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来ヶ崎愛歌は日本女児である。  作者: 岡村 としあき
破:衝撃! 来ヶ崎流古武術第十八代継承者、ここに在り!
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明日香の裁き

『ただいま帰ったぞー。明日香ーどこだー。お前の大好きなケーキ、お土産に買ってきたから、父さんと一緒に食べよう』


「あ、お父さん帰ってきたみたい」


 父の帰宅を知ると、明日香は風呂場を出ようとした。


「日比谷。まだ背中を流し終わっていないぞ」


「え、でも……」


 しかし、腰を上げようとしたら、愛歌に無理着席させられ、ゴシゴシとゆっくり背中をこすられる。


『おにーちゃん。ドラマ始まっちゃうよー。麗夢と一緒に観ようよー』


「麗夢ちゃんも呼んでる……」


「まだ終わっておらん。動くな、日比谷」


『あ! わかった! おにーちゃん、お風呂だ!』


『そうか! 明日香はお風呂か!』


 父と妹が脱衣所でなにやらごそごそ動いていた。


『ちょっと、おとーさん。何脱いでるの? 中年のストリップとか、誰得?』


『麗夢。お前こそ何下着姿になっているんだ。いい年をした娘がはしたない……』


「わ! ダメだよ! 今、入ってこないで! お願い!」


「むう。父上様と妹君に我らの邪魔をされては困るな。待っていろ、日比谷。黙らせてくる」


 明日香が止める間もなく、愛歌は風呂場の扉を開けた。


「あ、明日香!? な、なぜクラスメイトのお嬢さんと……!?」


「おにーちゃん!? その女に襲われたの!? おにーちゃんが、汚された……かわいそーなおにーちゃん……キレイなおにーちゃんを返してよ!」


 扉の向こうから、下着姿の父と妹が興奮気味にまくしててきた。


「お二方に大事な話がございます。どうか、リビングにてお待ちいただきたい」


 愛歌はタオル姿のまま、脱衣所で土下座をした。


「い、いや。これは……一体どういうことかな? 愛歌ちゃん」


「この来ヶ崎愛歌。誓って無粋な真似はいたしておりません。ただご子息の背中を流させて頂いただけ。この言葉裏切るようなことがあれば、どうぞこれで私を一思いにお切りください」


 愛歌はタオルの隙間から短刀を取り出し、刃を引き抜くと、父の前に差し出した。


 その圧倒的なまでの落ち着きぶりに、父は言葉を失い、こくこくと首だけを動かし、妹は怒りのあまり言葉がでてこなかった。


「あの。来ヶ崎さんの言うとおりだから……そういうヘンなことはしてない、と思う。たぶん」


「おにーちゃんがそーいうなら……」


「とにかく二人とも、リビングに戻って。ぼくからも大事なお話、あるから」


 それから明日香たちは風呂を出て、服を着るとリビングに集まり、家族会議が始まった。


「えー!? この女を家で飼うの!?」


 まず素っ頓狂な声を上げたのは麗夢だった。


「ちょっと、麗夢ちゃん! 来ヶ崎さんは犬や猫じゃないんだから……一緒に暮らすの」


「いや、待て! 愛歌ちゃんの親御さんは、どうなんだ?」


 疑問を口にしたのは、父だ。


「それが……来ヶ崎さん、お家を追い出されちゃったんだって」


「そうか……愛歌ちゃんは、どこにも行くアテがないんだね?」


「うん。可哀想だから、しばらくお家においてあげたいと思って……いいよね?」


「いや……さすがになあ。同年代の異性を一つ屋根の下に――」


 父は難色を言葉と顔で示した。


「お願い、お父さん。ぼく、いい子にするから」


「う」


 明日香が捨てられそうな子犬の眼差しを父に向けた。


 それだけで父はコロリだった。


「どこにも行くアテがないなら、仕方がない。当分はここで今後のことを考えなさい、ただし、ちゃんと親御さんと仲直りして、いつか家に戻るんだよ、いいね。愛歌ちゃん?」


「は。ありがたき幸せ」


 愛歌はイスに着席したまま、深く頭を下げた。


「麗夢ははんたーい! 夜中にムラムラきて、おにーちゃんが襲われたらどうするの!? 絶対こいつ、やるよ!」


「ならば妹君。あなたの部屋で寝泊りさせて頂いても私は構わない。気の済むまで監視するがよかろう」


「え~。一緒なんてやだ! そうだ。物置にテントがあったよね。あんた、それで庭に住みなさいよ。うん、それなら麗夢も許してあげる」


「ちょっと、麗夢ちゃん!」


「だって……おにーちゃんをお家で独り占めできるのは、妹の特権なんだもん……やだよ。おにーちゃんは、麗夢だけのおにーちゃんなんだから! 将来おにーちゃんは、麗夢のお嫁さんにするんだから!」


「麗夢ちゃん……せめてそこは、お兄ちゃんのお嫁さんになるって言って欲しかったよ……ぼく、男の子なのに……うう」


「とにかく! あんたは外!」


 麗夢は愛歌に敵意剥き出しの顔を向けると、庭を指差した。


「麗夢ちゃん、ダダをこねないの」


「いや、わかった。それでいい。私は外で寝よう」


「え、いいの? 来ヶ崎さん」


「ああ。日比谷の近くで同じ空気を吸えるならば、それでもよい。私達の距離は、物理的な問題ではないだろう? 心の距離さえ縮めれば、よいだけのこと。それに――」


「それに?」


 愛歌は自嘲気味に笑った。


「私も兄を持つ妹として、妹君の言い分も理解できるからな。そうだな。兄を独り占めできるのは、妹の特権か……相違ない」


「へえ、来ヶ崎さん、お兄さんがいたんだね。どんな人なの?」


「いや……今は忘れてくれ。時が来れば、お前に話そう。……あまり気は進まんがな。とにかく、私が庭で寝泊りすれば、文句はないのだな?」


「麗夢も女だもん。一度ゲロった言葉は曲げないもん! ようこそ日比谷家へ! これから仲良くイジメてやるわ、覚えてなさい!」


「こら、麗夢ちゃん!」


 麗夢は猛スピードでリビングを出て行った。


「んもう……ごめんね」


「まあまあ、新しい家族ができたお祝いだ。お土産のケーキでもみんなで――あれ? どこいった」


 父がテーブルの上をきょろきょろと探すが、それらしい物は見当たらない。


「父上様。もしや、山吹色の四角い箱では?」


「ああ、そうそう。あれ、どこいったかな?」


「それならば、先ほど妹君が持っていきましたが……」


「ええ!?」


 泣きそうな声を出したのは、明日香だった。


「ぼく、あのお店のケーキ大好きなのに……もう、麗夢ちゃん! 降りてきなさい!」


 明日香は二階に続く階段の下で、ぷんすか怒った。


『やだー。これ全部麗夢のだもーん。迷惑料として全部もらっちゃうもんねー! へへ!』


「うー。ひどいよぉ……楽しみにしてたのに……」


「任せろ、日比谷」


「え?」


 階段を涙目で見つめていた明日香の肩をたたいのは、愛歌だった。


「兵糧は私が取り戻してくる。日比谷を悲しませる者は、例え血を分けた妹君とはいえ、許せん」


「あ、来ヶ崎さん!?」


 愛歌は、階段を四段飛ばしで駆け上がって行った。


 明日香も心配になって、階段を一生懸命駆け上った。


「むう。カギがかかっている……篭城戦(ろうじょうせん)とは、こしゃくな。妹君! 武士ならば、正々堂々勝負いたせ!」


『麗夢は武士じゃないもーん。JCだもーん。開けるもんかーざまーみろ!』


 愛歌はドアノブを見つめたまま、フ。と笑った。


「く、来ヶ崎さん?」


「来ヶ崎流古武術奥義の四」


 愛歌は、瞳を閉じ一歩下がると、両手を引いた。そして、両手を静かに、力強く押し出した。


五星砲(ごせいほう)


 一瞬でドアが吹き飛び、麗夢の部屋の窓を突きぬけ、室内は一気に風通しがよくなった。


「戦国時代、ご先祖様はこの技で、敵城の堅固な扉をいとも簡単に破壊したという。見よ、日比谷。その威力は平成の世においても色あせておらん。フ」


「れ、麗夢のお部屋が……! うう~なんてことすんのよ! このスーパー原始人!」


「フ。日比谷の大事な兵糧を奪うからだ、妹君よ。日比谷の裁きをその身に受けるがいい」


 愛歌は麗夢の部屋の中に踏み込んで、大きく胸を張った。


「あ、ああ。麗夢ちゃんのお部屋が……ぼ、ぼくの分のケーキが、ぐちゃぐちゃ……んもう! 誰が掃除するの!? 来ヶ崎さん、ぼく、もう怒ったからね!?」


「なぜだ。なぜ日比谷は怒っているのだ?」


「来ヶ崎さん、そこに正座しなさい!」


 その日、日比谷家は夜遅くまで掃除が続いた。

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