをしてしまう。人間は愚かだ―――否。俺が愚かなだけだ。人間のせいにしてはいけない。愚かさも俺自身のせいだ。
ある日の朝、母親が俺に言った。
「ちゃんとしなさい!」
“ちゃんと”何をすればいいのだろうか。ちゃんと。きちんと。整然と。一糸乱れず。何をすればいい。疑問に思ったため俺は母にその旨を聞いた。母は何も答えず、ただ困ったような顔をしただけだった。同じことを父にも聞いた。父は「早く寝ろ」とだけ言った。その時の学校の担任にも聞いた。「勉強とかだろ」と曖昧な答えを貰った。もう誰にも聞こうとは思わなかった。
これも俺のせいだろうか。それとも答えられなかった大人のせいだろうか。
大人のせいにしたい。
俺に表現力がないのも可笑しな疑問を持つのも腐乱しているのも大人のせいだ―――なんて言えたら楽だが。言えるわけがない。なぜなら。
どう考えても全て俺のせいなのだから。