明日香の命
「しっかしヒドい目に遭ったなあ、幼馴染よ」
「ナイトくんがまいた種でしょ。本当にもう……」
「しかし、あのロリ巨乳は何だったのだ?」
明日香とナイトは学校の昇降口で立ち止まると、靴箱の前に立った。
「あ……」
そして明日香は靴箱の中身を見て、やれやれまたか。と、うんざりする。
「どうした、幼馴染よ?」
ナイトの疑問の声と同時に、地面に大量の手紙が雪崩の如く降り注いだ。封筒には、どれも可愛らしい字で『九条院命』と名前が書かれている。
「九条院さん、またか……」
「畜生! 幼馴染よ。お前が羨ましいが、まったくぜんぜん羨ましくないと、ここは言っておくぞ!」
いわゆるラブレターを一人の少女から大量にもらった明日香は、溜め息を吐きつつもそれらをすべてカバンに仕舞い込み、上履きに履き替えた。
「お? おおおおおおお!? おい見ろ幼馴染よ! 俺にも、この天空寺ナイトにも! ついに遅い春がやってきた! 我が世の春が来たー! グッバイDT!」
ナイトは興奮しながら明日香にピンク色の封筒をみせびらかした。そこにも可愛らしい字で『九条院命』と名前が書かれている。
「へ。悪いな、幼馴染よ。クラスで一番の美少女、九条院命が本当に惚れているのは、俺だったということさ」
「おめでとう、ナイトくん」
「おう! さーって、どんな愛の言葉が綴られているのかな、っと!」
ナイトは意気揚々と封筒を破り捨て、中の文章をまるで、レーザー光線を発射しそうな眼光で睨みつけた。しかし、そこに書かれていたのはたったの二文字。
「ナイトくん? 何が書いてあったの?」
「『死ね』って……書いてあった。うわーん!」
ナイトは涙を流しながら廊下を猛ダッシュしていった。
「あ、ナイトくん。待って!」
明日香もナイトを追って、急ぎ足で教室へ向う。
「おはよう……あれ?」
明日香が教室の扉を開けてみると、生徒ががやがやと騒いでおり、担任の姿はどこにもなかった。どうやら、奇跡的に間に合ったらしい。
「おっはよー、明日香ちゃん!」
「明日香ちゃん、おはよう!」
「きゃー! こっち向いてー明日香ちゃーん!」
明日香が教室の扉を開けてすぐ、女の子達の黄色い声が教室中から沸きあがる。
「おはよう、みんな」
爽やかな笑顔を浮べ、クラスメイト達に手を振る明日香。
「ちょ! やば! 明日香ちゃんに手、振られちゃったよ~。私、もう死んでもいい!」
「私、目が合った。やばい、やばいよ~。神様ありがとう!」
「あ、あははは」
明日香は苦笑いしながら自分の席に着くと、カバンから教科書を出し、授業の用意を始める。
「ごきげんよう、明日香様」
すると、目の前に長い金髪をなびかせて、一人の女子生徒がやってきた。胸元は少し自己主張に欠けるものの、優雅な立ち居振る舞いと、校則違反スレスレの超ミニスカートは、周辺の野郎の視線を独り占めしている。
「あ……九条院さん。おはよう」
「明日香様、ああ。わたくしの明日香様……。そ、そんな風に見つめられると、わたくし……自分を、お、お、抑える自信がありません……ハアハア」
「えっと……今日も元気だね、九条院さんは」
「はい。すぐにでも明日香様と愛を育む準備はできてございます。なんなら今すぐ保健室でわたくしが、マジもんのリアル保健体育を教授してさしあげてもOKですわよ、ぐふふ」
「えっと……その……」
「俺の幼馴染に手を出すな!」
明日香と命の間に、ナイトが颯爽と割って入ってきた。
ナイトの登場に命は舌打ちすると、眉間にしわをよせ、殺人的な目付きになる。
「ちい! 天空寺ナイト! 目障りな男! お前さえいなければ、明日香様と一緒に、あんなことやこんなことも放送禁止用語連発の十八禁的な行為に及べると言うのに!」
「は。悪いが幼馴染は誰にもわたさねえ……なんてったって……俺、幼馴染以外に友達いないからな!」
「哀れな男ね、天空寺ナイト! わたくしなんて、一万円札を全学年の生徒にバラまいてちょっとSPを連れて歩いたら、みんな大人しくわたくしの友達となったわ! けれど、未だに遊びのお誘いをいただけないのは何故かしら? きっと皆さん照れてらっしゃるのね。やはり、愚民共はわたくしのオーラの前では成す術もない、ということか。わたくし、恐ろしい子!」
「なんだと、九条院……俺は一万円もらってねーぞ!」
「誰があなたみたいなのと、友達になりたいと言うのよ」
「あ、それもそーか。って、バカにするんじゃねー!」
「えっと……二人とも、もうちょっと静かにしようね?」
明日香の一言で、命とナイトは、スピーカーの電源ケーブルを引っこ抜いたように静かになった。そして、二人同時に涙を浮かべ、明日香の体にしがみつく。
「ご、ごめんよ、幼馴染よ~!」
「あ、あああ明日香様~そ、そんな殺生な! わたくし、悲しみのあまり涙の海で背泳しながらカキ氷食べて、おなか壊してゲリピー命ちゃんにクラスチェンジしてしまいますわ!」
「あ、先生来た。ほらほら二人とも、席に戻って戻って」
明日香が二人を自席に戻すと、朝のホームルームが始まる。クラスの担任が出席を数え、もろもろの連絡事項を伝えると、扉の向こうへ手をやった。
「今日から皆さんと一緒に勉強する、新しいクラスメイトを紹介します」
「失礼する」
教室の扉が開いた瞬間、誰もが息を飲んだ。その瞬間、少女は教室の視線を支配したのだ。異性のみならず、同性すらも。
ゆっくりと、まるでそよ風のように教壇の前までやってくると、黒板に滑らかに来ヶ崎愛歌、と書いて振り向く。
「来ヶ崎愛歌だ。以後、よろしく頼む」