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『勇者』の反逆  作者: 本場匠
2章:獣王国家ムジン編
40/46

19:国民大会4日目「武」本選6「結実」

「じーさん……」


 現れたのはクマン=ベール。


 ムジン王国の宰相。知力派閥のトップ。イチのお目付け役兼お叱り役。


 慣れ親しんだ、イチにとっての祖父のような存在がそこにいた。


「なん、で。

 なんでじーさんがここにいるんだよ!?」


「不甲斐ないな、イチ。

 ヴァイもそうだが、こんなじじいにしてやられるとは。

 何も考えず、ゴリ押しで行けると思うからそうなる。

 頭を使わねばな」


 クマンはイチを落胆の色が濃い目で見つめ、さりげなくヴァイの株を落とす。 

 そして、ちらりとアキラを一瞥。意味ありげな視線を寄こした。


 それを不審に思ったアキラは念話を使う。

 そこで、二、三言葉を交わし、アキラは口角を歪めた。

 性悪め、と吐き捨て、一方的に念話を切る。


 それきり、クマンはイチと言葉を交わし始めた。


「ああ、イチよ。わかっているさ。

 おまえはまだまだ若く、未熟だと。

 だが、王となったのだ。

 もはや王子ではなく、この国――ムジンの王に、成ったのだ。

 その自覚が足らんのではないか?」


 それは代弁。


 国民のだれもが、程度の差はあれど思っていること。


 まだ若いイチが王となった事への不安。

 最強の名を受け継ぐにはふさわしくないという憤り。


 様々な形で国民の中に宿る負の感情だ。


 もちろん、イチの将来を期待する者がいないわけではない。

 むしろ、そっちの方が数が多いだろう。


 しかし、イチに対する将来への期待(・・・・・・)を裏返せば、現在への不満(・・・・・・)が見え隠れすることになる。


「なあ、イチよ。なにか勘違いしていないか?

 国内最強になれば、すぐに王と認められるなどと」


「なにが違うんだよ!

 お飾りなんて言われるのもっ!ガキ扱いされるのもっ!

 オレの力を認めてないからだろう!」


 若くして王となった重責。

 周囲の態度がそれを加速させる。

 もっと、もっと。もっともっともっともっと。

 強く、強く、強く強く強く強く。

 足りない。まだ弱い。もっと、もっと――――もっと強くならなければ!!


 押し潰されそうになる期待。

 なにより、それを向けられるイチはだれよりも感じ続けていた。


 だが。それでも王になりたかった。

 投げ出したくないからこそ、尊敬できる(おう)を目指していたからこそ。

 がむしゃらに力を求めた。戦いを求めた。強者と戦い勝利を求めた。


 そうすれば、いつか――――――。


「最強であるだけでは足らんのだ。

 王にはそれ相応の責任と品格が伴う」


 だが、その想いは打ち砕かれる。


 それは当たり前の事。

 今までの王は皆、相応の年齢を重ねて身に着けていたモノがイチには足りない。


「歴代の王が戦いの中で身に着けた、相手の力を見抜く眼力も足りないから強者に挑み苦戦する。

 歴代ならば避けた戦いに、本能を抑えきれず身を投げうつ。

 儂ら知の者がどんな言葉を投げかけても、頭でっかちの言うこと!と無視して突っ込む。

 それではすぐに死んでしまう」


 暗に、今の国を憂いている。

 知力が蔑ろにされている現状を。


 だが、イチが食いついたのはそこではなかった。


「避けた……?

 王が逃げたっていうのか!?」


「敢えて言おうか。

 ムジンの『最強』は、『最も強き者』ではなく、『負けない者』を指すべきだとな。

 負けないため、戦いを避けるのも強者の選択だ」


 激昂するイチに対し、クマンは冷ややかだ。

 声を荒げることもなく、静かに、かみ砕くように教えを授ける。


「もし、この国の王が挑み、負ければ。どうなると思う?

 この国は他国に蹂躙され、獣人は奴隷に貶められるか、皆殺しだ」


「――――っ」


「王は負けない、などと青臭いことは言うなよ?

 ありえないことではない。

 王一人に対し、数万の敵が襲ってきたら?

 大勢の敵が一斉に魔法を放って来たら?

 国内に罠を仕掛けられ、国民全員を人質に取られたら?

 毒を盛られたら?病に侵されている時だったら?

 そうなれば、王は死ぬぞ?いともたやすくあっけなく、な」


「それは……」


 王は死ぬ。

 寿命のある者なら当然のことだ。

 だが、ムジン王という最強は――――戦いに負けて死ぬことを許されない。


「一般人ならば、逃げていい戦いも、負けていい戦いもあるだろう。そうではない戦いがあるのと同様に。

 この国の王にも、逃げていい戦いはあるさ。それで守れるなら逃げるべきだ。

 ――――だが、負けていい戦いはない。

 戦うからには勝たねばならない。

 それこそが、『最強』の意味だ」


「逃げていい戦いってなんだよ!」


「勝ち目のない戦いか、はたまた価値のない戦いか。

 その時々だよ。

 そして、それを教えるのが儂ら知を預かる者。その時は言うさ。

 戦えば全滅、逃げれば国民が助かる。ならば――――逃げるべきだ、とな」


「そんなの、じじいお得意の屁理屈だろ!

 逃げるが勝ち、なんてただの強がりだ!」


「ああ、そう言う輩もいるだろうさ。

 しかし、王は国民を守るために決断したのだ。

 どんな謗りを受けようと、嘲られようと、その決断は尊く強いモノだと儂は思うが?」


「――――っ」


 言葉を詰まらせたイチに、クマンは語りかける。


「儂が言ったのは全て起こりうる可能性だ。

 なあ、イチよ――――」


 言葉を区切り、ゆっくりと続けた。




「――――隣国のペルヴィアが、ムジンに攻め込もうという動きがあったのは知っているか?」




「え?」


 クマンの言葉にイチだけでなく、こちらも驚かされる。

 まさか、それはつまり……。


「今はない人間の国。この大地の主は人間と謳う国。

 そこで、勇者という者を使ってまずはこの獣人の国ムジンを。次は魔族の国パンデモニウムを。人間以外の国を滅ぼそうという計画があったことを知っているか?」


「そんな、ことが……」


「幸い、その国は勇者が滅ぼしたそうだ。

 わずか半日足らずで、な。

 城と兵士宿舎、有力貴族の邸宅、すべてを跡形もなく壊されていたという。

 その全てを、半日で行える桁違いの存在。

 もしも、ソレと戦うことになっていれば――――――――この国が滅んでいただろうな」


「…………」


 絶句している。


 まあ、実際、クマンは正しい。

 アキラにはやろうと思えばできることだ。


「だが、儂ら知の者がいくら敵わないと助言しようと、お主らは聞き届けんのだろうな。

 かろうじて聞いても、そんなことはないと一蹴する。

 そして、『最強』の意味をはき違えたお主は、玉砕して国を滅ぼすことになるのだ」


 言葉を返せない。

 イチにはその光景がはっきりと幻視できてしまったのだろう。


「半日で国を滅ぼせる勇者と戦い、国を滅ぼすのが正解か?

 それとも、ここを離れ、別の地で生き延びるのが正解か?

 王として正しい決断は、どちらだと思う?」


「それは……」


「そもそも、わかっているだろう?

 獣人という種である以上、儂らは魔法に弱い。

 その王が最強なのは国内の話で、国外においては、獣人の弱点――魔法を使われれば負けることもあるのだと。様々な対策が編み出されたが、それは完ぺきではなく万が一があるということを。」


「じゃあ――――」


 言葉に打ちのめされ、俯いたイチは。


「じゃあ、国内だけの最強に何の意味があるっていうんだ!

 井戸の中でしか最強を誇れない王になにが守れるっていうんだ!!」


 叫ぶ。

 今までなろうと努力し、なりたいと夢を抱き、なると決意していた目標。

 それが、色あせてしまう現実を聞かされたイチは。

 なにを信じればいいのかと、今まではなんだったのかと。

 色を奪った相手に叫ぶ。



「それは、今更教えねばならないことか?」



「え……?」


 クマンのそれは、とても小さな声なのに。すうっと響き渡った。


「今は亡き前王の背中を見続けていたのはだれだ?

 前王が守ってきたモノを受け継いだのはだれだ?」


「あ……」


「答えろッ!イチ=テ=ムジン!!」


 それは。

 そんなもの、決まっているじゃないか。



「…………オレ、だ……」



「そうだ。

 王の意味?宰相である儂には真の意味など到底つかめん。

 守れるか?守れるよう全力を尽くすしかない。

 王とは何たるかを示すのは儂ではない。王だ。

 自分で自分の答えを導き出せ、イチ」


「オレの、答え……」


「今すぐ答えろとは言わない。

 だが、探し続けよ。

 模索し続けよ。

 お前の成る最強を。お前の成る王を。

 儂はそれを傍で見させてもらう」


「オレの、目指す王……。

 そんなの…………まだわかんねぇや。

 どうすればわかんのか。それさえもわかんねぇ。

 でも、たった一つだけ、分かった」


 イチは、自らの拳に目をやり、ぐっと握りしめる。

 目に見えない、なにかを掴むように。


「今のままじゃ、だめだって。

 上辺の強さだけしかない、空っぽじゃ、だめなんだって。

 だからっ――!」


 握りしめた拳はそのままに。


「今は、勝つ!

 オレは負けていい存在じゃない!

 ここは逃げていい戦場じゃない!

 じーさんを、アキラを、倒してオレが優勝してみせる!!」


「そうか。では、やり合おう」


 クマンは楽しげに笑う。


「おう!」


 イチは意気揚々と構える。




「――――じゃ、老兵(じじい)は去れや」


「っ!?」



 そして、アキラがクマンを上から蹴り潰す。


 ゴッ!!という音とともに地面にひびが入り、クマンが沈んだ。


「オレを忘れて、のんきにお話か?

 一応、気を利かせて最後まで待ってたんだが、もういいよな?

 やり合おうっていったばっかだし」


 クマンの仮面が取れたとき、念話で行った意思疎通。

 その内容が、これだった。


 イチとの話を邪魔しないでくれ。

 そして――――。


 ――――悪役になってくれ、と。


 映像を見ている民衆の敵に。

 人間という、分かりやすい獣人の敵に。


 王を目指すイチを阻む悪役。


 わざわざペルヴィアの話をしたのも、説教のため以外に、人間に敵意を向けやすくするためというのもだろう。


 そして、悪役を倒した者はヒーローとなる。


 舞台は年に一度の国民大会。

 観客はムジンの国民全員。

 残る参加者は二人。

 片や獣人、片や人間。

 片や英雄、片や悪役。


 これは国民大会という名のお祭り騒ぎ。

 参加者以外にとっては、厳かな雰囲気の中行われる純粋な試合ではなく、大勢の観客を交えたエンターテイメントの面を持っている。


 そんな中で、観客たちが応援するのは――――自らの好みの選手。


 残った二人の内、そう、イチ=テ=ムジンしか選択肢はない。

 今、イチに国中の好意が寄せられることになる。



 依頼の目的は三つ。


 噂の払しょく。

 イチの意識改革。

 そして、イチが王の器だと国民に示し、支持率を上げる。


 すべては、そのために。


(まったく、面倒なことをさせられる……。

 顔変えといてよかったぜ……)


 ま、あとは、ある程度の苦戦を演じつつ上手に負ければ終わり。


 顔はクールに、内心ノリノリで、アキラは手の平を上に向けてイチに突出し、指をクイクイッと折り曲げる。

 来い、というあからさまな挑発。


「さ、かかってきな。王サマ?」


「ま、待て……。

 わ、儂はただでは負けんぞ……!」


 声は下から。


 そこでは、クマンがうつぶせ状態から力なく転がり、天を仰ぐ。

 そして懐に腕をいれ、取り出したのは――――魔石。

 それがあれば、イチやヴァイに放ったように、魔石から魔力を供給することで獣人にも魔法が使えるようになる。


「ここに乱入する前に、あちこちに魔石を仕掛けておいた。

 これは魔法の起動用だ……!

 くらえっ!」


 魔石が強く輝きだし、それは一種の閃光弾と化す。


 アキラはとっさに障壁を展開した。


 ――――パキィン!


 澄み渡るような音が響く。


「この薄く囲う感じ……。結界、魔法……?」


 そして、その結界の効果を推測しようとして、気づく。


「な……?」


 ――――身体が重い。

 一瞬、特定人物の重力を増すタイプの結界かと思ったが、違う。


 目の前に張っていたはずの障壁が消えている。


 これは、重力増加のような、生易しいモノじゃない!!


「クマン=ベールッ!おまえっ!?」


 叫びながら、念話をつなぐ。


(なんのつもりだ!)


(君が知りたがっていたものだよ。

 これが、獣王国家に伝わる秘伝。

 対人間用の結界魔法。

 魔法を弱めるアンチマジックフィールドだ。

 残念ながら、完全に魔法が使えなくなるわけではなく、威力が弱まるだけだがね)


(てめっなんてことしやがる!)


(余裕を持って負けられては困るのだよ。

 この国には、そういうヤラセには鼻が利く者が多すぎるのでね。

 真に迫ってもらうよ)


「やってくれたな……。

 何をされたのかは知らないが、魔法が上手く使えない。

 目くらましの間に、封じるツボにでも針を打ちこんだか……?」


 一応、秘伝。中継を見ている連中にバレないよう言葉を濁し、ミスリードを誘うことにする。

 クマンにしてやられたのはムカつくが、あとで教えてもらうのだ。他の奴らが知っている技とするより、隠しもてる切り札の秘伝にしておいた方が、アキラにとっても都合がいい。


「儂にできるのはここまで。

 イチ……勝て」


 そう言い残し、クマンは転移させられた。


(ほんと、やってくれたよ……。

 王の答えはイチに丸投げ。戦闘はオレに丸投げ。

 いいご身分だなクマン=ベールさんよぉ)


 小声でぼやき、自分の状態を確認する。


 身体強化のレベルが落ちている。

 ついさっき身体が重く感じたのは、外的要因によって、急激かつ強制的にレベルを落とされたため。

 10だった強化レベルが、今では5くらいになっている。


 アキラでそうなのだ。普通の使い手が相手なら10が2まで落ちるほどの強力な結界だ。


「くっそ、ほんと、やってくれる……」


 ああ、なんてドラマチックな展開だ。


 仲間が自らの死を礎に、勝ちへの布石を打つ。


 クマンは死んでないのに。ただ退場しただけなのに。

 そんな風に思えてしまう。


 その証拠に。


 目の前で。

 イチが、燃えている。


「じーさん。オレ、やるよ。

 アキラの行いは、じーさんもやったこと。

 不意打ちだ、なんて騒いでもしょうがない」


 それはアキラに向けたものではなく。

 だれに当てたものでもない独白。


「でも、オレはまっすぐに勝つ。

 逃げちゃいけない戦いで。勝つしかない戦いで。

 勝ってなお、誇れる戦いをして見せる!」


 うわぁ、盛り上がってるなぁ……。


 ま、こうなったらしょうがない。

 こっちもこっちで悪役として踊りますか。


「ふん。ごたくはいい。

 お前も、あのじじいみたく這いつくばって消えてゆけ」


「はっ、言ってろ。

 行くぞ!」


「来いッ!」







 その結果は言うまでもなく。


 敢えて言うのなら。

 無様にやられる悪役の演技はなかなかのモノだったと自負している。

都合上、イチVSアキラ二戦目はカット。

どうせ負けるわけですし、書くと冗長になるんですよね……。


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