明日香の気苦労
「さあ、どうぞ。ちょっと散らかってるけど、ごめんね」
「これが……『ちょっと』だと?」
明日香は愛歌を自宅のリビングに招き入れた。そして、室内の様子に愛歌は呆然とする。
埃一つない床。キレイに磨かれたテーブル。キッチンはしっかり整頓されていて、ピカピカと光輝いている。
窓辺には観葉植物が置かれており、緑が目を癒してくれる、さらに隣に置かれた可愛らしい人形が、心を癒してくれることだろう。
「日比谷。一体、どこが散らかっているのだ? どこからどう見ても完璧なのだが……」
「あ。まだ今日のお掃除終わってないの。それに、テーブルの真ん中にちょっと汚れが残ってて……」
明日香は恥ずかしそうにうつむいた。
「いや、これで十分だろう。私の家なら、こんな状態はまずありえんが……」
愛歌はフローリングの床を見て、そう言った。
「御飯ができるまでの間、来ヶ崎さんはそのへんでくつろいでいてよ」
「む。いや、何か手伝おう。私に出来ることは何かないか? 体を動かしたい気分なのだ。薪割りなら任せてくれ。斧の扱いならば、慣れている」
「え? あの、斧って……」
愛歌はどんと、大きくて柔らかそうな胸を叩いた。その拍子に、制服の上から胸がぷるんと波打ったのが明日香にもわかって、思わず顔を背けた。
「うち、オール電化なんだけど……」
「おーるでんか? 何だそれは? ……ああ、オール殿下か。どこぞの異国のお偉方がいらっしゃっているのだな。さすが日比谷の父上、ミシェル殿だ。上流階級の方とご縁があるとは、光の貴公子と呼ばれるだけのことはある」
「いや、そんな殿下はどこの国にもいないと思うけど……電気調理のことだよ。ガスは使ってないから……」
「電気……なるほど、えれきで動くのか。時代は進んでいるのだな。これが世に言う、あいてぃー革命というやつか」
「えれき!? いや、IT革命って……全然違うんだけど」
明日香の頭にクエスチョンマークが咲き乱れるが、愛歌はいつも通り、クールに微笑み納得していた。
「あ、そうだ。それなら、お風呂に入る? ぼく、朝と、夕方と、寝る前の一日三回お風呂に入るから、いつでもお風呂は沸かしてあるんだ」
「日比谷、お前は一日に三回も入浴するのか!? 信じられん。そんなに入ったら、ゆでダコになるぞ」
「あは、そんなことないよ。アロマバスを楽しんだり、入浴しながら読書したり、今日の献立考えたり……すっごく楽しいよ?」
「私は体を清めるだけなら、五分もあれば終わるのだが……これが都会っ子という奴なのか、ううむ」
「シャンプーもボディーソープも、コンディショナーも、全部使って構わないからね。ゆっくりしてきて。その間にぼく、御飯作っちゃうから」
「いや、私は石鹸で頭も体も洗うのだが……」
「え、うそ!?」
「言っただろう、日比谷。私はくだらんウソと、甘い物は嫌いだと。とにかく……そうだな。ここはお前の提案を受け入れて、お湯を借りるとしよう」
「うん。お風呂場は、ドアを開けてすぐそこだから。ゆっくりしてきてね」
明日香は愛歌がリビングを出て行ったのを確認すると、愛用のエプロンを身に付け、さっそく晩御飯の支度に取り掛かった。
「さあ。今日は来ヶ崎さんがいるんだ。腕によりをかけて、美味しい物を作らなくっちゃ」
明日香は冷蔵庫の扉を開けながら、愛歌が美味しそうに食べてくれる姿を想像した。何故だかそれだけで、パワーが出てきた。
「来ヶ崎さんは、けっこうたくさん食べそうだな……朝ごはん、六杯もおかわりするって言ってたし……作りがいがありそう。……あ! 忘れてた」
明日香は洗面所にバスタオルが一枚もないことを思い出して、慌てて飛び出した。
新しいバスタオルを持って、脱衣所の前で軽くノックをする。
「来ヶ崎さん、開けても大丈夫?」
『日比谷か。ああ、問題ないぞ』
「失礼します」
『問題ない』、その言葉を受けて明日香は安心して脱衣所の戸を引いた。
「あ、あの……ごめん、なさい!!」
「む? どうした。何をそんなに驚いている?」
問題あり。すぐさま明日香は視線を下に落とし、何も見ないように、今の光景を記憶から消し去ろうと思った。
「く、来ヶ崎さん! 何か着てよ!」
「ん?」
明日香の目の前には、制服を脱ぎ、今まさに下着を脱ごうとしている愛歌の姿があったのだ。
キレイ。それが明日香の第一印象だった。第二印象は柔らかそう。第三印象はいい匂い。
「ああ。そういえば、日比谷は男だったな。済まん、忘れていた。許せ」
そして、下着姿のまま明日香の目の前にやってきて、頭をなでる。
「は、早くお風呂に入ってよね! そんな格好のままうろついちゃ、ダメだからね! 来ヶ崎さんは女の子なんだから!」
「フ。裸の一つや二つ、見られたぐらい、減るものではない。私はそこまで器の小さい女ではないぞ?」
「減るの! 減るんだから! 早くお風呂に入るの! 入りなさい!」
明日香は強引に愛歌を脱衣所に押し込むと、扉を閉めた。
「もう、何考えてるんだよ、来ヶ崎さんは~」




