明日香のマンガ
「日比谷は黙っていろ。これは女の戦いなのだ。女には戦わねばならんときがある。今こそ我が人生において、最大の試練」
「明日香様をたぶらかした罪、重いですわよ。お前の自宅を突き止めて、九条院家使用人総勢ピンポンダッシュ作戦を敢行し、精神的に追い込んでやりますわ! もしくは、お前のおやつを毎日盗んで、優雅な三時のティータイムを妨害してやるのも一興……ああ、考えただけで鳥肌が立ってきましたわ……何という恐怖! 何という理不尽! 何という頭脳戦! わたくし、恐ろしい子!」
「むう。確かに想像をしただけで恐怖がこみ上げてくる……三時のおやつを盗まれては、もはやぐうの音も出ん。……敵ながら天晴れだ。九条院……」
愛歌は驚愕の表情で、地面に膝を付いた。そして、盛大にお腹からぐう~と音を出してしまい、頬を赤らめる。
「くう。腹が減ればぐうとも鳴るか……日比谷。ここは戦略的撤退をするぞ。腹が減っては戦が出来ん。来ヶ崎家の女児に、敗走は許されん。だが、これは、緊急事態、だ」
「逃がすものですか!」
瀕死の状態になった愛歌に、命が襲い掛かろうとした。
だが、そこを明日香が出てきて遮る。
「待って九条院さん。あ、そうだ。もしよかったら、ぼくの家で一緒にごはんでも、どう? これからカレー作るからみんなで食べよう? ごはんは、大勢の人と仲良く食べるのが一番だし、ね?」
「こ、これは……まさか、明日香さまからデートのお誘い!? わたくし、ひゃっほう!」
「デートじゃないんだけど……とにかく、仲良くしてね。平和が一番だよ」
そんなこんなで、命とケルベロス三人も付いてきて、日比谷家で明日香の手料理が振舞われることになった。
「これから作るから、二人とも、大人しくしててね。そうだ。マンガでも読んで待っててよ」
明日香は愛歌と命をリビングに通すと、自分の部屋に戻りマンガの単行本を何冊か持ってきた。
「ほう? マンガか。うむ。私もマンガは好きだぞ。では厚意に甘えるとしよう」
「わたくしも、マンガが大好きですわよ! 明日香さまの読んだマンガ……ああ、表紙から明日香さまのかほりが……」
愛歌はソファの上にあぐらをかいて座ると、適当に一冊とってパラパラとめくった。
「日比谷よ。このマンガ……えらく展開が遅いな。いったいいつになったら、この男は異能の力に目覚めるのだ? この女も目が異様にキラキラしているが、目玉にレンズでも埋め込んでいるのか? まこと奇怪な奴らだ」
「いや、それ少女マンガの恋愛モノだから……」
「何? ではこれから異能の力に目覚めることは? 化け物が異世界から侵略したりは? 男同士の熱い友情は?」
「ううん。女の子が片思いをしてね。紆余曲折を経て、男の子と恋人同士になる、青春物語なんだよ。ぼく、このマンガ、大好きなの。憧れちゃうよね、ぼくもこんな恋愛してみたいな」
明日香は少女マンガを手に取ると、恋に恋する乙女のように、天井を見上げた。
「……むう。私の趣味には……合わんな……」
愛歌は大きく息を吐くと、マンガを元の場所に戻し、腕を組む。
「日比谷よ。もっとこう……暴力が支配する世界で、己の拳のみを頼りに一人生き抜いていく男の話はないのか? 世紀末救世主伝説的な」
「えっと……ぼく、少女マンガしか読まないから……痛いの嫌だし。人が傷付くのも、傷付けられるのも見たくないんだ。そうだ。じゃあ、テレビでも見て待ってて」
明日香はテレビのリモコンを手に取ると、電源を付けた。
ちょうど動物の特集番組が放送されていて、画面の向こうには可愛らしいクマの赤ちゃんと母親が映し出されていた。
「あは。ちっちゃくて可愛いね。いいなあ、ぼく、クマさん大好きなんだ。子供の頃、ぷーきちっていうぬいぐるみと、いつも一緒に寝てたんだ」
明日香はクマの親子に心を癒された。
「うむ。私も好きだぞ。焼いて食べるとうまいからな」
愛歌はクマの親子に舌なめずりをした。
「クマの足裏は高級食材だ。それに、胆嚢は漢方薬として非常に重宝されている。懐かしいものよ。幼い頃、よく山にこもってクマを狩ったものだ。おっと……いかん。思い出したらまた腹が減ってきた」
「く、来ヶ崎さん……クマさんは……食べちゃダメだよ……」
「明日香さま、明日香さま」
「ん、何? 九条院さん」
今度は命に袖を引っ張られ明日香は振り返った。
「このマンガ、えらく展開が遅いですわね。一体いつになったらホテルに行くんですの? エッチシーンがどこにも見当たらないのですが。これなんてエロ本ですの?」
「エロくないよ! これ、純愛もの! もう、二人とも、知らない!」
明日香はぷんすか怒ってリビングを出て行った。




