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『勇者』の反逆  作者: 本場匠
2章:獣王国家ムジン編
30/46

9:要請

「頼む!おぬしの力を貸してはくれんか!?」



 宿に帰ると、湿気で毛が~とか抜かしていたくせして出掛けてしまったらしくリースやマナがいなかった。

 だから、広い三人部屋を一人で占領し、今日は思う存分ゴロゴロしようと思っていたのに。


 急に白髪まじりのじいさんやってきて、目の前で頭を下げている。


 なにこの状況。


 実はこのじいさん、知らない人ではない。

 入国当日、イチを追いかけていたお目付け役らしき人だ。


 なんと、お目付け役兼この国の知力トップに君臨する宰相クマン=ベールさんその人である。


 まだまだ元気にイチを追いかけ捕まえ教育するクマンさん。

 かなり歳のはずなのに、動けるじいさんである。

 見た目は40代後半くらいだが、獣人は身体的ピーク期を長く維持するため20後半からあまり老化が現れなくなってくる。じいさんのようにいつまでも老化しないわけじゃないが。

 もちろん、種族で寿命やピークの長さに差はあるが、獣人全体を通してそういうものだ。

 なんの種族かはわからないが、長く続くピーク期を超えたこの見た目からして、年齢的には40代どころかもっと上のはずだ。


「あー…………」


『急にやってきてなんの用?』なんて聞きたくない。が、聞かないと始まらない。

 こうして、年上に頭を下げられたままなのは相当居心地が悪いな……。

 これが敵なら年齢関係なく、下げられた頭に踵落としを決める一択なんだが。


(どうすっかなぁ……)


 敵は殺せばいい。

 しかし、敵でも仲間でもない『どうでもいい他人』は守る理由など当然ないが、わざわざ殺そうとする理由もない。

 ああ、ペルヴィアの一般兵どもは『どうでもいい他人』ではなく、『片棒を担ぎ見て見ぬふりをする共犯者』の認識なので。


 ふと、すでに果たした復讐を思い出して、意図せず微かに殺気が漏れる。


「――――っ!?」


 おかげでクマンじいさんが反射的に身構えてしまった。

 ひらひらと手を振り、なんでもないとアピール。


(ふぅ……、復讐を終えて心に余裕ができたと思っていたんだけど。……落ち着けオレ)


 敵は殺せばいい、とは物騒な考えだが、おそらくリースの説教となんら矛盾しない。

 リースが言ったのは行き当たりばったりの、『不利益』な殺生をやめろということ。

 怒りに身を任せて敵でないものまで敵に回しかねない行動を、沸騰しやすい頭を諌められた。


 しかし、相手が敵なら、それは『不利益』でも、ましてや『無益』でもない。


 敵が減る。

 それは確かな『利益』だからだ。


(うーん、さすがに一国の宰相であるこのじいさんを理由なく殺すのは『不利益』だな)


 そう判断し、アキラは方針を決めた。


「…………じいさん。話は聞くだけ聞く。だが、頼みとやらを受けるかどうかは別問題だ。それでいいか?」


 敬語は使わない。

 こっちは頼まれる立場――――厄介事を持ち込まれる立場だ。

 下手に出ればつけあがる。


 クマンじいさんは無礼な態度を気にした風もなく頷き、話し始めた。



「最近、民の間に広がっている噂を、知っておるか?」


「ああ、『王が人間ごときに引き分けた』ってやつか?」


 そういうと、クマンじいさんは苦虫をかみつぶしたような顔になった。


「…………その噂のせいで、王の持つ『最強』の名と実が崩れかかっておる。

 『最強』という名の抑止力がな」


「『最強』の抑止力、ね……」



「ムジンは力の国。

 故にその王は『最強』。

 ――――相手がどのような強者でも、いや、だからこそ、王は負けてはならない」



 この国の王は政治をほとんど行わない。

 政治は宰相ら知力の高い連中が担っている。

 王はただ敵に打ち勝つのみ。その威光でもって平和を保つ。

 王は力の象徴であり、勝利の体現者であり、民衆の守護者なのだ。


「その王が引き分けたと言うだけでもまずいのだが、相手が人間だったのが拍車をかけたのだよ」


「人間だから余計にって?

 まさか獣人の誇りだとか言わないよな?」


「獣人の誇り、か……。

 腕力がすべてに勝るなどと言う戯けた誇りを声高に主張するのは、若造や頭の固い者、それと腕力だけの者だよ。儂はいきがるには歳をとりすぎたのでな」


 辛辣な言葉を語る中で、一瞬だけ、クマンじいさんが暗く、黒い顔をのぞかせた。

 腕力ではない力、知力である彼には思うところがあるのだろう。

 宰相として国を憂いているだけではない、個人的な感情が垣間見えた。


「じゃあ、あんたはなにが拍車をかけてまずいなんて思うんだ?」


「――――人間が根っからの侵略者だからだよ。

 魔族は居心地のいい(まりょくのおおい)領土に引きこもる。

 獣人はそれぞれの縄張りの中で過ごす。

 エルフは祖先の土地を守り、引き継ぐ。

 この世界の中で、人間だけがあくなき欲望を持ち、領土を広げんと侵略を繰り返す種族ではないか。

 なにを隠そう、この国ができたのも獣人たちが人間に追いやられた結果、身を寄せ合ったことからだ」


「……人間たちが、攻めてくるってか?

 『最強』の抑止力が薄れたから?」


 問いかけに、クマンじいさんは首を横に振る。


「その可能性は低い。

 西側の国はペルヴィアの『整理』にかかりきり、東は魔族の国でわざわざ自国よりも土地に魔力が満ち満ちていないこの国を攻める必要はない」


 ペルヴィア周辺各国はペルヴィアだった土地を属国化した。

 旧ペルヴィアに攻め込むこと自体は簡単に終わったが、しかし、『帝国』や『城塞都市』など、複数の国が旧ペルヴィア支配に乗り出したことで揉めに揉めている。

 攻め入ったどさくさで資源や鉱脈をこぞって取り合い、今は旧ペルヴィアをどこが正式に支配するのかを決めている段階。

 そして、それが決まってから旧ペルヴィアの治安維持や戦略拠点とするための砦の建設、軍備を整える。

 それらが終わって、ようやくムジンに攻め入るかどうかを決める段階になるだろう。


 数年後、数十年後のことで、侵略自体もあるかどうかわからない。


 それを聞いて。


「回りくどいな。じゃあ、なにが問題だってんだよ」


「獣人は人間に侵略された過去があり、それを忘れた者はおらん。

 だれもが子に言い聞かせておる。

 そんな人間と引き分けに持ち込まれた王。

 これでは、侵略者から民を守れないと言うようなものではないか」


「あ……」


「王には外からの侵略を一人ではねのける『実力』など必要ない。

 戦争は多数で行うものなのだからな。一人の力など高が知れる。 

 そう、真の問題とは、王の力を疑い、外ではなく内によからぬ動きが出てくることよ」


「…………クーデター、か?」


 『最強』の抑止力はなにも外だけに向けられたものじゃない。

 国民が抱く、『最強』がいるという安心感。

 さらに、少々の不満も、自らを庇護する王の前には薄れてしまう。ただでさえ、獣人社会は実力主義の縦社会だ。 


 『最強』の名は不安や不満といった内乱の種に対する抑止力でもある。


「抑止力が薄れたことで、たとえ外から侵略がなくとも、内で不安は募っていく。

 今の王でいいのかと。守ってもらえるのかと。上に立たせていいのかと。

 そして、いつしか思う。『ならば、新しい王を』とな。

 今、そうした内乱の種が育ち続けておる」


 すでに、芽は出ている。

 急速に広まった噂や王の最強を疑う民衆の声という形で。


「だが、解決は簡単じゃないか。

 その内乱の芽も『イチ=王が人間に引き分けた。だから、イチは王にふさわしくない』って話なんだろ?

 なら、イチ以外が王になればいい。

 国民大会だっけ?それ開いて優勝者を王にすればいいだけだろうが」


 必要なのは『最強』。

 内外の抑止力となり、守護者になりえる者ならば、だれだってかまわないはずだ。

 国で最強を決める大会ならば、ぴったりじゃないか。

 そもそも、大会は王の力を国の内外に知らしめるためのものなのだから。


 そう言われたクマンじいさんは、重いため息をついた。


「その、優勝にもっとも近い者がまともならば……それでもよかったのだろうな」


「なに?」


「イチと比肩する強さを持つ優勝候補の名は、ヴァイ=ニフターツといってな。

 腕力至上主義の塊のようなやつで、戦闘力と権力をイコールで結び、自らの上に立つ者を認めず弱い者を蔑む男なのだ。

 イチのようにある程度でも戦闘力以外の力を認める器を持たない――――俗物よ」


 クマンじいさんは嫌悪の色を隠しもしないで、吐き捨てるように言う。

 宰相と言う立場にあるこの人がそこまで言うとは……相当なんだな。


「あやつは王牙虎と並び称される剣狼族の者でな。その身体は――特に体毛は剣のように鋭く硬い。

 そのような高名な一族に生まれ、ちやほやされて育った。

 あやつが欲しがっているのは『最強』の座、皆の上に立つことだけなのだ」


 それが王になれば――――暴君となる。

 そうつぶやいたクマンじいさんは最悪の未来を想像したのか、小さく身を震わせた。


「そこで、おぬしへ頼みたいのだ。

 国民大会でイチが奴を打倒する手助けをし、その後はイチに負けてほしい」


 八百長かよ……。

 イチがヴァイとかいうやつに勝った上、オレにも勝つ。

 そうやって噂を完全に払しょくさせるわけか。


「…………報酬は?」


 正直、依頼を受けるメリットはあるが、それをわざわざ教えてやる気もただで受けてやる気もない。


「言い値で用意する。口止めも兼ねてな」


「いや、金には困ってないから物がいい。

 たとえば……国に伝わる秘伝書、とかな」


「――――なっ!?どこでそれを!?」


「お、その反応。本当にあるのか……。カマかけて正解だな」


 いつか聞いたお姉さんの噂だが、マジか。デマばっかりじゃなかったんだな……。

 彼女曰く、過去に人間から侵略された時の反省と、次のための予防策が書き記されてるとかなんとか。


「くっ、ガラにもなく焦ってしまったわぃ……。知っていてもおかしくない雰囲気に騙されたか」


「それで、どうなんだ?」


 クマンじいさんは長い沈黙の後、ようやく口を開いた。


「………………閲覧だけならば。成功報酬として、許可しよう……」


「ま、読んだら終わりな物だからな。

 なら、前払いとして、ムジン特産の物か情報をもらいたい」


「わかった。では、受けてくれるか……?」


「少し考えさせてくれ。今すぐに答えは出せない。

 前払いの報酬がなにかも決めてないからな」


 飛びついたら足元を見られるし、痛くもない腹を探られるかもしれない。

 宰相って存在はどんなにいい人っぽくても、腹黒がデフォだからな。


「ここまで決めておいて保留なのか……。まあ、断られないだけ良しとしよう。

 再来週、国民大会が開かれる。先払い分の用意もあるのでな、来週までには依頼を受けるかどうかを決めてくれるとありがたい。

 色よい返事を期待しているよ」


 こちらの返事に微かに落胆の色をうかがわせたが、クマンじいさんは静かに立ち上がって一礼してから部屋を後にした。


 ============


(保留、か。断るようならばまだいいが、ヴァイ側につかれでもすれば――――。

 最悪、脅すしかないかもしれぬな。

 来週までには、その材料を得なければ)


 クマンは大通りを歩きながら、アキラに依頼を受けさせる算段をつけはじめた。


 ============



 一人になった部屋で、ベッドに寝転がりぼんやりと天井を見つめる。


 デメリットは国のごたごたに関わることとそれに伴うエトセトラ。

 メリットは公式戦でイチに負けること。一国の宰相に恩を売れること。秘伝書。


 公式戦で負けること。これは大きい。

 今はまだ、『王と引き分けた人間=オレ』という図式が広まっていないが、センワという目撃者や金メダルもあることだし、いつかはバレる。

 『最強』と名高い国の王に引き分けたなんて事実、気ままに生きたいオレには百害あって一利なしだ。

 噂の払しょくのため、王と引き分ける程度の力は見せなければならないが、そこはそれなりで十分。

 やっぱり王が強かったんだ、と思わせるレベルに抑えればいい。


 まあ、王族への協力ってのも引っかかるが、イチはあいつらとは違う。

 門では王族からの命令ってだけでキレてしまったが、その後も付き合うと嫌でも思い知らされたことがある。


 イチは傲慢じゃなくバカなのだ。それと戦い大好きなだけ。

 実際、命令されるのは嫌いだっつったら、謝った。

 たとえ頼む態度だろうと「野球しようぜー」ぐらいのノリで模擬戦を挑んてくるのはいただけないが。



「リースが帰ってきたら話し合おうかね」


 アキラが結論付けた、その時。


 ドガッ!!

 轟音と共に視界の左から右へ扉が吹っ飛んでいった。


「おい人間。話は聞いていた。

 クマンのクソジジィからの依頼は断れ」


 ドアを吹っ飛ばしたそいつは何事もなかったかのように室内に入ってきて、告げた。

 三角のふさふさ耳をピンと立て、長い銀髪を揺らす目つきの悪い男。



 その姿や態度、言葉から目の前のクソがだれなのか理解する。


「てめぇ……ヴァイ=ニフターツか?」


「ふん、下等な人間如きが気安く呼ぶな」


「――――――っ」


 ぞわっ。

 アキラのまとう雰囲気が険しいものへと変わっていく。

 ヴァイの傲慢な態度が、アキラの神経を逆撫でしたのだ。


「キサマがお飾り王と引き分けた人間か。

 ふん、あのお飾りがザコなのはわかっていたが、まさかその程度とは。

 あげく、共闘を頼むなど……。クソジジィの独断かもしれんが、どちらにせよ獣人の誇りがかけらもないクズ共だな」


「…………」


「汚らしい人間とお飾り、二匹も相手にするのは面倒だ。

 今断れば、高貴な俺様の手間が減らす義務を果たせると同時に、キサマは命を拾える。

 最高だろう?

 ほら、さっさとクソジジィのところへ依頼を断りに行け愚図が」


 ――――プツン!


「ああ――――」


「そうか。人間にしては賢明な判断――」


「――――クマンじいさんの依頼を受ける」


「……ほぅ、死にたいのか?」



「はっ、やってみろや犬っころ。

 全国民の前で無様に潰して、しつけてやるよ」


「犬、だとっ……!?

 剣狼族の俺様を、犬扱いしたな……っ!

 いいだろう、大会で俺様がキサマを下し、鎖につないで引き回してやる!」



 そして、どちらからともなく。

 お互いに相手を射殺さんばかりに睨みつけ。


「「国民大会、覚悟していろ!」」


 二人の間ではバチバチと火花が散り、まさに一触即発の空気を醸しだす。

 国民大会を待たず、隙を見せれば今すぐにでも目の前のやつに殴りかかりそうなほどに。



 そんな中。


「――――では、これより一切の私闘を禁止する!!」



「うおっ!?」

「だれだっ!?」


 突如部屋中に響いた声が、殺気だった雰囲気を霧散させた。

 声の主――リースは凛と仁王立ちし、威厳を見せつけている。


 その姿はまさに王者の風格、という表現がふさわしい。

 …………となりでちょこんと裾を掴んでいるマナを見なければ。


「双方、本番の時まで各自研鑽に励むがいい!」


「貴様ッ……、いきなりやってきて何様のつもりだ?」


 アキラは見知った顔に警戒を解いたが、ヴァイは違う。

 上からなリースの態度に腹を立てていた。

 リースもヴァイの無礼な態度に眉をひそめる。


「二度も言わせるな小童が」


「……身の程を思い知らせてやろうかメス?」


「はっ、相手の力量すらも読み取れぬ愚か者がなにを言うか」


 ゴゴゴゴゴ!

 オレはいつしか蚊帳の外に追いやられ、なんだか二人で盛り上がっておられます。


 とりあえず殺気に怯えるマナを背後に隠して、と。


「やめろリース。オレの獲物をとるな」


「むぅ、そうか……。アキラが言うなら我慢しよう」


 しぶしぶ、といった体でリースがにらみ合いをやめる。

 よくできましたと頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。


「待て。そのメスには俺様を愚か者と言った罪を償わせてやる。

 人間、キサマもだ。手下の手綱も握れんのか」


「へ~、大会で勝てる自信がないのか?

 それについさっき『大会で』っつったばかりなのに前言撤回とは、器がちいせぇ」


「…………そのふざけた挑発、乗ってやろう。

 大会でなければ勝る自信がない人間が」


 ヴァイは挑発を返し、くるりと反転。

 吹っ飛ばしたドアを踏みつけ、去り際に「覚悟していろ」とのたまって去って行った。



 とりあえず、ドアを修復した後、リースに向き直る。



「……で、リース。いつからいたんだ?

 計ったようなタイミングで現れたよな?」


「クマンとかいうのが来た時からずっと外で聞き耳を立てておったのじゃっ!」


 どうだ参ったかー!と胸をはるリース。


 いったいどこに威張れる要素があったのだろうか。


「最初からかよ!?

 聞いてたなら、もう言っちまうが……、オレは参加するぞ?」


「アキラ、そう不安そうな顔をするな。怒ったりなんぞせぬ」


「あ、そ、そう?」


 元から受けようとは思っていたが、思い返せば傍から見ると衝動的に決めたように映る展開だった。

 だから、また説教されるかとも思ったのだが。


「怒るな、とは言わんよ。

 身体も大事だが、心も大事じゃ。貶められたのであればむしろ怒らなければならん。

 我が言いたかったのは、どこかのバカのごとく、無鉄砲にはなるなということでな」


 怒りに駆られ、衝動に呑まれなければ、怒ることは悪くない。

 リースはそう補足した。


「それにじゃ、勘違いするでないぞ。

 我はおぬしを大事に飼いたいのではない。共に生きたいのじゃ。

 死なないと誓えるのならば好きにせよ。

 ほれ、今回の大会は殺し合いではないのだろ?

 まあ、八百長はどうかと思うが……、アキラが決めたのならば我は何も言わんさ」


 それに我もあの犬っころは気に食わん、と。

 リースとしては同じ狼だからこそ、あいつが気に入らないようだ。

 狼の風上にも置けん、犬以下だと憤る。


「そっかこれで心置きなく参加できるな」


「そうだそうだ。全力であの犬に身の程と言うものを教えてやれ」


「全力、ねぇ……」


「どうかしたのか?」


「私闘ならともかく大会では素の顔さらして派手なことはできないんだよな。

 噂の払しょくのためにゃ、それなりには強くないとだめなんだけど、それは王以下レベルでだ。

 弱さを知らしめるためなのに、この国有数らしい犬を一方的にボコったら本末転倒なわけで」


「犬は一方的に殴ってボロ雑巾にしたいが、それができる強さは隠したいと?

 つまり、アキラは勇者とバレないか不安なわけか?」


「まあ、な。勇者云々って言うより、すごく強いと思われたくない」


 とくに国を挙げての大会らしいし、他国からの見物もある。強引な勧誘(ゆうかい)なんかもあるかもしれない。


「あれだ、顔を変化させる魔法はどうなのだ?」


「ギルドのお姉さんや、クマンのじいさん、イチやセンワに犬っころはオレの素顔を知ってる。

 もしもバレれば……、いや、むしろ変装の魔法が使えると知られるのが一番まずい。

 獣人だし、臭いでバレるとかもあるかもしれないしな」


 ≪仮面舞踏会(マスカレード)≫は存在が知られていないからこその魔法だ。

 顔が違うからこそ、大胆な真似も潜入なんかも可能になる。

 もしも変装できると知られれば、思わぬ方法で警戒され、見破られる可能性が高まる。 


 最悪、結び付けられる。

 規格外の魔法を使える『人間』がどういう存在なのか。


「ん、結びつく……?

 待てよ、認識阻害なら……?」


 ふと、閃きかけた案を練っていく。


 大会は≪仮面舞踏会(マスカレード)≫で変装し、偽名で参加。

 ギルドのお姉さんのような、素顔は知っているが強さを知らない人にはなにもしない。

 だが、すでに強いと知っている人物(イチ、センワ、じいさん、犬)には、『変装顔が素顔』に見えるように、そして他者と会話して齟齬が出ても変装と言う可能性に『気づけない』、『違和感をおぼえない』よう認識阻害をかける。


 行けるかもしれん。


「……おお、これで解決かな。

 犬っころを心置きなくボコれる。トドメはイチだけど。

 んじゃ、先払いの品はなにがいいか……。リースはなにかあるか?」


「ムジンと言えば、武器や防具だが……、アキラや我には必要ないか」


 ムジンは獣人の国だけあって、獣人の使用に耐えうる丈夫な武器防具が有名だ。

 しかし、一方で魔力の少ない獣人相手のため、魔法の品があまり多くない。

 初級程度のものを除けば、装備者の魔力をあまり使わない軽微の付加装飾品や魔力をこつこつ貯めておいていざという時に使える魔石、魔法防御力を上げる品などが売ってある程度でしかない。

 高価な魔法補助の杖や装備者の魔力を大量に使う強力な魔法具などはほとんど売られていないのだ。


「創れるからな~。

 だからこそ、これ!ってやつがないんだよ。

 物じゃなくて、マナの親とか、その一族の居場所でも聞いてみるか……。マナが望むなら保護を頼んでもいいし」


「ま、実際に働くアキラが決めるが良い」


「ん?リースはでないのか?」


「出ぬ」


「おろ、珍しいな。バトル大好きなリースが絶好の機会を棒に振るなんて」


「アキラと我がやり合えば辺り一面更地になりかねんしな。

 なにより、アキラの獲物をとるようなことはせんよ。さっき怒られてしまったからの」


「そんじゃ、あの犬コロはリースの分までボコしてくるよ」


「ふはは、アキラと戦うとは。あやつは災難じゃな」


 大会まで、あと二週間。

次回からはバトルが続きます。

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