3:聖剣と契約
謁見の間。
およそ、一生関わることはないと思っていた場所だった。
ゲームでよく見るような造りをしている。
奥行きのある広い部屋。高い天井。
玉座までまっすぐに赤い敷き布がしかれ、足元まで道が伸びている。
スフィアに導かれるように、玉座の前へ。
上と下を明確に区別する階段の下で、王からの視線が降り注ぐ。
「余が第36代ペルヴィア王、リード・ペルヴィアだ。
そなたが今代の勇者か?」
「……アキラ・トウジョウと申します」
厳かな声。
国を治める者、というフィルターがそれをより重くしている気がした。
さらに、部屋の端には騎士と貴族、っぽい人たちがずらっと並んでいるのだ。
放たれるあまたのプレッシャー。じろじろと見定めるような視線の数々。
ついさっきまで近くにいたスフィアは王族のいるべき場所へいってしまった。
今は王妃に兄妹姉妹らしき人の元にいる。
うう、心細い。
とりあえず、深呼吸して、と。
気持ちも切り替えて。
いろいろと聞かないとな。
「リード王。なにぶん、まだ召喚されたばかりで、よくわかりません。
勇者と言われても、いったいなにをすればいいのですか?」
「貴様!王に対して不敬であるぞ!」
あれー。自分にできる精一杯で、敬語とか使ってみたのだが、不満だったみたい。
「よい。来たばかりの勇者に言っても仕様があるまい」
なんだその言い方は。
どうして、そこまで上から物が言えるんだ。
来たんじゃねェよ。呼び出されたんだよ。無理矢理な!
――――とはさすがに言えない。
騎士に囲まれ、魔法もあるらしい世界の人たちを相手取るには丸腰だと無謀だ。
「いま、我が国を含め、この世界は窮地に陥っているのだ。
魔物が増え、土地は荒れ、人心もすさんで盗賊なども増える始末。
他国と戦争状態の国もある。
それらを解決するため、聖王国家と呼ばれる我がスペルヴィアは、代々勇者を召喚してきたのだ」
「なるほど……」
尻拭いをしろってことかよ……。
しかも、最悪戦争に巻き込まれるかもしれない……。
平和な国で育ったアキラにとって、それは恐ろしい未来予想図だった。
魔物相手ならまだわかる。
だが、人となると……。
今までの勇者も、そんな重荷を背負わされたのだろうか。
アキラの心情など気づかないのか、興味がないのか。
リード王は話を進めていく。
「そなたには、聖剣を与える。
それを用いて、我が国の力になってもらいたい」
そういうと、綺麗な服を着た人が歩み寄り、一振りの剣を差し出された。
受け取る気などさらさらなかったが、聖剣というワードに心をくすぐられてしまう。
――――その綺麗な剣を見て、強烈な衝動に襲われた。
持ちたい。
手に取りたい。
抜いて、美しい刀身を見たい。
その思考に疑問を挟む間もないほどに。
頭の中が目の前の剣にのみ、占領されていた。
まさに、魅入られていた。
おそるおそる、その剣を受け取り、右手でそれを抜いた。
――――抜いて、しまった。
しゃらん、という透明感のある美しい音。
そして。
「――――っなんだ!?」
突然、剣が光り輝く。
あまりの眩しさに目がくらむ。
本能的に鞘を持っていた左手を前にかざし、光りを遮る。
そして、ようやく光がはれた。
左手に持っていたはずの鞘も、右手に持っていたはずの抜き身の剣もない。
なにが起こったのかわからない。
剣を探し、右手を見ると、手首には金色の腕輪が付けられていた。
そして、混乱している自分をよそに、事態は急変していった。
「契約は完了した!
今代の勇者、アキラの誕生だ!!」
リード王が立ち上がり、大声でそう叫ぶ。
すると割れんばかりの歓声とともに、謁見の間に拍手が降り注いだ。
この場にいる、自分以外が。
だれもが手を叩き祝福している。
その光景は、恐怖を覚えるほどに空々しかった。
「そんなっ、契約!って? まだオレは勇者になるなんて――――!」
「ふん。わめくな。
≪腕輪よ、その力を持って契約を知らしめよ。コンライス≫」
リード王がオレを睨み、その手のひらを向ける。
そして、なにかを――――そう、それはまさしく呪文のようなモノを告げた。
「ぎ、ぐぁあああ!?」
痛い、痛い、なんだこれは!
本能のままに、痛みを訴える右手首を――――そこにある腕輪を抑える。
その腕輪は淡く光を放っていて、痛みの原因はこれだと、確信した。
その光が緩やかにおさまっていく。
と同時に、感じる激痛も少しずつ弱くなっていった。
「はあっ、あぐっ……
んだよ、これ……」
わからない。
これはなんだ。
どうしてこうなった。
魔法?でもなんのために?
「わかったか。
もはや契約はなされた。
我が国のために働け」
告げられるのはもはや先程のような依頼ではなく、明らかな命令口調。
王の、こちらを見る目は明らかに侮蔑を含んでいて。
それはまるで。――を見る目。
「――――――勇者という名の奴隷よ」
その言葉を理解すると同時に。
オレは痛みに耐えきれず、意識を手放した。