明日香の隣席
愛歌の自己紹介と同時に、教室のあちらこちらから歓声が飛び出る。
「可愛いー。やべえ、マジ可愛いー」
「髪質すっごいサラサラだよー。どんなヘアケアしてるんだろ」
「お肌だって、粉雪みたいに真っ白でつるつる! いいなあ」
「クールビューティーだよなあ。俺、あんな子に踏まれたい」
クラス中から賞賛の声を受ける転校生、来ヶ崎愛歌。彼女はそれに照れるでもなく、ただ呆然と一点を見つめていた。
「それでは、来ヶ崎さん。席は――」
「いや、今決めた」
担任の言葉を途中で遮り、愛歌は悠然と歩き出した。そして、明日香の目の前で立ち止まる。
「え」
「再び見えることになろうとはな。これぞ、天命か。少年……確か、日比谷明日香と言ったか」
「う、うん。今朝は、ありがとう。助けてくれて……」
「礼には及ばん。弱きを助けるは強きの義務。うむ。これも何かの縁。日比谷、君の隣で勉学を共にさせてもらおう」
周囲が呆気に取られる中、愛歌は明日香の隣に座るナイトを見た。明日香の周りの席は完全に埋まっている。
「そこな小童。去ね。その席はこれから私が座ると決めた。お前は邪魔だ」
「え!? 俺!? ……ロリ巨乳ちゃんのリクエストとはいえ、俺にも意地がある。けれど! 代わりに君のお尻とか胸とかちょこっと触らせてくれたら……考えてるやるぜ?」
ナイトは席を立ち、愛歌に近付いて、下心いっぱいに笑った。
「あいつ、勇者だ」
「いや、ただのバカだろ?」
「天空寺、キモ! マジで死ね」
「俺も触ってみたいな」
「転校生の女の子の言うことくらい、聞いてあげればいいのに、器も男の部分も豆粒ね」
クラス中から男女それぞれのバッシングを受けたが、ナイトは特に気にしてもいなかった。
「面白い。ならば、私に触れてみろ。無事に私に触れることがきるのなら、責は問わん。お前が好きなことをいくらでも、この体にするがよかろう」
「何!? マジか!? よっしゃ行くぜ、ロリ巨乳! 俺のハイスピードタッチを、受け――」
「五月蝿い」
「ぎゃふ!?」
ナイトが飛びかかる前に、愛歌の正拳突きが顔面に直撃していた。教室の空間を目いっぱい使って空中を飛んだナイトは、掃除用具入れに激突する。
「ただし、無事に触れればの話しだが。お前なんぞに触れられては我が魂魄に汚れが付く。その程度で済んだことを、ありがたく思うのだな」
「ま、まだまだ!」
「ほう? 何がお前をそこまでさせるのか……理解に苦しむな」
ナイトは立ち上がった。闘志をたぎらせ、鼻からロケットランチャーのような鼻息を発射し、立ち上がる。
「俺は、俺は!! 君のパンチより、パンツが欲しい!」
「アホだ」
「アホだな」
「俺も欲しいけどさ」
「……サイテー」
「ここまで開き直ると、ある意味清々しいわ」
やはりクラス中からバッシングを受けたが、ナイトは気にしてもいなかった。
「ナメるなよ、来ヶ崎。こちとらには、一万二千枚の特殊装甲とー! DTフィールドがあるんだからー! 負けてられないのよー!」
「DT乙」
「何故にオネエ言葉」
クラスメイトのヤジを無視し、再度突っ込むナイト。しかし、愛歌が槍のように鋭く差し出した蹴りを食らい、力尽きた。
「な、ナイトくん! 大丈夫?」
明日香はナイトに駆け寄ると、抱き起こし、頬をぺちぺちと叩く。
「ふ。幼馴染よ。俺は見たぞ。……パンツは……白かった」
「いや、そんな『地球は青かった』みたいに感動を誘う言い方されても……とにかくナイトくん。来ヶ崎さんは転校して間もないんだから、不安でいっぱいだと思うんだ。だから、多少のわがままは聞いてあげようよ、ね?」
「きゃー! 明日香ちゃん、優しいー!」
「明日香ちゃん、抱いてー!」
「ていうか、天空寺! いつまで私たちの明日香ちゃんに抱かれてるのよ、さっさとどけ!」
明日香のセリフと同時に、女の子達の黄色い声援が飛んでくる。ナイトとは対照的だ。
「く。幼馴染が、そこまで言うなら……」
「よかった。じゃあ、ナイトくんは……あ、九条院さんの隣が空いてるから、そこにする?」
「うげ!?」
自分の名前を呼ばれて、命はぎくりと嫌な声を上げた。
「嫌ですわ! こんな男が隣に来たら、わたくし妊娠してしまいます! わたくしの卵子が待ちわびているのは、たった一人の殿方の精子! その殿方の名とは――」
「ごめんね、九条院さん。ぼくのわがまま、聞いてくれると嬉しいな。九条院さんは、優しくて頭のいい子だもん。来ヶ崎さんが困ってるの、本当は心配しているんでしょ?」
明日香と目が合った瞬間、命は耳の先まで真っ赤にして爆発する。
「優しくて頭のいい可愛いくて、太ももナイスで今すぐベッドで明日香様が抱きたくなるようなわたくし!? わたくし、恐ろしい子!」
「いや、そこまで言ってないから」
「コホン。とにかく、明日香様がそこまでおっしゃるなら……多少不本意でございますが、そこの危険人物を隣の席に迎えましょう」
「よかった、ありがとうね九条院さん。それじゃナイトくんは移動して、来ヶ崎さんはぼくの隣……はい、一件落着」
「……じゃあ、そろそろ一時間目始めていいか?」
教壇でそう呟いたのは、一時間目の数学の教師だった。