明日香の奥義
「奥義の零だと? 世迷言を。来ヶ崎流の奥義は全部で八つ。零など存在しない! それにその構えは……一風と同じではないか。血迷ったか、愛歌!」
「私は世迷言など言っておらぬし、血迷ってなどいない。全ては次の一撃ではっきりする。私がただのホラ吹きならばこの命、兄上に捧げよう」
「もはや語る言葉もなし! 来い、愛歌!!」
再び全身を針が刺すような空気が室内に立ち込める。
愛歌と大牙は互いに仕掛けるタイミングを探りあい、じりじりとすり足で移動する。
「来ヶ崎流古武術奥義の零」
「来ヶ崎流古武術奥義の八」
そして、再び激突のときがくる。
「一風」
一瞬で愛歌と大牙が接近し、今度は交差することなく、お互い正面から向かい合ったまま、動かなかった。
「これが……奥義の零……だと?」
「そうだ兄上。これは敵を殺す技ではない。活かす技だ」
大牙は抜刀する直前の状態で停止しており、その左胸には、愛歌の刀の柄がめり込んでいた。
「一の風を起こすことなく、敵の戦闘力を即座に奪い、活かす……その名を無風という」
「なるほど……構えたまま抜刀せずに、そのまま柄を相手の急所に叩き込む。それが、一風をも越える風無き風。来ヶ崎流古武術奥義の零。無風……か。見事であった」
大牙は微笑むと、前のめりに倒れた。
「兄上!」
床に激突しそうになる大牙を愛歌は抱きとめる。
「成長したな、愛歌……さあ、私にトドメをさせ」
「できるものか! 私には、兄上が必要なのだ! また以前のように一緒にご飯を食べて、ケンカをして――」
「もう遅いのだ。私は、すでにこの手を汚している。それに……今更お前の兄にもどることなど……できぬ」
「それでも! 兄上は兄上だ!」
「愛歌……私とて……もう一度、お前と飯を食いたい。もう一度、兄としてお前を抱きしめたい……だが、どうすればいいというのだ? わからんのだよ……」
困惑する大牙を見て、明日香は近付いた。
「じゃあ、仲直りしましょう、ね?」
「仲直り、だと?」
大牙と愛歌は同時に明日香を見た。
「うん! ぼくもね、たまに麗夢ちゃんとケンカしちゃうんだ。でもね……そんな時は、こうするの」
明日香は愛歌の手を取り、大牙の手と握らせた。
「仲直りの握手。はい、もう大丈夫。これで二人とも、もう仲良しだよ!」
えへ。と、太陽のように笑う明日香。
それを見て、愛歌も大牙もこそばゆい気持ちになった。
「ふ。ふはははは! 仲直りの握手か。これはいい。愛歌……お前はよい伴侶を見つけた。義理の弟としては、これ以上にない。だが……明日香さんは将の器ではないな。果たして、愛歌に相応しいものか……」
「違うな、兄上」
愛歌は立ち上がると、展望室の窓から地上を見下ろした。
「下を見てみろ、日比谷」
「え?」
愛歌に手招きされ、明日香は窓から下を見下ろす。
「あ。お父さん、麗夢ちゃん……それにクラスのみんなだ。あの横は、麗夢ちゃんのお友達? あ、不良さんたちもいる! 九条院さんも、ナイトくんも、ケルベロスさん達も!」
「皆、日比谷を思ってここに集まったのだろう。兄上。確かに日比谷は将の器ではない。だが、日比谷には人を集める力がある」
愛歌は大牙に振り返ると、誇らしく胸を張った。
「日比谷は王の器なのだ。私の選んだ男であるぞ? 当然であろう」
「ふ。そうか。そうだな……だが、やはりお前は甘い」
「何?」
それは不意打ちだった。無防備だった愛歌の目の前に大牙が迫ると、鮮血が展望室を真紅に染め上げる。
「ぁ……兄、上? どうし、て?」
「相手の戦闘力を迅速に奪い、命を絶つ……私は、そう、教えたはずだ……バカ者め」
「あ……兄上。兄上!!」
大牙は背中に銃弾を浴びて、崩れ落ちた。
崩れ落ちた大牙を見て、満足そうに射撃した本人は笑う。
「はっはっは。ファング~。何仲良しこよしやってんだよ? まさか、自分の妹だからって、フ抜けちまったかあ?」
展望室の入り口で、銃を構えた山崎が舌なめずりをした。
「まったく……計画がおじゃんじゃねーかよ。それもこれも全て、鼻水垂らしたクソガキどもに全部ひっくり返されたってんだから……笑うしかねー……が、実際笑えねえな。ブルマの嬢ちゃん。悪いがここで死んでもらうぜ。そっちの勇気あるお嬢ちゃんもな。もう人質なんざどうでもいい……お前らを殺して、俺も死んでやる
「貴様!! ……ぐ!?」
立ち上がろうとした愛歌だったが、右腕を押さえその場にうずくまる。
「無理すんなよ、ブルマのお嬢ちゃん。ファングとやりあったんだろ? 無事でいられるワケがねえ。疲労困憊の瀕死状態ってワケだ。今から山崎無双始まるぜ。チャンネルはそのままってなあ!」
「く! 日比谷!」
「わ!?」
愛歌は明日香を押し倒し床を転がると、さっきまで愛歌がいた場所は文字通り、蜂の巣となる。
「へへ……もっとよけろよ。まだ当たるんじゃねーぞ。楽しめなくなっちまうからなあ。はっはっは……ん? ち。詰まりやがった! まあいい。虫の息のガキくらい、近接戦闘でカタを付けてやる」
山崎は銃を放り捨てると、ナイフを取り出しゆっくりと愛歌と明日香に向って歩いてきた。
「日比谷。お前だけでも、逃げろ。今の私では、まともに拳を振るうこともできん……」
「嫌だ! 一人だけ、逃げるなんて嫌だ! ぼくは、ぼくは……!」
「日比谷!」
「来ヶ崎さんは……ぼくが守る!」
明日香は立ち上がった。
「何だお嬢ちゃん? 先に切り刻まれたいのかい? いいぜ。おいで。おじさんがとっても痛くて気持ちのいいことを、教えてやるよ」
「しっかり腰を落とし、脇をしめる。そして、左の拳を引きながら、右の拳を繰り出す……」
「ああ? 何ブツブツ言ってるんだ? こないからこっちから行っちゃうよ! お嬢ちゃん!」
にへらと不気味に顔を笑顔で歪ませ、山崎は明日香に向って突進する。
「テロリストのおじさん、あなたは間違っています!」
明日香は、それに動じることなく、息を整えると腰を落とし、脇をしめ左の拳を引き――。
右の拳を山崎に向って繰り出した。
「お、おあ、が!?」
勢い良く繰り出された明日香パンチは、偶然山崎のみぞおちに直撃し、山崎は気を失って倒れた。
「ぼくは、男の子です!」




