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来ヶ崎愛歌は日本女児である。  作者: 岡村 としあき
急:激突! 来ヶ崎愛歌、まかりこしてそうろう!
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明日香のパンチ

 愛歌が日比谷家に来て、一週間が過ぎた朝。


「おはよう、来ヶ崎さん。今日も、朝のトレーニング?」


「うむ。鍛錬だ。危ないから下がっていろよ」


「はい」


 明日香は起きるとすぐに朝刊を取りに行き、そのまま愛歌のテントまで行って、鍛錬を隣で眺めるというのが、最近の日課になりつつあった。


 今も愛歌が、Tシャツと短パンで、正拳突きやら蹴りを庭で繰り出している。


「は! せい!」


 流れ落ちる汗。


「むん!」


 短パンを貫いたように伸びる、白く細い足。


「てい!」


 そして、揺れる胸元。


「あ、ご、ごめんなさい! そんな、見るつもりじゃ……」


 明日香は愛歌の胸が揺れる瞬間を見て、沸騰した。


「ん? どうした日比谷。そうか。お前もやってみたいのか?」


「え?」


「うむ。来ヶ崎家に婿入りするのだ。お前にも奥義の一つでも使えるようになってもらいたい……ならばよし」


「え? 何?」


 愛歌は明日香に詰め寄ると、自分の胸を指差した。


「ここに拳を打ち込んでみろ。遠慮はいらん」


「ええ!?」


「拳打は基本中の基本。いいか。しっかり腰を落とし、脇をしめろ。そして、左の拳を引きながら、右の拳を繰り出すのだ」


「こ、こう?」 


「うむ。なかなか飲み込みが早いな。では、ここに撃ってみろ」


 ポン! と愛歌は自分の右胸を叩いた。


「え。で、でも……女の子にそんなこと、できないよ……暴力は、嫌いだし……」


「日比谷。理不尽な暴力は、いつ誰に襲い掛かるかわからん。それは今日登校する最中かもしれんし、お前ではなく、妹君かもしれんし、天空寺かもしれん。もしそうなったとき……お前はどうする。助けを呼びに行くか? それもいいだろう。だが、助けが来なかったら? そのときは、お前が助けてやらねばならんぞ。あの日、私と初めて出会った朝のように、いつでも私が助けてやれるとも限らんのだ」


「それは……そうだけど」


「それにな、日比谷。これは暴力ではない。守るための力だ。力は使うもの次第で善にも悪にもなるだろう」


「確かに……そうだね、うん。わかった、やってみる」


「よし、その意気だ。こい、日比谷!」


 明日香は呼吸を整えると、腰を落とし、右の拳を思い切り放った。


「やあ!」


 ぽむ。


「えい!」


 ぽむ。ぽむ。


 明日香の放った拳が風を切り裂き、愛歌のエアバッグみたいな胸にふんわり直撃する。


 まるで、グーでタッチしているようなパンチだった。


「……日比谷」


「はい?」


「何だその拳は! 演歌よりもひどいぞ!」


「え、演歌のときより……!?」


 明日香はかなり傷付いた。といっても、歌唱力は定評のある明日香だったが、こと運動となるとあまり自慢できない。


 バレーボールのクラス対抗戦でも、明日香に向って強烈なスパイクが放たれる事はなく、ひょろ球が飛んでくる。


 サッカーにしても、明日香の顔にボールをぶつけかけた男子が、その日放課後屋上で、数人の女子にシメられたりと、明日香は『守ってあげなくちゃいけない子』だった。


 そのようなこともあって、基本的に誰もが運動時の明日香に対して、優しく接するあまり、激しい運動をしたことがない。


「ぼく、あんまり力がないから……」


「日比谷よ。よいか、力の強弱は重要ではない。いざ戦いとなったときの心構えが重要なのだ。どんなに力が強かろうとも、相手を攻撃するという確かな意思がなければ、拳を迷わせてしまう。我が来ヶ崎流は実戦を想定しているのだ。試合などのスポーツ感覚ではない。相手の戦闘力を迅速に奪い、命を絶つ!」


「わ!」


 愛歌は明日香の顔に向って拳を繰り出した。


 直撃する寸前でそれは止まり、明日香はほっと息を吐く。


「いいか、日比谷。お前が相手に対して怒りを感じたのは、どんなときだ? 今回は、そのときを思い出して、拳を放ってみよ」


「ぼくが、怒ったとき……」


 明日香は瞳を閉じ、最近起こった出来事を回想してみた。


「うむ」


「来ヶ崎さんが、ぼくが食べようと思っていたドラ焼きを食べちゃったとき」


「あれは……事故だ。あんなうまそうな物が存在していては、日比谷家に争いが起こる。私はそれを案じ、始末しただけのこと」


「来ヶ崎さんが、テレビでやってた時代劇の最中に、本物の刀を取り出してテレビに斬りかかったとき」


「あれは……殺気を感じたのだ。まこと奇怪な物よ、てれびじょんとは。えれきで動くからくりには、驚かされてばかりだ」


「来ヶ崎さんが、ぼくのゲーム機のコントローラーで、鎖鎌の練習をしていたとき」


「あれは……ちょうどいい感じの得物がみつからなかったのだ。しかし、新しい発見をしたぞ。あれは武器としても使える、うむ。こんとろーらーとやらを使った奥義を編み出してみるのも、また一興」


「来ヶ崎さんが――」


「ちょっと待て日比谷」


 愛歌に中断され、明日香は目を開けた。


「え?」


「さっきから私の事ばかりではないか。私のことを想ってくれるのはありがたいが、なぜ怒りまで感じている?」


「だって、あのドラ焼き、一個300円するんだよ! ぼくの好物なのに……ひどいよ。テレビだって、まだ修理中で帰ってきてないんだよ? 観たいドラマがあったのに……ひどいよ。あのゲーム機だって、麗夢ちゃんと一緒にお金出して買ったのに……来ヶ崎さんと楽しめるソフト買ったからやろうと思ってたのに……ひどいよ」


「む、むむ……。そうだ。この前妹君がお前の兵糧……ケーキを奪っただろう? あの時の悔しさを思い出すのだ!」


「そう、だ。麗夢ちゃん……ぼくの分のケーキ……麗夢ちゃんのバカー!」


 明日香の拳が空を切り、愛歌の胸に迫る。


 怒りによって明日香の中の何かがはじけたのか、その威力は先ほどの比ではなく、愛歌のガードさえも弾き、後退させた。


「これは……」


「あ、ああ!? ごめん、来ヶ崎さん! ねえ、ケガはない? 大丈夫!? ごめんね」


 明日香はすぐに愛歌に駆け寄り、優しく手を差し伸べ、無事を確認する。


「いや、気にするな日比谷。むしろ私は嬉しい。やはり、お前には来ヶ崎流古武術を極める才がある。その才能、眠らせておくには惜しい。よし、これからは毎日私と鍛錬だ」


「ええ!? だめだよ、ごはんの用意もあるんだから……。そうだ! 早くお弁当の準備しなくちゃ! じゃあね、来ヶ崎さん!」


 明日香は俊敏な動作で玄関に逃げ込んだ。

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