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来ヶ崎愛歌は日本女児である。  作者: 岡村 としあき
序:疾風! 来ヶ崎愛歌、参上!
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明日香の家事力

 四時間目が終わり、生徒達は授業という拷問から、束の間の安らぎを得る。ある者は学食に駆け込み、ある者は空腹を紛らわせるため昼寝でごまかし、またある者は屋上で数人の友達と一緒に弁当をつついて、楽しい時間を過ごす。


 明日香もまた、持参した手作り弁当を携え、ナイトの席へ向った。


「お待たせ、ナイトくん」


「おお! 待っていたぞ幼馴染よ! 俺の弁当! 英語でベントゥー! フランス語でベンジュール!」


「いきなりアホな発言ですわね、天空寺ナイト! 英語で弁当はBENTO! ですわ。そう、THIS IS A BENTO!」


 ナイトの席の隣で、ナイフとフォークを使って優雅に食事をしていた命がすかさずつっこむ。


「いや、ランチ……じゃないかな。九条院さんの発音はすごいそれっぽかったけど」


 明日香が正解を言い当てると、命は一瞬ナイフとフォークを床に落とした。


「あ、あら。そう、ランチでしたわね! これは、そう。お茶目な命ちゃんをさりげにアピールしちゃいましょう大作戦でしたの。まさか、このわたくしが天空寺ナイト同様、英語でベントゥー! などと、マジレスするわけありませんわ! お、おほほ、ほほほ……」


「ウソ付け、お前の脳ミソは、この俺と同レベルなのだ! 諦めて現実を受け入れるがいい、九条院!」


「な!? わたくしの脳は北京原人並とでもいうのかしら、このジャワ原人は!」


 ヒートアップしてきた二人の会話を遮るため、明日香はナイトの机に弁当を乗せ、お茶をいれる。


「ほらほら二人とも、夫婦漫才はそれくらいにしてね。お昼休みなくなっちゃうよ? はい、ナイトくん。お弁当だよ」


 弁当箱の中には、ご飯とバランスのいいおかず。彩りも鮮やかに、目で見ても楽しめる一品が、ナイトの机の上で小劇場と化していた。


 健康面も考慮され、主食の米は玄米。野菜の煮物も冷凍食品ではなく、全て明日香の手作りである。


「おう! お、今日は肉じゃが入ってるじゃねーか。お袋の味だな」


「今日はね、コーラを入れて作ってみたんだ。……どう?」


 肉じゃがをおいしそうに頬張るナイトを、心配そうに上目遣いで見つめる明日香。


「うめえ! もっとないのか!」


「そっか。よかった。そんなにおいしかったのなら、ぼくの分、あげる。ナイトくんが喜んでくれたならぼく、それだけでお腹いっぱいだもん」


「おう、悪いな! 幼馴染よ!」


 ナイトは明日香の弁当箱から肉じゃがのじゃがいもを取ると、それを口に放り込もうとした。だが、命のフォークがそれを横からかすめとり、ナイトの歯は虚しく空を切る。


「ああああん。さすが明日香様。この味! 一流シェフも下半身丸裸で逃げ出す味わい! たまりませんわ~。一口一口噛みしめる度に、明日香様がわたくしの中に染み込んで行く……ああ……」


 命は教室の天井を恍惚の笑みで見上げると、口の端からよだれを垂らした。


「この変態女! 俺の肉じゃがを返しやがれ!」


「あ、あははは。二人とも、仲良くね?」


 明日香の目の前でナイトと命が小競り合いを始める。それを止めようとした明日香だったが、視界の端に一人で食事している愛歌の姿を見つけ、そちらに歩み寄った。


「来ヶ崎さん。よかったら、一緒にお昼しない?」


 愛歌はクラス中の生徒の誘いを全て断ったのか、一人憮然としたまま、おにぎりを食べていた。


「む? 日比谷か……いや、私がいれば邪魔になる。大して気の利いた面白い話ができるわけでもないしな」


「面白い話なら、ナイトくんがしてくれるからいいよ。来ヶ崎さんは、常識人担当ってことで」


「よくわからんが……そうだな。お言葉に甘えよう。私も少しでも早くこのクラスに慣れたい。迷惑をかけるとは思うが、一意専心。最高の昼食になることを努力するとしよう」


「えっと……うん。頑張ろう、ね?」


 きりっとオトコマエに笑うと、愛歌は席を立った。


 明日香も愛歌の背中を追ってナイト達の元へ戻る。


「邪魔をするぞ」


 そう言い放つと、愛歌はナイトの隣にイスを持ってきて、腰掛けた。


「げ!? 来ヶ崎! さては、お前も幼馴染のベントゥーを横取りしに来たか! いや、待てよ。これは」


 愛歌の登場に一瞬ナイトは怪訝な顔をしたが、すぐに下品な笑みを浮かべてバカ笑いし始めた。


「ふ……ふははは! 見ろ、幼馴染よ! 俺の隣には、性格に大きな難点ありだが、クラス一の美少女九条院! さらに、猟奇的かつ狂気的だが、転校生のロリ巨乳美少女来ヶ崎愛歌! ハーレムだ。夢にまでみたハーレムが……ここに」


「なんだかわからないけど、よかったねナイトくん」


 ナイトは愛歌の肩に手を回そうとしたが、一瞬で組み伏せられ、地面に崩れ落ちた。


「うぎゃ!」


「気安く触るな、汚らわしい」


 さらに崩れ落ちたナイトの右手を命が踏みつけて、明日香の元に駆け寄る。


「うげえ!」


「明日香様。さあ、楽しい食事の続きを致しましょう。こんなジャワ原人は放っておいて。さあさ」


「あ、うん」


 明日香が先ほどまでナイトが座っていた場所に座ると、途端に命が体を密着させてきた。


「明日香様ぁ。今日のわたくしのお弁当、飛騨牛のステーキですの。もしよかったら、一口召し上がれ。さらにわたくしも、召・し・あ・が・れ」


「あ、あの。ぼくもうお腹いっぱいなんだ。小食だから……」


「そんな、遠慮なさらず、さあ! わたくしの隅から隅まで存分にご賞味くださいませ!」


 命は席を立つと、明日香の目の前でセーラー服のボタンを外し、下着をちらりと見せ誘惑する。


「そうだぜ、幼馴染よ。遠慮するなって。お、この肉やわらけー」


 いつの間にか復活したナイトが、命の机の上にあったステーキをパクパクと口にしていた。


「誰がお前なんぞに食わせてやるものですか! 吐きなさい! 吐き出して、明日香様にお返ししなさい!」


 下着がチラ見していることに構わず、命はナイトの首を絞め盛大に喚きたてた。


「ぐもう!? 首絞めるな!」


「まったく、騒がしいな。お前達は……」


 すぐ目の前で繰り広げられる騒動を目の前にしても、涼しい眼差しのまま愛歌は呟いた。その様子を見て、明日香は愛歌に話しかける。


「まあまあ、来ヶ崎さん。そうだ。このさと芋の煮っ転がし。よかったら、召し上がれ」


「む。……うん。これはうまそうだ」


 愛歌は明日香の弁当箱からさと芋を一つ掴むと、それを口の中に放り込んだ。


「うまい。……日比谷の母上様は、料理がお上手なのだな」


「ううん。これ、ぼくが作ったんだよ。お母さんは小さい頃、亡くなって……うち、父子家庭だから……家事は全部ぼくがこなしてるんだ」


「そうなのか。……知らぬこととはいえ、すまん」


「ううん。いいんだよ、気にしないで、あ!」


「ん? どうした日比谷」


 明日香の視線は、愛歌のセーラー服の袖に注がれていた。


「ボタン、外れかけてるよ」


「む……今朝、不良を叩きのめした時だな。気にするな、こんなもの――」


「ダメだよ。来ヶ崎さんは女の子なんだから、身だしなみはきちんとしなきゃ。動かないで。ぼくが直してあげる」


「日比谷が?」


「うん。ぼく、ソーイングセットいつも持ち歩いているから、任せて!」


 明日香は学生服のポケットから裁縫道具を取り出すと、微笑んで見せた。そして、てきぱきと素早く針を動かしボタンを縫い付ける。


「はい、完成だよ!」


「む……すまん。日比谷は、いいお嫁さんになれるな」


 愛歌は明日香の仕事にたいへん感心したのか、気持ちのいい爽やかな笑顔で明日香の頭をなでた。


「いや、ぼくは……お婿に行くんだけど」

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