2:召喚・送還魔法
第1章の最後に500万PV記念話としてリースの話を載せています。
どこに載せるか迷いましたが、アキラくんとであう前の話なので。
そこはおとぎの国。
幻想で満たされた、魔法の国。
人々は空を飛び、物を浮かせ、なにもない場所から召喚獣を呼び出しそれを駆る。
「そんな景色を想像していた時期が、オレにもありました」
「いきなりなんなのかは知らんが、言いたいことはなんとなくわかった。
どうせ思っていたよりも普通とか思っておるのだろ?」
「……がっかり?」
簡単な入国審査をすませ、無事に入った魔法の国パンデモニウム。
ムジンのような事態になることなく、至って平和なことに満足して入国したのだが。
街並みは至って普通なのだ。
強いてあげれば、魔武器や魔法具を扱う店が多く見られることくらいか。
「空飛んでいる人とかいるんじゃないかな~と思ってたんだけどな。
もっと日常的に魔法が使われてるかと思えば、そうでもないみたいだし」
「特に急ぎでもない限り、飛行魔法など魔力の無駄遣いではないか」
「そんな冷静に言われるとあれなんだが――――」
と、そこですれ違う人に目を取られる。
「背中に翼……ハーピーって言うんだっけ?」
すれ違った女性の背中、小さい翼が生えていた。
本来はもっと大きいのだろうが、魔法か仕様か、小さくなっている。
そこで、道行く人たちをもっと注意深く見てみたところ、ほとんどが魔族ばかりだった。
背中に翼のある人。
頭に角が生えている人。
獣人のようなふさふさのしっぽではなく、鋭いしっぽのある人。
千差万別、様々だ。
「おい、アキラ。
きょろきょろするのはまだいい。旅行者なのだからな。
ただ、じろじろ見るのはやめい。連れの我らまで恥ずかしくなってしまうではないか」
「悪い悪い。つい――――ってあれスライムか!?」
苦言を呈したリースに謝るため、彼女の方を向いたオレの目に飛び込んできたのはまさにスライム。
ぽよんっ、ぽよんっ、と跳ねながら、そのぷるぷるの身体を揺らして進んでいく。
街中での思わぬ遭遇に、ついつい彼(彼女?)が見えなくなるまで見続けていた。
「ほへー……」
「アキラ、呆けるな」
「はっ!?あまりの衝撃にちょっとトリップしてた!」
リースに軽く叩かれ、正気に返る。
「スライムなどそう珍しいわけでもあるまいに。
少し外をうろつけば嫌と言うほど出会えるであろう?」
「いや、街中で見たことに驚いたわけなんだが……。
ふと思ったんだが、モンスターと魔族の違いってなんだ?
だれも逃げたり討伐したりしないってことは、あのスライムはモンスターとは言い難いだろ?」
「野生かそうでないか、襲うか襲わないか、とかではないのか?
明確にこう!と決まっているとは思えんが……」
「そんなもんか……。
ま、それも含めて、まずはいろいろと調べるか。
この国に来たのも魔法について知りたかったからってのもあるわけだし。
ギルドで依頼を受けるにしても、ここらのモンスターを調べてからじゃないと」
「そうか。
では、その間マナはどうする?」
「リースが見ててくれ。
依頼に連れてくわけにもいかないしな」
「えぇ~」
露骨に顔を歪ませ、不満です!と訴えるリース。
「マナと一緒がいいと思ったんだが、嫌だったのか?」
「……リースお姉ちゃん?」
オレの言葉を聞いて、マナが悲しそうにリースを見上げる。
そのまなざしに射抜かれて、リースは見るからにうろたえだした。
「ああっ!マナ、そんな目で見ないでくれ!
おぬしが嫌いなわけじゃないのだぞ!?
ただ最近戦えてなかったから欲求不満と言うか、その、な!
我も暴れたいのだ!」
「…………それじゃ交代で面倒見るか。
そうだマナ。ついでに、軽い訓練でもするか?」
「……訓練?」
マナは小首をかしげる。どうして、と言いたげだ。
「マナはか弱すぎる。
少しくらい鍛えておいた方がいいかと思ってな」
奴隷時代に栄養が足りていなかったのか、マナの身体はかなり細い。
一緒に行動するようになってからはきちんと食べさせたおかげか、ようやく少しやせている程度には回復した。
これからは少しずつ運動もしていかないと、と思ったのだ。
「体力作りが目的なんだけど、強くなりたいならそれなりのレベルまで行けるはずだ。
一族自体が戦闘向きじゃないが、獣人なんだからな。
もちろん、やるのは徐々に、ゆっくり焦らずになるけど」
「…………うん。がんばる」
マナと目線を合わせると、彼女はしばらくの間をあけてからこくりと頷いた。
その頭をくしゃくしゃに撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「むぅ!我だってマナを鍛えるぞ!」
「……ありがと」
「ふはは、我に任せれば万事解決だ!
獣人最強も夢ではないぞ!」
「おいおい……。
無茶はするなよ?まだ子どもだし、身体ができてないんだから。
将来身体を壊す原因にもなりかねん」
「むぅっ、それはそうかもしれんがな――――」
「いや、だからな――――」
オレとリースはマナをそっちのけで言葉を交わし合う。
その姿は、まるで親が子どもの教育方針で対立しているかのような会話だった。
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入国から、早数日。
朝はマナと一緒に軽くランニング、昼からはギルドでの依頼をこなし、夜は寝る。
そんな生活サイクルが形成されつつあった。
本来なら、二日目にはさっそく魔法学院に行こう!と思ったのだが、そこで言い渡されたのはまさかの拒絶。
曰く――――「入館証が無い方は入れません」とのこと。
国内の研究成果が漏れないように。学院内に不審者が入らないように。当然と言えば当然のことだが入館証が必要だった。
しかも、それはその場でポンッともらえる物ではなく、申請→発行まで数日かかるとのこと。
「侵入してもすぐに分かりますから。いるんですよねー、無謀な真似して捕まる人ー」と忠告されてしまった。
そこまで言うならやってやろうじゃないか、という気持ちも生まれたのだが、ちゃんと思い直したよ。
わざわざリスクを犯すほど急ぎでもないので、その日は申請だけして退散。
主な目的は図書館だったのだが、図書館が学院の敷地内にあるので、やはり入館証が必要になる。
しかも、できるのは入館だけで、貸し出しはできないとのことだった。
貴重な魔法書を奪う輩も多いからだそうで、警備もなかなか厳重だったと言っておこう。
そして、申請から数日後。
「やっと入館証がもらえることになった!」
「ふーん。で?」
喜び勇んでリースに報告したが、返ってきたのは絶対零度の眼差し。
氷狼フェンリルにふさわしき威圧感と冷たさだ。
「あの……リースさん?
なにをそんなにお怒りで?」
「ほう?
まさか、わからないと?
心当たりがないとでも抜かすつもりか?」
「いや、だって入館証は本人が申請しないとだめだって言われたんだからしょうがないだろ?」
その通り。
入館申請してもらえる入館証は本人のもののみ。
そのため、申請日に留守番していたリースとマナの分はもらえなかったのだ。
「我もマナも――――特にマナが楽しみにしていたというのに!」
「いや、普段の学院に行っても楽しいことないからな?
研究室はもちろん、教室の中は見学できないし。できて、図書館に入るくらいだぞ?」
「そうか……。それではマナも退屈かもしれんな……」
「それに、そのうち入れるようになる。
もうすぐ学院祭があるらしいからな」
間がいいのか悪いのか分からないが、これから学園祭の時期なのだという。
普通の学校のような店や出し物だけでなく、研究成果の発表も兼ねた一大イベントだ。
そのため、今の時期は忙しく入館証発行まで時間がかかったわけだが。
わざわざ申請しなくとも、一般人にも開放される学院祭まで待つという手があるかと思いきや、そううまくはいかない。
学園祭の期間は、使わない施設――――特に図書館などは閉館される。
調べものがしたいのに、図書館に入れないのでは意味がない。
そんなわけで、わざわざ申請して入館証を発行してもらったのだ。
諸々の事情をリースに説明すると、彼女は視線の温度を元に戻してくれた。
「ん。わかった……。
マナには我から言っておく」
「頼む」
ちょうどいい高さにあるリースの頭をなでてやる。
彼女はなにも言わず満足げだ。
しばらくして手を離そうとすると背伸びして手のひらに押し付けてきた。
その表情は髪に隠れてうかがえないが、言いたいことはわかったので再び撫ではじめる。
「ははっ」
「…………なんじゃ。笑ってないでもっとだ、アキラ」
「へいへい」
結局、何度も暗黙の「もう一回」を繰り返し、リースが満足したのは30分後だった。
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魔法学院の中に建てられた図書館。
そこには普通の歴史書や勉学の本だけでなく、数多くの魔法書が収められている。
その蔵書は膨大で、閲覧可能な物だけでゆうに万を越え、閲覧不可の禁書庫には強力な魔法書が眠っているという。
ここはまさに本の塔。
天井まで届く棚がいくつも立ち並び、隙間なく本が収められている。
高い所にある本は飛んでとるしかなさそうだ。「飛べない人はお近くの司書まで」、という注意書きまで存在する。
これだけ多いと整理も大変だと思うが、そうでもない。
蔵書すべてに魔法がかけられており、指定した場所へ本が飛んでおさまるらしい。
あ、今まさに目の前を本が横切って行った。
「この中からあてどなく本を探そうと思ったら、とんでもなく時間がかかりそうだ……」
案内表示にそって進んでも、分かるのはせいぜい棚まで。
想像してほしい。あ行の棚(横は25、高さは5メートルほど)からたった一冊を探す大変さを。
「そこで、便利グッズがあるわけだ。えっと、これこれ」
司書さんからもらった一枚の紙をごそごそと取り出す。
この紙に目当ての本・検索項目を入力すると、その所在地を地図で表示するのだ。
また、近くに行けばその本自体が淡く光ってお知らせする機能付き。
「オレの≪サーチ≫と似たような魔法だな……。
ま、場所以外もわかる≪サーチ≫の方が優秀だが、ここでは使わない方が無難だろ」
この≪サーチ≫もどき。仕組みはおそらく、図書館建設前に大きな魔法陣を敷き、紙一枚一枚に魔法をかけ、本にも魔法をかけたのだろう。
想像するだけで莫大な金と魔力と時間がかかっていることがわかる。
「うっし、探すか」
紙に魔法書を検索させ、歩き出す。
検索するのは三つ。
初級・中級・上級魔法など、とにかく現在使われている魔法についての本。
失われた魔法やその伝説・伝承などについて載っている本。
召喚/送還魔法の本。
時間は流れ、閉館時間寸前。
読みつかれた目を揉んで、凝りをほぐす。
調べた結果、現在使われている魔法は大体把握した。
後は、その中から使い勝手のよさそうなものを選んで練習すればいい。
失われた魔法についての本は微妙だった。
伝承があやふやで、具体的にどういう魔法かほとんどわからない。そうだから、失われた魔法なんだろうけど。
中には、天候・時間操作や長距離転移など、昔は使い手がいたが術式が消えたとされる物もあった。
これらは人前では使わないようにしよう。
そして、肝心の召喚/送還魔法について。
その収穫は――――――――。
「はぁ…………」
思わず、ため息が漏れる。
召喚魔法の本はほとんどが召喚獣を呼び出す物で、ペルヴィアのような人間・勇者を召喚する魔法はなかった。
あの国固有の物なのだから、それは覚悟していた。
つまり、その逆である送還魔法についても、人を対象とした物はなかった。
あっても、ペルヴィアの考察本くらいで、本国の書庫で得た以上の知識は得られずじまい。
しかし、ため息の理由はそれだけじゃない。
送還魔法とは召喚魔法に付属しているものであり、召喚魔法の術式の中だけに存在するものなのだそうだ。
あらかじめ召喚魔法に組み込まれた、条件を満たすことで発動する術式。
例えば、時間制限や、魔力供給のストップなどの条件を満たせば、術式が発動して召喚獣は送還される。
そういう仕組みを、便宜的に送還魔法――――送還術式というだけ。
召喚魔法とセットになっているのだ。
――――――つまり、単独の≪送還魔法≫という魔法は存在しない。
「ない、か…………」
こちらに一方的によび出す召喚魔法はあるのに(召喚時に送還術式を書かなければいい。その際、反抗されないよう別の方法で契約などが必要になる)単独の送還魔法は存在しない。
そのせいで路頭に迷ったいわゆる「はぐれ召喚獣」なる存在もいるのだとか。
だが、微かな光明はあった。
送還魔法――――いや、送還術式は召喚魔法に組み込まれたもの。
その術式は、一言でいってしまえば召喚魔法の逆流だ。
そこで、ペルヴィアにあった魔法陣を逆算し、独立させれば≪送還魔法≫ができるかもしれない。
だが。
そうしてできた送還魔法。
それが、本当に正しく機能するのかどうかは定かではない。
下手をすれば別の世界、最悪、どこでもない場所に放り出されてそのまま――ってこともありえる。
送り先である“向こうの世界”の情報が確かでなければ――――。
「使えないんじゃ、意味がない……。
いや、一応、研究だけでもしておくか……」
幸い、ペルヴィア魔法陣は消す前に写しておいた。
この魔法陣から、なんとか“向こう”の情報を抜きだし、召喚術式を逆算、送還する術式を組めばいい。
実際に使うかどうかは別として、模索するだけ、組むだけ、なら――――。
そう考えて、リースやマナの顔が浮かぶ。
この世界で知り合った仲間。
この世界に残りたいのか。
帰りたいと思っているのか。
天秤がどちらに傾いているのか、自分でもわからないまま。
とりあえず答えを保留し、どちらでも選べるよう手段だけは模索する。
今はそんな、どっちつかずの道を進むことにした。