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来ヶ崎愛歌は日本女児である。  作者: 岡村 としあき
序:疾風! 来ヶ崎愛歌、参上!
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明日香の無念

 純粋な悪意に満ちた視線が、明日香の全身を射抜く。


「や、やめてください。来ないで!」


 明日香は背筋に悪寒が走り、思わず一歩後退した。周囲を見渡すと、誰もいない。いつの間にか廃材置き場のような所に迷い込んでいて、暗闇が空を覆いつくそうとしていた。 


 おそらく、助けを呼んでもムダであろう。その事実を知って明日香は思わず息を飲んだ。


 そんな明日香のリアクションに満足したのか、不良たちはますます下品な笑いをエスカレートさせる。


「おい、どうするよ?」


「そうだなあ。こいつこんな可愛い顔して、男なんだろう? ちゃんと『付いてる』かどうか、確かめるってのはどうだ?」


「ぎゃはは! それ賛成~!」


「じゃあ、俺が確認してやるよ。へへへへ」


 不良の一人が明日香にまっすぐ近付いた。


 しかし、明日香は体がすくんで動けない。だんだん距離が縮まっていく明日香と男。そして、ついに――。


「嫌だ、離して!」


「つーかまーえた。お!? なんだよ、こいつ……女みてーに柔らけえ。そ、それになんかいい匂いがするぞ……」


 汚らしい顔をした不良が、明日香の手首をつかんで顔を近付けてきた。男の青臭い吐息が明日香の鼻腔を刺激し、さらに恐怖が体中に倍増する。


 明日香は思わず身をよじらせるが、男から逃げることはかなわない。


「誰か……助けて……」


「へへ。誰もこねーよ。ここは俺たちの秘密基地なんだからな! いひひ。さーて。それじゃ、確認させてもらいますか」


 不良の右手が明日香に伸びる。


 明日香は、目を閉じそれに耐えようとした。


「ケダモノめ。死んで詫びろ」


 ナイフのように鋭い言葉。そして、衝撃!


 恐る恐る目を開けると、目の前には愛歌がいて、明日香をつかんでいた男を蹴り飛ばしていた。男は塀に頭を打って気絶している。


「く、来ヶ崎さん? どうしてここに……」


「気にするな。偶然通りかかっただけだ」


 愛歌は静かに笑うと、明日香の頭にそっと手を乗せ、優しくなでた。


「日比谷。何も恐ることはない。お前は私が守る」


「こいつ! 朝の!」


「おい、お前ら。武器出せ。今度はしくじるんじゃねーぞ。女に生まれてきたことを後悔させてやれ」


「おう!」 


 不良に囲まれる愛歌。幼く可愛らしい少女の顔には、動揺や焦りといった感情は無い。あるのはただただ――。


「晩飯前の腹ごなしにちょうどいい。私が遊んでやろう」


 ――余裕。


「このアマぁ! ぶっ殺してやる!」


「死にさらせ!」


 四方から一斉に飛びかかる不良たち。手には鉄パイプやナイフ。スタンガンを持っている者もいる。


「笑止」


 揺れる。不良たちの視界も、愛歌の胸元も。


 疾風迅雷。その四文字熟語がこれほど形容するに相応しい場面はない。


 愛歌は前方の不良のナイフを叩き落とし、左胸に掌底を打ち込むと、背後に回り込み、盾にした。


「うげえ!?」


 盾にされた不良に、鉄パイプとスタンガンが直撃する。


「あ、アツシ!?」


「てめえ、よくも……!」


 烈風を巻き起こしながら、不良の鉄パイプが愛歌の額をえぐり取るべく迫る。


「遅い」


 愛歌は左手でそれをつかむと、右手で鉄パイプに力を加え、不良を転倒させ、腹に肘を落として戦闘不能にする。


「こ、このロリ巨乳! スカート切り裂いて、ヤっちまぞ、こら!」


 愛歌の背中にスタンガンを当てようとした不良は、スカートの下からのぞく細くて小さな足によって、鮮やかに宙を舞った。


 スカートをはためかせ、後ろ回し蹴りを決めた愛歌は、そのまま最後の不良と間合いを詰め、正拳突きを腹に直撃させた。


「他愛もないな。日比谷、ケガはないか?」


「うん。ぼくは、大丈夫。来ヶ崎さんは……?」


 手をパンパンと叩き、スカートからほこりを払った愛歌は、涼しい笑顔で明日香の頭をなでる。


「問題ない。お前が無事ならそれでいい」


「でも、来ヶ崎さんは女の子なのに……こんな危険なこと……。本当は、男のぼくが来ヶ崎さんを守ってあげなきゃいけないのに……情けないよ」


 明日香はうつむくと、熱くて悲しい雫を瞳に浮かべていた。


 悲しいのではない、悔しいのだ。何もできなかった自分に。


「日比谷。これを使え」


 うつむいていた明日香の視線の先に、白いハンカチが差し出される。


「ありがとう……」


 そして、再び愛歌に頭をなでられた。


「……気にすることはない。男が女を守るだの、女が料理を得意とするだの、前時代的だ。そんなものにこだわる必要がどこにある? 確かに私は武術を幼少の頃より叩き込まれて育ってきたが、それ以外はからきしだ。『女子厨房に入るべからず』と言われていてな。家事なんぞ、まったくできん。威張れることではないがな。それに引き換えてお前の料理の腕は大したものだ。感心させられたよ」


「そんな……ぼくなんて……」


「私にできないことをお前はできる。お前ができないことを私ができる。ならば、私たちで補え合えばいいではないか。人という字は互いに支え合っている。私とお前も支えあえばいい。だから――」


 愛歌は、うつむいていた明日香の顔を引き寄せた。


「私の元に来い、日比谷。お前が必要だ」

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