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来ヶ崎愛歌は日本女児である。  作者: 岡村 としあき
序:疾風! 来ヶ崎愛歌、参上!
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明日香の家族

「来ヶ崎さん……ぼく、ぼくは……」


 明日香と愛歌の唇が触れ合うくらいの距離。


 愛歌の迷いない澄んだ瞳が、明日香の真っ赤に染まった顔を映し出した。


「フ。こんなどさくさに紛れて言うセリフではなかったな。返事は明日もらうと決めていたのに」


「ううん、ぼくは……」


「嫌いなのだ。一度自分の口から吐き出した言葉を、約束を(たが)えるのは。済まん、許せ。それよりも怖かっただろう? 私が家まで送ってやる。もうすでに辺は黒一色だしな」


「え!? あ、あの――わあ!?」


 明日香は突然足の力が抜けて、そのまま座り込んでしまった。忘れていた恐怖が安心した途端、今になって思い出されてきたのだ。


「仕方のない奴だ。家までおぶってやろう。さあ、背中につかまれ」


「ええ!? こんなの……普通、逆だよ……ぼく、男の子なのに……女の子に抱っこされるなんて……それに、恥ずかしいよ、うう」


「気にすることはない。困っている者を見捨てられんタチでな」


 明日香は強引におぶられると、ますます顔を真っ赤にして、黙りこくった。


「道を案内してくれないか? ここら辺はまだまだ不慣れでな」


「恥ずかしい話なんだけど……ぼく、方向オンチなんだ。迷子になっちゃって……ここがどこかまったくわからないんだ……ごめんね」


「なに、そうなのか。案ずるな。学校までの道のりならばわかる。そこからなら、お前も大丈夫だろう?」


「ん、うん……ごめんね」


「気にするな。このくらいお安い御用だ」


 愛歌は明日香をおぶったまま歩き出した。ゆさゆさゆさ、と。歩くたびに愛歌の髪が頬に当たり、明日香はどきどきした。


「しかし……日比谷は軽いな。ちゃんとメシを食べているのか?」


「ぼく、少食だから……朝は、食パンを半分食べればお腹いっぱいになるの。今朝は、フレンチトーストを一枚がんばって食べたよ。甘いもの、大好きだから」


「食費がかからん奴だな……日比谷は。私は朝起きたら、稽古をして、その後ごはんを六杯はおかわりするぞ」


「来ヶ崎さん、それは食べすぎだよ……」


 明日香は愛歌の体を改めて見た。細い。背の高さも、自分とそう変わらない。一体、それだけの栄養はどこへ……? と、考えていたら、愛歌の胸元がぷるんと震えた。


「あ。ご、ごめんなさい」


「何だ?」


「う、ううん。何でもないよ! 来ヶ崎さんって、スタイルいいんだなーって思って……」


 偶然とはいえ、見てしまったことに明日香は罪悪感を抱いた。


「ん? そうか。日比谷に言われると、悪い気はせんな。ガラにもなく、照れてしまうぞ。もっとも、天空寺に同じことを言われたら嫌悪感がするが」


「ナイトくんだって、本当は優しくて、いい人なんだよ? 普段ははちょっと……あれだけど」


「フ。わかっているさ。これでも人を見る目はある。あのクラスに悪い奴はいない。たった一日だが……そんな気がするよ。よし、着いたぞ。学校だ。ここから先は案内を頼む」


「うん。任せて!」


 それから明日香は愛歌を背中からナビゲートして、無事自宅に帰ることができた。


「ここが日比谷の自宅か。立派なお住まいだな」


「ううん。ローンだって、まだ二十年は残ってるし、うちは中流家庭だから」


「とはいえ、一戸建てを持つというのは、一人前の男の証拠だ。日比谷のお父上様は、さぞや立派なお方に違いな――」


「明日香ぁぁぁぁ!」


 愛歌が玄関のドアの前で感想を述べていると、中からメガネをかけた男が急に飛び出して、明日香に抱きついてきた。


「お、お父さん? どうしたの、急に」


「ああ、生きてる! 足が付いてる! よかった、お父さん、お前が知らないおじさんについていったんじゃないかと、心配したんだぞー!」


「もう。お父さん、ぼくなら大丈夫だよ。小学生じゃないんだから、心配しないで」


「ちょっと、おとーさん邪魔ー! おにーちゃんに抱きつくのは麗夢なんだから、どいて!」


「うぐ、麗夢。やめなさい!」


 今度は麗夢も出てきて、明日香に抱きつき、日比谷家の玄関前はおしくらまんじゅう状態になった。


「えっと、来ヶ崎さん。こっちがぼくのお父さんで、こっちがぼくの妹。ごめんね、いきなり」


「いや。……日比谷、お前はご家族にたいそう愛されているのだな。少し……お前が羨ましい」


「え?」


「んん? 明日香、こちらの美しいお嬢さんは、どちら様だ? ま、まさか彼女か!?」


「おにーちゃんに彼女!? やだ、そんなのやだー!」


「お父さんもやだー! うわーん!」


 今度は父と妹が抱き合って、号泣した。日比谷家の玄関前は涙と嗚咽の大合唱で混沌としていた。


「お父さん、四十手前でうわーんとかやめて、恥ずかしいから。あと、来ヶ崎さんはクラスメイト……だから」


「何、それを早くいいなさい明日香。こんばんは、美しいお嬢さん。明日香の父、日比谷総一郎、永遠の十七歳です。中学時代は光の貴公子とも呼ばれておりました、ここは親しみやすく、ミシェルとお呼びください」


「む。日比谷、君の父上は異国の方だったのか。それも十七歳とは、非常にお若い……ミシェル殿、来ヶ崎愛歌と申します。以後、お見知りおきを」


 愛歌は総一朗に頭を下げると、綺麗に腰を四十五度曲げた。


「違うよ、来ヶ崎さん、お父さんはちょっとお茶目さんだから、気にしないで」


「じーっ」


 今度は、麗夢が愛歌の胸を凝視していた。


「うわあ、メロンみたいにおっきい……やっぱ、おにーちゃんも男の娘だけど、男の子なんだ~」


「こら、麗夢ちゃん。失礼なこと言わないの! 早くおうちに入って入って」


「は~い」


「お父さんも!」


「は~い」


 父と妹が家に入るのを確認すると、明日香は愛歌に振り返った。


「ごめんね、来ヶ崎さん」


「いや……優しそうで面白い父上だな。それに、妹君も可愛らしい。日比谷は、とてもいい家族に恵まれている」


「そう言われると、なんか照れちゃうな……えへへ。あ、そうだ。来ヶ崎さん、晩御飯ご一緒しない? 助けてもらったお礼もあるし、ぜひご馳走させてよ」


「いいのか? 無下に断るのも、失礼になるか。すまん、世話になる」


 愛歌は姿勢を正し、再び綺麗に腰を四十五度曲げた。

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