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来ヶ崎愛歌は日本女児である。  作者: 岡村 としあき
序:疾風! 来ヶ崎愛歌、参上!
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明日香の手料理

 明日香は今日何度目になるのかわからないくらい、顔を真っ赤にした。


 そして、聞こえてくる。少女の歌声が。高く、ハリがあって、キレイな声だ。


「来ヶ崎さん、歌ってるのか。楽しそう、あは」


 湯船に浸かりながら歌う……優雅なものだ。美しい少女が湯船でリラックスしながら歌を歌う。


『ああ~、千里越えてぇ~』


 ……それが演歌や浪曲でなければ。えらくこぶしがきいていて、ノリノリである。


『まだ旅の途中ぅ~』


「く、来ヶ崎さんって……中身……おじいちゃん? ……しかもこれ、あんまり……うまく、ない」


 明日香はショックを受けた。同い年の女の子が、風呂で演歌を歌う。それもかなり、音痴。


「ちょっと~おにーちゃん、何この下手くそな歌! 誰が歌ってるの!? 何が『まだ旅の途中~』よ! お前の旅は終わってんのよ! 麗夢が終わらせてやるわよ!」


「わー! 麗夢ちゃん! ストップストップ!」


 麗夢がどかどかと、階段を蹴り潰すように降りてきて、脱衣所の前で殺意をあらわにした。


「お、お兄ちゃんがね、ちょっと今年の忘年会のかくし芸の練習をしてたんだよ」


「な~んだ。おにーちゃんだったのかあ。もう、危うく釘バットで歌ってる奴を撲殺して、東京湾に沈めるとこだったよ~。麗夢、お部屋に戻るね」


 麗夢は殺意を陽気に変えると、羽のように軽やかに舞い、階段を駆け上がっていった。


『日比谷、先ほどよからぬ気配を感じたのだが……曲者か? よければ助太刀するぞ』


「ああ! なんでもない! なんでもないの!」


『そうか。ところで、今の歌は私が作詞した自作演歌なのだが……どうだろうか? 父上は感涙して、演歌歌手になるよう勧めてくれたのだが、他人の家で歌ったのは初めてなのだ』


「う、うん。えーと……個性的で、いいんじゃない、かな? えっと、ぼく。御飯の用意があるから、もう行くね! 来ヶ崎さんはゆっくりしていてね!」


 明日香は逃げるように脱衣所を後にして、キッチンに戻った。


 そして、一時間後。


「いただきま~す! うわ! ピーマン入ってるよ~こんなクソまずいのいらない~」


「こら、麗夢ちゃん。好き嫌いはいけません。ちゃんと食べなさい」


「ちぇ~、こういうとき、うるさいんだから~。おにーちゃんのクセに、生意気だあ~」


「明日香! また料理の腕を上げたな~! いや~いいお嫁さんになれるぞ、うん。おふくろの味そっくりだよ、このみそ汁」


 晩御飯の準備が整い、日比谷家は家族団らんの真っ最中だった。


 リビングのテーブルを囲うように明日香、麗夢、総一朗、そして愛歌が集まり箸を動かしている。


「さあ、来ヶ崎さんも食べて! 今日のおかずはね、みそ汁と、レバニラ炒めと、から揚げだよ!」


「ああ。……これは。うまいな」


 愛歌は恐る恐るレバーを口に入れると、素直に感心した。


「えへへ。でしょう?」


「正直な話、レバーと聞いて戸惑ったのだが、これはまったく臭みがない……」


「ちゃんと血抜きして臭みを消しているからね。玉ねぎのすりおろしや、牛乳を使う方法もあるけど、ぼくは、パイナップル缶のシロップで代用してるの」


 今度は鷄のから揚げを口に運ぶ愛歌。またしても、感心した。


「ほう……このから揚げも美味だな」


「それ、揚げてないんだ」


「揚げていないのに、から揚げとは……はて。面妖な……」


「レンジで調理したんだよ。カロリーカットにもなるからね」


「うむむ。日比谷、やはりお前は大したものだ……お代わりはないのか?」


 愛歌は感心すると、あっという間に自分の分を平らげてご飯をかきこんだ。


「嬉しいな。そんな風に食べてくれると……じゃあ、ぼくの分あげる」


「ありがとう、日比谷」


 明日香は自分のおかずを差し出すと、美味しそうに食べる愛歌を見て、満足した。


 自分の作った料理を、おいしいと言って、笑顔で食べてくれる人がいる。それだけでお腹が、心がいっぱいになるのだ。


「そーいえばさー。おにーちゃん、あれからどこほっつき歩いてたの? 迷子になってたのは、だいたいけんとーが付くんだけど」


「え、ああ。デパートから飛び出たら、いつの間にか知らない場所に出ちゃって……そこを来ヶ崎さんに助けてもらったんだ」


 不良に襲われたことは、黙っていることにした。麗夢は、明日香のこととなると気が短くなり、『おにーちゃんを泣かした奴はぶっ殺す!』と言って包丁を持ち出したりする、兄に対して過保護な面がある。


「ふーん。……おにーちゃんを助けてくれて、ありがとね来ヶ崎さん」


 麗夢は、食事の手を止めて愛歌に頭を下げた。


「いや、礼を言われるほどのことでは――」


「でも、ちょーしに乗らないでよね。おにーちゃんに手ぇだしたら、ぶっ殺すから」


 だが頭を上げた麗夢の瞳は、獲物を前にした肉食獣のように血に飢えており、唇は牙を剥く寸前だった。


「フ。肝に銘じておこう」


 愛歌はそれに動じることなく、クールに笑うと腕を組んで瞳を閉じた。その姿はどこか大人びていて、余裕を感じさせる。


「うー。この女、マジクール! ちょっとムカつくかも……」


「ちょっと、麗夢ちゃん。お客様に向かってそんなこと言わないの!」


「へーい」


「返事はちゃんとする!」


「はーい」


「もう……あれ? 来ヶ崎さん。ほっぺたにごはんつぶ付いてるよ」


「何!? 不覚……!」


 だが、ほっぺたのごはんつぶにより、愛歌の余裕は一瞬で崩れ、クールはお茶目に早変わりした。


「あははは! 来ヶ崎さん、かわいーじゃん。麗夢、気に入ったよ! これからもおにーちゃんのこと、守ってあげてね。でも、手ぇ出したら、ぶっ殺すけど」


「麗夢ちゃん!」


「んーと、来ヶ崎さま、おかわいーですこと。これからもおにーちゃん様をお守りしやがれ、しかしながら、お手を出された場合は、おぶっ殺します候?」


「……なにやら奇怪なセリフだが、だいたいの意味は理解した。さて、日比谷。私はこれで失礼させてもらおう。これ以上長居すると、妹君の機嫌を損ねてしまうだろうからな」


 愛歌は静かに席を立つと、明日香を見た。


「あ、もう少しゆっくりしていけばいいのに。何ならぼく、そこまで送っていくよ?」


「いや、ここでいい。日比谷、うまいメシと、楽しい時間をありがとう。大勢で食卓を囲むことが、これほど楽しいと思ったのは実に久しぶりだ。ではまた明日、学校でな」


 明日香が止める間もなく、愛歌は去って行った。

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