明日香の昼休み
愛歌はスカートを翻し、クールに笑った。迷いのない瞳が明日香を見つめる。
「あの……何がなんだかわからないんだけど……古武術って、何? 空手の、こと?」
「日本古来における武術のことだ。剣術や弓術、槍術、柔術、手裏剣術に砲術など……主に明治維新以前に作られた武術が古武術と呼ばれている。最近では、健康法や、球技にも取り入れられているらしいがな。我が来ヶ崎家は代々来ヶ崎流を用い、女体の持つしなやかな動きを取り入れ、女であることを活かし、女中に扮し主君を影からお守りしてきた由緒ある武家だった」
「そ、そうなんだ」
「日比谷。お前のその、男でありながら女性的な体付きは、まさに来ヶ崎の遺伝子に必要なモノ。お願いだ! 私にお前の子を孕ませてくれ。お前と私の娘なら、当代最強の来ヶ崎流の使い手になれるだろう!」
愛歌は真剣な顔つきになると、裏庭の地面に膝を付いた。そして、そのまま額を土に付け、悲痛な声を上げる。
「頼む! お前とお前の子種を、私にくれ!」
「こ、子種? そ、それって――」
「む!? 何奴!」
愛歌は土下座していた頭を上げると、スカートのポケットから手裏剣を取り出して、校舎の影に向けて放った。
しかし手裏剣は、影の前で弾かれて地面に叩き落されてしまう。
「ええ!? 本当に手裏剣持ってるの!?」
明日香が心底驚いたのをよそに、甲高い男の声が響いた。
「ほほほほ。見てしまいましたよ。わたしは見てしまいましたよ! ケルベロスが一人、元家政婦の御手洗清掃が、見てしまいましたよお!」
校舎の影から出てきたのは、先ほど愛歌を取り囲んだ黒服の男達の一人。黒い長髪と、陰険そうな顔付きの男だった。
「ケルベロス……先ほど私にナイフを投げてきた男だな?」
「左様でゴザイマス。命お嬢様のご命令でしてねえ。御首をお嬢様の眼前に差し出せ、と言われてしまいまして。まあ、そういうわけなので、『コードネーム・トイレ』があなたをお掃除いたします」
「御手洗とやら、寝言は寝て言うものだ。覚えておくがいい」
始まった。愛歌の投げた手裏剣が、御手洗の体に深く突き刺さろうと、高速で飛んでいく。
「シャア!」
御手洗もまた、黒いスーツからナイフを投げて、手裏剣を空中で叩き落した。こすれ合う鉄と鉄。金属音が昼休みの学校に一際大きく鳴り響いた。
「ほう? 先ほどよりもキレがいいな。なかなかどうして……これほど心躍る相手と死合えるのは、いつ以来のことか。感謝するぞ、御手洗とやら。お前の主君の命令に」
「ほほほほ。わたしも、これほど切り刻みがいのある食材はまこと、久しぶりでございますよお」
御手洗が動く。校舎の壁を蹴り、さらにナイフを構えて愛歌を強襲する。
「太陽を背に仕掛けるか。合格点だ、御手洗とやら」
愛歌はまっすぐ御手洗に向って飛び、拳を腹へとめり込ませた。
「シャアアアアアアア!!」
空中で交差する愛歌と御手洗。そして、二人は裏庭の地面に膝を付き着地する。
「だが、この来ヶ崎愛歌の前では児戯にも等しい。再戦を楽しみにしているぞ」
「く。フフフ! まさかこれほど、とはね。しかし、覚えておきなさい! ケルベロスでもわたしは三番手。元ニートの『コードネーム・ポテチ』は、わたし以上に、強い、わよ」
御手洗はがっくりと、かなりオーバーリアクション気味に倒れた。
「フ。いかなる敵が現れようとも、ただ打ち倒すのみ。この来ヶ崎愛歌に……不可能はない」
愛歌はクールに笑うと、腕組みをして大きな胸を張った。当然、揺れた。愛歌の自信を表すように盛大に揺れた。
「あ、あはは。何なの、これ」
明日香は目の前で起こった戦闘を、ただ呆然と眺めているだけだった。




