4:序曲
学院祭三日目。
この日は研究者向けという意味合いが強く、学園祭と言うよりは発表会に近い。
そのうえ、昼はこの学園の食堂が解放されるので、出店なんかもほとんどでない。
学院生は、発表会に関わる者でなければ休みみたいなものだ。学園祭後の振り替え休日みたいなものだろう。
研究発表会に参加するのは、同じ研究者や高名な魔法使い、勉強熱心な見習い魔法使い。そのくらいだ。
となると、当然、アキラと同じように学校へ向かい、校門に吸い込まれていく人たちはあまり若くない者たちばかりになる。
ローブや杖を持っている魔法使いばかりに。
アキラはその中で、一人気楽な普段着。
明らかに浮いている。場違いである。
「リースたちは来ないって言うし……、なんだかなぁ」
じろじろと向けられる視線に辟易しながら、ため息をついた。
昨日で大体満足してしまったらしいリースとマナは、今日は不参加。
多少、生での実演を挟むとはいえ長ったらしい講釈が一日中続くのだ。
マナはもちろんのこと、リースまでパンフレットを眺めただけで興味を失くしてしまった。
パンフレット見る前までは「人間の研究とはどれほどなのか、見せてもらおうか」なんて言っていたのに。
前言撤回まで数秒も要さなかったぞ。
そう言って、アキラは昨日もらった文化祭のものとは別の、発表会の順番や内容が記されたパンフレットを眺める。
「しっかし、いろんな研究テーマがあるもんだ」
失われたとされる『時』属性の考察。
魔物の生態と地域性、個体差。
効率的な魔力運用を考えた、既存の魔法の改善点。
属性別に見た魔法の威力差、速度差を消費魔力別に調べ上げた実験結果。
詠唱別の変化と発動する魔法の変化の関連性。
エトセトラ、エトセトラ。
そして。
なにより気になるのが、この13番目の項目。
『召喚魔法からみる他世界の可能性』
なんてピンポイントな研究だ。
気になるのは、この他世界がいったいなにを指し示しているのか。
オレがいた世界のことを指しているのか。
それとも、まったく別の世界か。
単純に、存在するとされる精霊界や霊界、冥界なんてもののことかもしれない。
「聞いてみてのお楽しみ、か」
こんな薄いパンフレットじゃすべてを紹介しきれていない。
肝心な部分が書かれていない。
さてはて、いったいなにが飛び出すことやら。
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会場はものすごく広かった。
この日のために特設された、半円状の演劇舞台のような会場。
大きな舞台、背後に浮かぶ魔法でものを映し出すディスプレイ。
そこから放射状に広がるイスの数々。後方の人も見えるように段々に作られている。
土属性の魔法使いたちが作ったのだろう。
段差や舞台に痕跡が残っている。
なぜわざわざ舞台を作ったかと言うと、妥協からだ。
屋内で発表するとなると、実演ができない。
爆発して火事にでもなったら大騒ぎだ。
屋外で発表するとなると、講義に不便だ。
一日中、立ち見なんてやってられない。
そこで、折衷案。
舞台とイスは魔法を使い、急ピッチで作成。
風雨は半透明のシールドを張ることでなんとかする。
もちろん、いざ生で実験をするときは舞台とイスの間にも透明なシールドを展開するらしい。
舞台は別に壊れてもいい。
今日のためにパパッと作った仮のものなのだから。
とりあえず、空いている席――――最後尾の隅っこへ陣取った。
研究者たちはみな熱心で、オレのように消極的な者はほとんどいなかった。
その後、続々と現れる聴講者たちはみんな前から詰めるように座っていく。
どんどん前から埋まっていくのだが、全然こちらまで届く気配がない。イスを作りすぎたのか?
あらかた入り終わったのか、新たに現れる人はめったに来なくなり、そろそろ開催されるらしい。
結局、イスがまるまる三列ほど空いて、オレのところと言った具合だ。
「それでは、多々いまより第38回、研究発表会を開催したいと思います。
わたしは司会の――――」
開会のあいさつがしばらく続く。
なんでこういうあいさつは長ったらしいのだろうか。
だれも望んでないと思うんだ。
話している側は面倒で、聞かされる側は苦痛だろうに。
まれに、話すのが大好きなやつがいるから……。
話しを聞く気になれず、思考を明後日の方向へ飛ばしていく。
研究発表はピンきりだった。
アキラの興味があまりない部分もあるのだろうが、面白いと思うものとつまらないと思うものの差が激しい。
たとえば、失われた属性と言われる『時』。
この研究発表は昔の文献や資料をまとめたものがほとんどで、結局は推論どまりだった。
「失われた属性――――『時』を今ある属性で表すとするなら、風や土属性が近いと言えるでしょう。
風や土の魔法において、時を疑似的に進めたと言える結果を残すことができますので」
そう言って、彼は実演してみせる。
右に詠唱すると、右に置かれた岩がぼろりと崩れ落ち。
左に詠唱すると、左に置かれた食材が見る見るうちにぼろぼろに。
それはおそらく、日射や空気などによる「風化」や微生物による「分解」のことを指している。
その二つの現象を分類するならば、風と土の属性に当たるのだという。
「しかし、これは自然と起きる現象を、魔法の力を使って促進させているだけに過ぎない。
とてもではないが、時間を進めている、なんて言えません」
そして、この話はここで終わりだった。
手がかりではあるが、そこ止まり。
風と土や、上位派生である嵐と岩、そういった魔法を同時に使って相乗させれば――――。
そう言ってはいたものの、そんな魔法が使える者はそうそうおらず。
どうやらこの研究発表は予算や、興味を持ってくれる高ランクの魔法使いへの紹介の場でもあるらしかった。
最後に深々と頭を下げて、二つの属性を極めた魔法使いの協力をお借りしたい!と言っていたからな。
そして、昼休みをまたいで、長かった講釈はついに13番目。
『召喚魔法からみる他世界の可能性』
その若い研究者が考えている他世界とは、精霊界や冥界などのこと。
まったく別の文明が栄えており、魔法なんてものが存在しない科学全盛の文明など想像もしていないようだった。
(期待外れか……)
アキラがそう断じようと思った時。
発表が終盤にさしかかった時。
勇者召喚への言及がなされた。
「――――今は亡き、かの聖王国家ペルヴィアの勇者召喚魔法だけは既存の召喚魔法のくくりにとらわれていないと思われる。
常に術者――――王族が付いて魔力を供給し続けなくとも送還せず、なぜか召喚には必ず一定の周期が存在する。そのうえ、必要な桁違いの魔力量と血筋の関係性。王家に従うという契約の内容は明かされていない。不思議なことばかりだ」
契約、ねぇ……。
あんなだまし討ちが、契約か。
アキラは冷ややかに、その研究者の言葉に反論する。
「しかし、今となっては確かめるすべがない。
あの国に現存していたであろう資料がすべて消失してしまったのは、ひどく残念だ。
…………おっと、話が逸れてしまったか。
私が疑問を呈したいのは、彼ら――――『勇者』とはいったいどこから来ているのか、ということだ」
いけないいけない、と彼は頭をかく。
「彼らはわたし達の及びもつかず、思いもつかない魔法を行使してきた。
歴史において、一人で千も万も倒したと言われている。誇張が含まれているだろうが、そうなる原因はあったはずだ。
広範囲でありながら、対象を選別して攻撃する魔法。未知の金属や材料をつくり出す錬金。見たこともないような機械を作る魔法。どの属性にも分類しがたい謎の魔法。それらは枚挙にいとまがない。
……ああ、まーた、話があらぬ方向にそれてしまったか」
再び、頭をかいた。
「つまり、なにが言いたいかと言うとだ!
彼ら――――勇者はわたしたちとはまったく異なる種族なのではないか!?
束になっても敵わないほどの魔力を持ち、見たことのない魔法を思いつく!
この世界に生きるすべての生命と隔絶した生命!」
両手を大きく広げ、高らかに叫ぶ。
「そうだ!精霊界や冥界が存在するのならば!
彼ら勇者の存在する世界――――勇者界とでもいうべきものがあるのではないだろうか!!」
「その世界で彼らは生きている!
だから、勇者召喚は永続した魔力供給を必要としない!
送還されることなく、この世界で生を終えている!
なぜなら!
魔力によってこの世界に繋ぎとめる召喚ではなく!
勇者界からこの世界へと転移させただけなのだから!!」
「なにを、馬鹿馬鹿しい!」
「そんなもの、ありえるものか!」
「ありえぬ夢想を語るのならば別の場所へ行ってくれ!」
会場の全員が、そんなものは机上の空論。
おとぎ話だと鼻で笑い飛ばした。
だが。
ただ一人。
笑えなかった。
通常の召喚魔法は魔力を供給している間、その生物を現界させ続けるものだ。
だが、その中には召喚時には魔力を要するが、それ以降は与えなくてもいいものがある。
――――契約による召喚魔法。
召喚した相手と双方向の契約を成すことによって、現界する魔力を生物の側で補ってもらう方法だ。
契約によって相手にさし出す代価は魔力や寿命、記憶なんてものがある。
それを代価に、相手側に現界の魔力を自分で出してもらい、手伝いもしてもらう形式。
だから。
アキラは自分が召喚されたのは契約による召喚魔法だと思っていた。
魔力を供給され続けなくとも送還されなかったのは、術式がないかもしれないことと契約を結ばされてしまったからだと。
だが。
いま、目の前の青年が否定した。
召喚魔法ではなく、次元転移だと。
(…………あれ?だからなんだってんだ?)
そうだ。
どうせペルヴィアの魔法陣から逆算するんだ。
召喚だろうが、転移だろうが、無理矢理“連れてこられた”のは変わらない。
だから、戻る方法だって変わらない。
送還魔法が、次元転移魔法に名前を変えるだけだ。
衝撃発言に驚いたものの、すぐに冷静になったアキラはそう結論付ける。
やることは変わらない。多少難易度が変化するだけだ。
「…………ふぅ。君たちにはわからないか……」
壇上で、聴講者たちの反応を見渡した青年は肩を落として落胆する。
「勇者界の存在がなにを意味するのか。
彼らの国は、我々などよりよほど発展している可能性が高いと言うのに。
まったく、ボンクラどもめ……」
ぶつぶつと。
眼が据わり、危うさを身にまとう。
「もぅいいか。
死ぬ間際、せめてもの慈悲として、大変貴重な話をしてやったというのに。
君たちは愛すべき聴衆たりえない」
「――――っ!?」
その言葉が持つ、本気をだれよりも感じ取ったアキラは、とっさに短距離転移でその場から転移する。
――――轟ッ!!!!
会場の外に出たアキラが見たのは、観客席がきれいさっぱり跡形もなく消えている光景。
最初から、なにもなかったとでもいうように。
そこにはなにも残っていない。
いや。
ただ一つ。
大きな穴が空いていた。
舞台から半円状に、深く黒い穴が。
「あっはははははは!!
最ッ高のショーじゃないか!!
一瞬で消えたぞ!!」
壇上にいた青年が、狂った男が大声でワラウ。
げらげらと。げらげらと。
腹を抱えて。
「さぁ!この国のクズどもよ!
目を見開いて拝め!!
この僕の――――――――最高傑作を!!!!」
魔法で拡声された彼の声は、この国全土へと響いたであろう。
さっきまで彼の背後にあったディスプレイは天高く浮かび上がり、拡大され、この惨劇をしっかりと映していた。
そして、ソレは宙に止まる。
宙で浮かぶ。
各所が壊れた異形。
それは、狂ったヒトガタ。
彼は、穴の上で浮かんだまま。
「僕ハ、勇者だ。
これは手始メ。
薄汚イ魔族の国を、滅ぼしてやロウ」
その『勇者』は――――いつかのように、国へ宣戦布告した。