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序章


ぽたり


ぽたり


ぽたり



これは、雨の音?

それとも・・・・・・



雷が鳴る。

それは、私に何が起こったのかを教えてくれる。


光がクローゼットから除く隙間から見せるもの。



それは楽しい夢の終焉

それは悪夢の始まり・・・



赤い、赤い、海

動かない影

しんと静まり返った部屋から聞こえる嵐の音



ただ、この夢のような惨状を私は慄然と眺めるばかりだった。




あのナイフを持った人は、もうどこかへいったのだろうか?


ベルはそっとクローゼットの扉を開けた。


もしかしたらあの人が潜んでいるかもしれないという恐怖がふいに頭によぎったが、どうでもよくなった。



「ママ・・・?」


反応はない。

もうベルは知っていた。


だから敢えて近寄って起こすような真似をしようとも思わなかった。


ベルは赤い散乱した床の上を無意識に渡りながら、ゆっくりと扉を開ける。

この悪夢から逃れたかったから。


廊下はやはり静かだった。

嵐の音しか聞こえなかった。



これから私はどうすればいいのだろう。



酷く冷たい床に音をたてないように階段を下りた。



最初に移ったのは部屋と同じように人気のない暗闇。

雷光に照らされる赤い海と動かない影。


どうやら、もうあの人は去ってしまったらしい。

だけど悪夢は覚めぬままだった。



「パパ・・・」



何かを期待するわけでもない。

ただ動かぬ者によろめきながら近づこうとした刹那、扉が開く軋む音と身を切るような風が私の体に叩きつけた。




もしかしたら、あの人が戻ってきたのかもしれない。

だけど自分を無力だと知ってしまったベルに逃げる力はもう残されていなかった。




床の影がベルの前に映った。


「おまえ・・・」

「・・・?」


青年の声。

声からしてまだ若そうだった。

あの人はそんな声じゃない。


じゃあ、誰?



顔をあげると、黒い外套を被った長身の人が視界に映った。


その姿はまるで絵本で読んだ、

「しにがみ・・・さん?」


「死神?」

「あなたは死神さんじゃないの?」

「・・・何故、俺を死神と思う?」

「だって、そう見えるから」

「・・・」


青年は答えなかった。

かわりにゆっくりとベルに近づいていった。


「・・・これは、死神にやられたのか?」

顔は外套で隠れて分からないが隣の動かぬ者を見つめているように見えた。


「ううん、ちがうよ。これは人、知らないおじさんがやったの。」

「そうか」




青年はそっと雨に濡れた手をベルの頬に触れる。

いきなりの行動に思わず驚いたが、不快とは思わなかった。

それどころか彼の手はひどく冷たくて、それがとても心地よく思え、懐かしささえ覚えた。



ふいにベルの大きな目と外套から除く死神の目が合った。


雷光に照らされる赤い目。

吸い込まれるような、血の海よりも鮮明な赤。



青年の赤い目は、今まで見てきた目と並外れて美しかった。


「あなた・・・」

「おまえの言うとおり、私は死神なのだろう」

青年が口を開く。

その眼は真摯でまっすぐだった。

「・・・じゃあ、私の命を奪うの?」



恐怖はなかった。

親を目の前で失った時から覚悟していたことだった。


「それはお前の望みなのか?」

じっと感情のない目でベルを見つめる視線になんだか痛さを感じた。

居たたまらなくなって、ベルは目をそらしながら、


「分からないわ」

「・・・」

ベルの頭は麻痺してしまっていて、もう何がなんだか分からなくなってしまっていた。

だから、望みかと聞かれても答えられるわけがなかった。


「それが本当の望みなら俺は叶えよう。だが、まだ、おまえが生きたいという望みが残っているなら・・・」


ベルの頬をなでる。

除かせる赤い眼は何を語っているのだろうか。

ベルはきょとんと首をかしげた。


「何?」

「来るんだ」


死神を名乗る青年は不愛想に言った。

「まだ少しでも生きる意志があるなら、俺と共に来い」


死神についていく・・・

それは・・・


「それは、パパとママに会えるってこと?」

「いいや、会えない。けれど、少なくともお前はそこにいるお前の親と同じようになることはないだろう」

「・・・ついて行かなかったらパパとママみたいになるってこと?」

「そうだ」


ベルは逡巡する。

本当について行ってもいいのか

それに、両親の亡骸を置いて行っていいのか

目をつむり考える。



大人しく隠れていろとベルをクローゼットに隠しながら最期に言った母の言葉が頭によぎった。

それに・・・



「・・・分かった」

どうせ、もう行くあてもないのだ。

ここに残っても死神の言うとおり両親のようになるか飢え死にするかの道しか残っていないだろう。

だったら・・・


「私を連れて行って」

「ああ」


伸ばしたベルの手を死神はやさしく包んだ。






それは、ある嵐の夜の出来事だった。



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