8:暗雲
誤字修正
ムジン入国から早1ヶ月。
アキラは“なぶり殺し”ができるようになった!
てれれてってれー。
レベルアップの過程はこうだ。
レッスン①「手加減を覚えよう!」
毎朝、リースを相手に模擬戦。たまに乱入してきたイチやセンワをボコる。
ある程度、手加減が身について来たら、次へ。
レッスン②「きっちり半殺せ!」
侮ってくるバカや金メダルに決闘を挑んでくる猛者を“きっちり”半殺しにしよう!
それができるようになったら、直前にリースが指示した割合できっちりボコる。
これは難しかったなぁ……。
最後らへんになると「右足の打撲、全治1週間」なんて指示が出る。
失敗した時の罰ゲームなんか思い出すだけでもう……っがっがががががg!!あーっ!やめっ!そんな、無理だろ!?ぎゃあああ!!
閑話休題、そしてそれに伴う状態異常リセットォ!!
つまり、「勇者」アキラはレベルアップした。
スキル“なぶり殺し”を覚えた。
ようは、大火力による一方的殲滅だけでなく、生かさず殺さず狂わせずの三重苦攻撃をできるようになったわけだ。
力の把握のためだったのに…………なんか鬼畜だな。
レベルアップは不思議がいっぱいだ。
しかし、経験値はそれだけで稼いだわけじゃない。
そんな生活を続けて入ればストレスが溜まるので、定期的にストレス解消を兼ねてギルドの依頼を受けていた。
ゴブリンの群れ→一斉焼却。
オーク→瞬間冷凍。
ジャッカル→餌付け。(リースを見た瞬間にひれ伏したため。その後、奴らは逃げていった)
ジャイアントキャタピラ(でっかい芋虫モンスター)→あまりのキモさに錯乱、気づけば大地がごっそり削れていた(後で怒られた。地面はきちんと魔法で均しておいた)。
そんな風に、ギルドの依頼をほどほどにこなして、ランクがようやくDになった。
Dランクなんて大したことないと思われるかもしれないが、ランクが急に上がっては目をつけられると思い、控えめにした結果だ。
それなりにギルド内でも顔を覚えてもらったオレは、リースから合格印をもらってからというもの、3日に1回はギルドに通い、依頼を受けたり情報収集を行っている。
ギルド会館二階のメシ屋兼バーや仲良くなったギルド職員からはいろいろな情報が得られる。
そして、今日も今日とて、ギルドへ。
しかし、一人だ。リースは留守番。
なんでも、今日は先日の雨の影響で、毛がべたつくので出たくないんだと。わがままな。
「こんちはー、今日も来たぜー」
「あ、アキラさんアキラさん。知ってます?
最近、いろいろときな臭いことになってきてますよ?」
受ける依頼を相談しようとすると、いつもの受付さん、狐耳をピンと立てたくせっ毛お姉さんが気になること告げてきた。
彼女は初依頼からの付き合いだ。とてもフレンドリーな人で、かなりのうわさ好き。
何度もお世話になった今では、気軽にお話しする仲なのだ。
「え、きな臭いって、なにが?」
「噂なんですけどね、この国の上の方が少しごたごたしてきそうなんですって」
「はぁ……」
「む、なんですかその反応は」
彼女は軽く頬を膨らませ、不満ですよー、とあからさまに表現した。
つついてぷすーってさせてやろうか。そんな度胸はないけど。
「この前も職員の不倫ーとか、王家秘伝の書があるーだとか、略奪愛のドロドロがーとか言ってましたけどガセだったじゃないすか」
「あ、あれは……ほら、ね!?」
「ねって言われても……」
「今度はホントなの!
いいから聞いて!」
図星をさされて焦った上に、子どものようにぷりぷり怒る彼女。本当に年上なのだろうか。
「はいはい。わかりましたよー。で、ごたごたって?」
彼女は、ここだけの話なんだけどね、と前置きして耳に口を寄せてきた。
「なんでもね、王様の力を疑問視する人たちがいるみたいなのよ。
ほら、今の王様って亡くなった前王の後を継いで短いじゃない?」
「じゃないって聞かれても……。知らないけど」
「短いのよ!だからってわけじゃないけど、若い現王は暫定みたいなところがあって認めていない国民もいるらしいの。
まだ最強を決める国民大会前だから余計にねー」
力を示せていないから、とお姉さんは苦笑する。
アキラはイチのことを思い出し、確かに王と言うには若く、そして無鉄砲だったと思う。
かなり強かったが。
「それに、人間に引き分けたって噂が立って、認めないって声が大きくなってきてるらしいのよ」
「あはは……」
心当たりのあるすぎるアキラとしては、力なく笑うことしかできない。
実際の戦闘を見ていたのは戦った二人を除いて、センワやリースたちだけ。
アキラの規格外な強さなどは考慮されず、ただただ「人間と引き分け」という事実が急速に広まっているんだろう。
「今度の国民大会で力を示せなかったら、王を辞めさせられるかも知れないって話だよ」
「そんなことになってるのか……。
しっかし、この国にくる前にも思ったけど、よく国として成り立つよなー。
力至上って、そんなんで国を回せるわけ?」
「腕力だけがすべてじゃないからねー。
きちんと力の種類で分担してるんだよ?
王は他国から責められても最強の名と実力でそれを排除する役割。
でも、宰相さんとか、腕力が必要ない役職には知力を基準に選ばれるんだよ。
まあ、そういう人たちは腕に自信がないって揶揄されることもあるらしいけどねー」
獣人社会は、やはり戦闘力が重要視される。
だれもが『力』に誇りを持ち、憧れを抱く。
「なるほど。王が最強ってのは象徴と威圧も兼ねてる。
そんで、その分、腕力以外の頭脳自慢は肩身の狭い思いをしてる、と」
「まー、ぶっちゃけちゃうとそうだよ」
アキラの穿った意見に、お姉さんは苦笑する。
彼女も獣人として肩身の狭い思いをした一員なのかもしれない。
「でも、獣人社会は腕力重視っていうのは子どものころから教えられてるものだから、そうそう不満は表にでないの。
知力が高いからって、必ずしも腕力で劣るわけでもないしね。両方兼ね備えた人は大勢いるのよ?
例えば、あの有名なキザン様とかもうね!彼はもうすごくて、なにがすごいって――――」
お姉さんは具体名をあげながら、ミーハーなファンのように鼻息を荒く語りだす。
そんな彼女の勢いに押されてそうになるが、このまま聞かされ続けてはたまらない。
本気で日が暮れてしまう。
三十六計逃げるに如かず!
「なるほど分かった!今日は依頼はいいんで、もう帰るから!」
「えぇー、まだ話し足りないのにー!?」
話しを遮られ、ぷくーっとむくれる彼女を放って足早に逃げ出した。
「しかし、きな臭く、ね……。
噂が本当に化ける前に、国を出ちまうか……?」
アキラはとりあえずリースと相談しようと心に決め、宿へと向かう。
その決意が、もはや手遅れだと分かるのはこれからすぐ後のことだった。