明日香の運命
「おにーちゃん! おにーちゃんてば!」
「え? ああ、麗夢ちゃん。どうしたの?」
台所で調理していた明日香は麗夢に袖をぐいぐい引っ張られた。
「オムライス! 焦げてるよ!」
「え? あ、ああ。どうしよう……」
明日香は慌ててフライパンから皿にオムライスを移すと、溜め息を吐いた。
「どうしたの? さっきからぼーっとしちゃって。いつものおにーちゃんらしくないよー」
「うん。ちょっとね……」
「そういえば、あの女は? いつもなら、匂いをかぎつけてイスにお座りしてるハズなのに」
「……どこに行ったんだろうね……」
はあ。と、また大きな溜め息を吐くと、明日香はイスに座って両手で顔を覆った。
何度目になるかわからない後悔が明日香の胸の中を這いずり回る。
「何でぼく、あんなこと言っちゃたんだろう……」
頭の中で何度も再生される愛歌の泣き顔。それが罪悪感に姿を変え、明日香はいてもたってもいられなくなった。
「麗夢ちゃん。ごめん、ぼくちょっと出かけてくる」
「え!? 外、真っ暗だよ。お買い物なら麗夢が行ってくるよ。おにーちゃんは座ってなよ。なんか、体調悪そうだし」
「そうは行かないんだ……たぶん、ぼくのせいだから……」
「あ、おにーちゃん!?」
明日香は家を飛び出した。外に出ると雨が降ってきて、明日香の心を余計に暗くさせる。
「来ヶ崎さん、風邪引いちゃうよ。早く、探さなきゃ」
傘を差し、雨が降る夜の街へ駆け出す。
牛丼屋のチェーン店含め、飲食関係のお店を一通り回ってみるが、どこにも愛歌の姿はなかった。
「どこに行っちゃったの……来ヶ崎さん」
牛丼屋の前で一人うつむくと、脳裏に愛歌の笑顔が蘇ってくる。
不良も元軍人もいとも簡単に薙ぎ倒す愛歌。
自分の手料理を一つも残さず平らげる愛歌。
風呂場でヘタな演歌を歌う愛歌。
恥ずかしいセリフをどうどうと自覚なしに言ってしまう愛歌。
色んな姿をした愛歌が、走馬灯のように明日香の目の前を通り過ぎていく。
「まだだ。絶対に、来ヶ崎さんを探すんだ!」
明日香は決意を固めると、再び走り出した。
駅前のデパートまでやってくると、明日香はふと足を止める。
「プレゼント……買っておこうかな。来ヶ崎さんが帰ってきたら、それを一緒に渡して謝ろう、うん」
明日香はデパートに足を踏み入れた。時刻は午後七時半。閉店まであと三十分しかない。急いで店内を移動するが、途中でつまづいて転んでしまう。
立ち上がろうと、足に力を込めたときだった。
背後に物音がして振り向くと、出入り口にシャッターが降ろされ、閉鎖されてしまった。
「え? あれ? もう、閉店時間?」
次々に閉鎖されていく入り口。
明日香だけでなく、他の客も不安そうに入り口を見て、困惑している。
『本日はご来店いただきありがとうございます』
突然の店内アナウンス。単なる操作ミスか何かか……と安堵するわけにもいかなかった。
なぜなら、アナウンスの声は淡々した男性の声で――。
『このデパートは我々が占拠しました。死にたくなかったら、その場にうずくまって大人しくしていてください。死にたければ、最上階展望ルームまでどうぞ。私がこの手で殺して差し上げます』
と、コールしたからだ。
「冗談、だよね?」
明日香は天井を見上げたまま固まった。
「ふざけてるのか、おい! さっさと開けろ!」
中年サラリーマンの男性が、怒りながら閉鎖されたシャッターを数回蹴る。しかし、耳障りな音を立てるだけで何の反応もない。
複数の足音が聞こえたと思ったら、それはデパートの職員達だった。
「おい、お前ら。こんな冗談かましてタダで済むと思うなよ!? 訴えてやるからな!」
「お、お客様。どうか、どうかお静かにお願いします」
女性職員が震える声で、首を少し横に揺らした。
「あん? 何を言って……ひゃああああ?!」
「黙れ、ブタが」
職員達の後ろには、銃で武装した黒いスーツの男達がいた。
顔からは表情が読み取れない。ただ、構えた銃が黒く光り、それが本能に直接訴えかけてくる。
逆らえば、殺される。
「わ、あ、あ、あ、あ?」
男は銃口を向けられると、その場にペタンと座り込み、黄色い池を作った。
「これで全部、か? 全員一箇所に集まれ」
リーダー格の男が前に出ると、銃口をホールの真ん中に向ける。
明日香も恐る恐る移動して、人質の群れの一部となった。
「これからは俺達が法律だ。逆らえば容赦なく殺す。なに、安心しろ。できる限り殺しはしない。こちらの要求が通れば、無事に解放することを約束しよう」
リーダー格の男がそう冷たく言い放つと、スーツ男達は、人質を二人一組で縛り始めた。
「これからお前達は二人ペアになってもらう。片方が逃走しようとしたり、反抗しようとすれば、仲良くペアであの世へご招待だ。せいぜい互いを監視し合うんだな。今すぐ死にたいヤツがいれば、脳ミソに風穴空けてやるぜ?」
クククク。と、狂気じみた笑みを浮べ、リーダー格の男はその場に座り込んだ。




