1:決意
目覚めると、そこにあるのは知らない天井。
起き上がると、寝汗で張りついた前髪が気持ち悪かった。
汗をぬぐおうとして――――気づいた。
「ああ、やっぱ夢じゃねェのか……」
汗をぬぐう、右手首にある腕輪。
それを見ているだけで、昨日の痛みが蘇るような気がしてしまう。
幻痛だとわかっていても。
思い出して、息が詰まる。
「くそったれ……」
この腕輪も。幻痛も。
昨日のアレが現実だったという証拠だ。
異世界召喚。
聖剣とやら。
そして、契約。
寝ぼけていた頭は急速に冴えていき、現状をある限りの情報で推測していく。
この腕輪はあのクソ王の呪文をキーに痛みを感じさせるってところか。
さすがファンタジー。
まったく、夢のない魔法を最初に見ちまったよ。
にっくき腕輪を睨みつける。
きれいな腕輪だが、その本質には嫌悪しか感じない。
さしずめ奴隷の首輪だ。
一応勇者ってことにしているから、腕輪になっているだけだろう。
首輪をつけた勇者なんて、ぜんぜんかっこよくないしな。
「くそったれめ。気をつけよう、と思っていたはずなのになー」
あっさり騙された。
今思えば、聖剣とやらになにか細工があったのだろう。
一種の洗脳、幻惑、そんな感じか。
今思い返すと、あの時は受け取らない、という選択をまったく思いつかなかった。
吸い込まれるように、魅入られたように。
あの剣に、あの雰囲気に呑まれていた。
あの剣は、剣であり、契約書であり、腕輪という形の強制執行装置でもあるのだろう。
たぶんこの腕輪が剣ってことは……。
試しに、天井に向かって手を伸ばして剣をイメージ。
すると、シュンッと見覚えのある剣が現れた。
「実体化はできた、か……」
右手には昨日見た、聖剣。いやもう、腹立つからクソ剣とよんでやろう。
そのクソ剣からは昨日のような威圧感、神々しさは感じない。
腹が立つので、剣をベッド脇にぽいっと投げ捨てる。
すると、手を離れたクソ剣は床を転がるかと思いきや、腕輪に戻りやがった。
「ちっ、普通の剣なら便利なんだろうが、オレに取っちゃ忌々しいだけだな」
弾かれても弾かれても戻ってくる剣、と言えば聞こえはいい。
ま、実際は。
捨てても捨ててもなぜか戻ってくる剣。
――――完全に呪われたアイテムじゃね?
「勇者様?起きていらっしゃいますか?」
ドアがノックされ、聞いたことのあるような声が聞こえてきた。
身体を起こし、ベッドに腰掛けると声を返す。
「ああ、いるぞ」
「失礼します。おはようございます、勇者様」
「ソフィア、それは皮肉か?」
昨日は気にならなかった言葉が、癇に障る。
勇者?
奴隷の間違いだろ。
あのクソ王も言ってたしな。
「そんなつもりは……」
うろたえながら、なんとか釈明しようと一歩、二歩、とソフィアが近づく。
「――――シッ!」
ソフィアが間合いに入った瞬間、剣を実体化して首を狙う――!
「やっぱり、か……」
ビタッ!と剣が止められた。
ソフィアがなにかしたわけでも、オレが寸止めしたわけでもない。
むしろオレは力を入れ続けている。
なのに、見えない何かに止められた。
「クソ剣、消えろ」
今度は命令を聞いて消える剣。
ほんとに忌々しい。
契約相手、おそらく王族には剣を向けられないらしいな。
別の武器を手に入れないと。
「――――な、なにするんですかっ!?」
いきなり切りつけられて、口をパクパクさせていたソフィアが現実に戻ってきた。
その頬は紅潮し、安堵を通り越した彼女は怒りを訴える。
「殺そうとした」
その彼女に、あっさりと告げる。
特に気負うこともないかのように。
制約が無ければそれができる、と言い聞かせるように。
「なっ!?」
「まあ、予想はしてたけど、やっぱりだめか」
ふむ。格闘だとどうなるんだろ。
勇者補正で身体能力は上がってるから、ヤってヤれないことはないはず。
腕輪が邪魔しなければ、だが。
「邪魔、するんだろうなあ、どうせ。はあ」
実験はするが、期待はできない。
腕輪ということは、身体に触れているのだから。
ため息が止まらないぜ。
「ちょっと、無視しないでください!
なんでいきなり殺そうなんてしたんですか!」
「はあ?異世界に拉致されて、勝手に奴隷にされたのに恨まれる覚えはないとでも?」
図らずも、声は冷たく鋭いものとなった。
明確な敵意を向けられた彼女は、逃げるように目をそらす。
「わたしは……その、知らなかったんです。
勇者様があんなふうに扱われるなんて……」
「嘘くせー。だいたい、勇者なんてオレの前にもいたから知ってんだろ」
「ほ、ほんとにっ――」
「それに、知らなかったからってなんになる。
オレを召喚したのはおまえだ。奴隷扱いじゃなくたって、オレはおまえを恨んでるさ」
言い訳なんて聞きたくない。
遮ることで、それを突きつけた。
「そんな……」
ショックを受けたらしく、ソフィアの瞳に涙がにじむ。
「あーくそっ、泣くなよ!
こんなとこ見られたらまたオレが痛めつけられるかもしれねぇだろうが!」
「わぷっ、ちょっ」
わしゃわしゃと頭をなでてやる。
ソフィアは見た目頬を膨らませて不満気だが、どことなく嬉しそうだ。
(敵意がなければ触れる……。殴れるかどうかは別の機会に試そう。
お仕置き的な意味で殴る、そんな機会を逃さないようにするか)
思わず漏れる黒い笑みをソフィアに気づかれないよう、少し強めに撫でて俯かせる。
気分は某ライト君だ。
「……契約を果たせば腕輪は解けるんだろ。
真面目にやってりゃ懲罰もされないだろうし、やってやるさ。
クソ王にもそう言っとけ。ただし報酬はもらうってな」
一度反抗して、それが無理だと悟った風を装う。
こっちは勇者補正持ちだ。
聞いた話が正しければ、身体能力、魔力、魔法創造とまさに危険人物。
物わかりが良すぎれば警戒される。
物わかりが悪すぎれば排除される。
奴隷勇者としては適度な、軽い反抗心を見せておくのがベストだろう。
ついでに報酬を与えておけば飼い殺せると思わせておく。
あとで金寄こせって念押しにいくか。
最悪、拒否られて激痛くらうのも覚悟しとかないとな……。あー怖ぇ。
頭の中で、これからの計画ととるべき態度を考えて、撫でる手を離した。
「で、何の用だ?」
「ご飯です。従業員用の食堂まで案内しますから」
そういえば、お腹がすいている。
昨日はなにも食べることなく日をまたいだから、もうぺこぺこだ。
「へー。王女様は暇なこって」
「……えぇ、そうですか。知り合いがいない勇者様を気遣おうとしたのは間違いだったようですね。
メイドに任せますから気まずい時間を過ごすといいです」
「どっかのだれかのおかげで天涯孤独になっちまったからな。
人見知りを直すいい機会って無理矢理納得しないとなー」
拗ねるようにそっぽを向いて唇を尖らせる相手に、これ見よがしにそう告げた。
「…………」
「…………」
「嫌味ですか?」
「嫌味ですが?」
ばちばちを火花を散らす。
すぐにソフィアが折れた。
「朝ごはんの後の訓練、地獄レベルにしてもらうようお願いしておきます」
――――と思ったら、実にさわやかな笑顔で仕返しされた。
強かだな。さすが王女サマってか。
「ま、強くならないといけないからな。
それくらいの仕返しなら受けてやるか」
これから魔物と戦わせられるはず。
命を守るためには強くならないと。
そして、いつか必ず――――。
確かな決意を胸に宿し。
異世界での一日が始まる。