16:国民大会4日目「武」本選3-裏「王」
イチ、ヴァイサイドのお話。
この裏ではアキラくんがキザンをボコっています。
~sideイチ=テ=ムジン~
アキラとサンクの勝負にキザンが割り込むよりも少し前。
別の場所では二人の男が互いに睨み合っていた。
向こうはどう思っているのかは知らないが、オレにとっての宿敵。
ライバルと言ってもいい男。
「最初にあたるのがおまえか、お飾り王」
「いい加減、その呼び方やめろよな。オレにはきちんとイチって名前があるんだよ」
高い身長から見下ろす男がヴァイ=ニフターツ。
いつも、いつまでも、こいつの目にはオレが映っていない。
お飾りの王。
そのフィルターがかかった「王子」しか映っていない。
ライバルが自分のことを歯牙にもかけていない。
その思いは、イチの闘争心を燃やす燃料だ。
「俺様が勝ったらやめてやる。その時、すでにおまえはお飾りの王ですらないのだからな」
「……ふーん、言ってくれるねぇ。ま、勝負すりゃいいか。
オレが勝ったら地面に頭つけて謝ってもらうぜ?」
「なにもいらん。俺様がおまえに勝つのは自明の理なのだから。
おまえはただただ、失うだけだ」
双方がかち合えば、どちらかが従うしかない。
勝者は相手を踏み越え。
敗者は黙って従うのみ。
人間社会でも、声高には叫ばれない暗黙の了解。
それが、この国では決闘という制度で明文化され、認められている。
「じゃ、決闘ってことで。
どうせ大会だし、おまえとは本気で戦いたい。
いままで、なぜか公式戦で直接試合はなかったしよ」
「いいだろう。
貴様が親からもらった最強、ここで譲ってもらおうか」
最強を決めるのならこの戦いだけで十分であり、この戦いがなければ不十分だ。
国の1位と2位の直接対決。
観戦している国民のだれもが、それだけを楽しみにしていると言っても過言ではない。
「王牙虎、イチ=テ=ムジン」
腰をゆっくりと落とし、拳を握りしめる。
「剣狼、ヴァイ=ニフターツ」
精神を研ぎ澄ましていき、相手の全身を視界におさめる。
「いざ――――」
「尋常に――――」
「「――――勝負ッ!!」」
叫ぶ。
「おぉおおああああああああ!!」
相手は第2位のヴァイ。
出し惜しみはしない。できるような相手じゃない。
だからこそ、いきなりの獣化。
しかし、それをしたのは自分だけでなく、ヴァイも同時に変化した。
獣人モードになったイチは爪を伸ばし、ヴァイに斬りかかる。
――ガキィッ!
「俺様には届かん」
ヴァイの身体を覆う剣狼の毛皮に弾かれる。
「ちっ」
剣狼の毛皮――――あれは剣と同じ硬度を持つ毛皮。
剣を折り、断ち切るような――――力と鋭さが無ければ弾かれる。
衝撃は一応通るのだが、あれはあくまで毛皮。
ある程度は吸収されてしまう。
毛の柔らかさと剣の硬さ。
相反する二つを併せ持つのが剣狼の毛皮なのだ。
その厄介さに、思わず舌打ちしてしまう。
が、勝負は始まったばかりだ。
「まだまだぁっ!」
地面すれすれ、爪で大地に線をつけながら肉迫する。
「無駄だ」
こちらに合わせた、カウンターの爪が襲いくる。
「――シッ!」
それに当たる直前、方向転換し右に跳んだ。
ヴァイの爪は空を切り、彼はイチを目で追う。
だが、振り向いた先にはもうオレはいない。
ヴァイが見たのは、ついさっきまではなかった壁。
市街地を模されて作られたものじゃない。
地面がそのまま盛り上がって四角形をかたどったような、ただの土壁。
――――そして、壁には足跡。
「しまっ!」
ヴァイは王牙虎の固有能力を思い出し――――その後頭部を衝撃が襲った。
「どうだぁ!なにが無駄だってぇ!?」
いくつもの家をぶち抜き、轟音と共に吹き飛んでいくヴァイに叫ぶ。
王牙虎の力を使い、大地を操り壁を作ってそれを足場とした。
壁を二度蹴って右から背後へ移動し、回り込んでの攻撃。
アキラとの模擬戦の末編み出した技。能力を利用する立体的な移動と攻撃。
よそでは使ったことのないものだ。ヴァイにも予想外だったはず。
「やってくれたな貴様ァ……」
突っ込んだ先、家を壊してヴァイが歩み出てくる。
怒っているのがよくわかるが、傷などはどこにもない。
後頭部から攻撃を受けるなんて無様をしてしまったことに憤慨しているのだろう。
「ははっ、来いよォヴァイ!」
「刻んでやる!」
ヴァイの爪を紙一重で避ける。
しかし、その避け方がまずかった。
爪は避けたが、ヴァイの腕に生えた毛皮。それがカスッた部分から血が出ている。
そこには、縦に一筋、スパッと切れた皮膚。
「つくづく厄介だなっ!」
「力を込めれば、剣そのものにもなる!
ここまで操れるのは俺様くらいだ!」
時には爪が、時には剣の毛皮に包まれた足が、上下左右あらゆる方向から襲いくる。
休みなく、間断なく、躊躇なく、遠慮なく。
爪は同じく爪で受けた後、滑らせるように動かして毛皮までをも受け流す。
剣の毛皮での攻撃は無理に受けようとせず、大地を操り土で壁を作って防ぐ。
土壁が行動を阻害しないよう、必要となればすぐに崩して砂に戻す。
大地操作は防ぐだけじゃない。
時には地面を柔らかくしてヴァイの態勢を崩したり、足場を勢いよく弾ませて攻撃の威力と速度を上げたり、離脱に役立たせる。
対アキラ戦で使おうと思っていた技がどんどん使わされ、それを越えて攻撃が来る。
予想以上にヴァイは強く、それに引っ張られるように自分も強さの階段を駆け上がっていくのがわかる。
一瞬一瞬で、強くなっていくのがわかる。
自分の中に隠れていたものが、自分の奥底に沈んでいたものが、どんどん見つかっていく。
「ああ、楽しいなぁ!
すげぇ楽しいっ!!」
口元は歪んでいる。
今自分は笑っている。
アキラの一件で説教と折檻を受け、一応、無鉄砲に挑みかかることは減ったがある程度は改善したと思っていたがダメだ。
国民大会なのに。
最強決定戦なのに。
そんな些末な事情は頭のどこかに追いやられ、目の前の闘争のみに集中していた。
「なあ!オレをお飾りっていうんなら、おまえは王になったらどうするんだ!」
これが国民大会だと思いだし、ふと沸いた疑問。
殴り合いの最中なのに、いや、だからこそ聞いた。
「なんだ、譲る気になったのか!?」
「んなわけあるか!
ただ、いつも嫌味を言われるからな!おまえのなる王ってのがどんなもんか聞いてみたくてな!
こんなっ、ときでもない――とぉ!?聞けないだろ!?」
倒れ込むほどにのけぞり、突きを避ける。
ブリッジの態勢を作り、足の下の大地を跳ね上げさせて疑似的なバック転。その際、足が毛皮に当たらないよう広げて腕を回避。
しかし、土は盛り上がってヴァイの腕を上げさせるとともに追撃の道をふさぐ。
「王は最強だ!それ以上でも以下でも以外でもない!
『最強』――俺様が王だ!!」
「その最強になってどうすんだって言ってんだよ!?」
目の前のヴァイが力に――最強にこだわっていることは知っていた。
だから自分をお飾りと呼ぶのだと。
クマンのじいさんなら知ってるかと思い聞いてみたが、勝つことに集中しろと言って教えてくれなかった。
その答えは。
「――――同族ともよべない惰弱な獣人を潰すのもいいし、人間どもを殺し尽くしてもいい。
いろいろとしたいことはあるが……すべては最強の名を得てからだッ!!」
「……本気で、言っているのか?」
思わず手を止め、聞きかえす。
ヴァイは両手を広げ、全国民に語りかけるように吐露し始めた。
「なぁ、気づかないのか?獣人の質が落ちていることに。
それとも見て見ぬふりをしているのか?
人間が本選に残っていることがいい証拠だろう?」
「あいつは……」
「それだけじゃない。本選出場者も、年々弱くなっていくばかりだろうが。
政治をあのジジイが仕切るようになってから、少しずつ弱くなっている。知力を重視し、戦闘力を軽んじた結果だ。これからは知力の時代などと世迷言を抜かすから、国全体が弱くなっていくんだよ」
吐き捨てるように告げた。
「獣人に弱者は不要だ!
人間如きに頭を下げて頼む者、びくびくと怯え機嫌をうかがう者、あげく捕えられ奴隷にされる者!
そんな者が多すぎる!そんなやつら、この国にはいらない!!」
「…………そうか。
なら、おまえには絶対に負けられなくなった」
勝敗は二の次でよかった。
戦いがあまりに楽しくて楽しくて、それだけでよかった。
この国の王は最強がなるべき。
その最強が自分ではなくとも、王の力によって国民が幸せになるのならばそれでいい。
そう思っていた。
だから、たとえ負けてもヴァイが――最強が王になるだけのこと。
ヴァイの下、この国が笑顔であふれればそれでいい。
――――そう、思っていた。
ヴァイもこの国の一員なら、王となって積極的に国民に害をなすなどとは思いも寄らなかったから。
なのに、いらない?
強くなければ、惰弱と蔑み、不要と切り捨てるのか?
たとえ、国民だろうと。弱い、ただそれだけで?
いや、本当に非国民として切り捨てるのか、それとも過酷な訓練を課すのかはわからない。
あいつの性格上、おそらく……悪い方だろう。
そんなのは、王じゃない。
クマンのじじいにずっと言われてきた。
王の役割。
王の器。
戦闘力以外の力の重要性。
言われたことの大半はよくわからない。
でも、大事なことはわかっている。
今も、覚えている。
父の――――亡き前王の言葉とその背中を。
「『――――最強の王はなによりもまず、この国のために。
国民を幸せにするために全力を振るう者。
それが、王だ――――』だろ?
わかってるよ、親父……」
それだけでいい。
大事なことはたった一つ、わかりやすければそれでいい。
この手は二つしかない。
大事なものを守るには、一つを大切に包み込むしかない。
片手では、いつ零れ落ちてしまうかわからない。
だから、なによりも大切な『一』を見つけなければならない。
――――ただ王はその『一』が大きいだけ。
「おまえに王は任せられない!
おまえには絶対に負けられない!!」
「力で屈服させるか……。それもいいだろう。
この国は力がすべて!
勝者がなにもかもを手に入れる!!」
力こそ全て。
だが、ヴァイの言う力とは、戦闘力のみをさす。
戦闘力を持つ国民しか認めていない。
そんな考えは、それこそ認められない。
「おまえの信念――――折らせてもらうッ!!」
「最強の座――――奪わせてもらうぞッ!!」