7:気づかされること
視線が痛い……。
ようやく国内に入れたと思ったら、視線がチクチク突き刺さってくる。
壁の外からドッカンドッカン聞こえてくるぜ。
↓
おっ、国王と一緒にだれか入ってきた?まさか国王とやってたのか?
↓
金メダル?王に認められるほどなのか?
↓
戦いてぇな、オレも。
ぜったいこんな感じだと確信してる。
もっと「人間め!」という敵意あふれた視線が来ることを予想していたのだが、人間のくせに中々やるじゃねぇか的な視線がけっこう多い。
まあ、中には否定的な意見を漏らす声も聞こえる。人になにかされたことがあるのだろう。
オレに危害を加えなければどうでもいいけど。
そんなじろじろ見られることより大きな問題がある。
あまたの視線の中で寒気がするほど痛い一つの視線。
「…………………………」
隣を歩くリースである。
引き分けて、気絶したオレを膝枕(!?)までして介抱してくれていたのに、目覚めた瞬間ぽーいされた。
投げられ、痛みに悶絶するオレを見て爆笑することもなく、ただただ冷ややかな視線をくれた。
その後も、イチが「なんだよおまえやるじゃねぇかヘタレっぽいのによ!またやろうぜ!!」とか、センワが「おまえ!地形を変えるな!あと国王様から挑んだとはいえやりすぎだ!手加減するのは認められんが、やりすぎだ!!」とか言っている間も、じと目で睨まれていた。
とりあえず、センワにはいったいどうすればよかったのか小一時間話し合いたいところだが、そんなことは今はどうでもいい。
問題は、今この瞬間もプレッシャーを増していくリースである。
(しっかし、この眼。クピッグ商会を無計画に潰しちゃったときと同じだ……。
説教される……。ぜったい怒られる雰囲気だ……)
なぜだ。
悪いのは挑んできたイチでは?
むしろオレは頑張った方じゃね?
そんな風に、自己弁護していると。
「なあアキラ、おまえ今日どこに泊まるんだ?」
戦闘後、急にフレンドリーになりやがったイチが尋ねてきた。
オレの肉体的精神的疲労の何割かはこいつのせいなのに、と睨んでみる。
だが、イチは気づいていないのか、意図的に無視しているのか、なれなれしく肩を叩いてくるばかり。
「はあ~、まだ決まってないな。そもそも、だれかさんのせいでさっきようやく入れたばっかりだしよ」
「じゃあ、オレんとこ来いよ!」
「は?」
「おまえが来ればいつでも戦えるからな!やっぱ決着つけないと気がすまねぇじゃん!」
「悪いが、それは遠慮してもらおう。
アキラにはいろいろ言いたいこともあるのでな……」
「なんでアキラじゃなくておまえが決めるん――――」
ギロッ!!
リースに口答えしようとしたイチへ、人も殺せるレベルの睨みが発せられる。
「お、おおぅ、わかった」
傍若無人を絵にかいたようなイチが退いた!?
リース超怖ぇ!
「…………アキラ、なにか思ったか?」
「ごめんなさい!」
ひいぃ!?考えることも許されない!?
「おいアキラ。なんでこいつこんなに怒ってるんだ」
「分からん……」
男二人ひそひそと話し合いながら、やはり女には勝てないのだと思い知らされていると、遠くから「こりゃぁああああああああああああ!」と叫びつつ走ってくる人影が。
それを見たイチがすぐさま反応した。
「やべっ、じじいが来た!そんじゃアキラ、またな!」
「あ、おいっ!」
イチがさっと身をひるがえし、迫ってくる人影から逃げていく。
やめて!この場に置いていかないでくれ!
マナじゃ助けにも盾にもならないから!
しかし無情にも、イチは走り去ってしまう。
「そこの!あの悪ガキはどこへ行った!?」
そこへ走ってきた人影――――正体は少し白髪の混じったじいさんだった。
雰囲気的に、イチのお目付け役みたいな人のようだ。
「王ならば、あっちじゃ」
「そうか!ではな!」
彼は礼を言うと、リースが指さした方向へ「むぁてえええええ」と駆けていく。
そして、王がいなくなったことで民衆のほとんどは解散。
通行人がちらちらオレのことを見てくるくらいに落ち着いたのはいい。
嬉しいことだ。
その代わり。
「…………………………」
「…………………………」
オレが会話する相手がいなくなった。
いなくなって気づく、うざったかったイチの大事さ。
「?」
マナが雰囲気がおかしいと感じたのか、小首をかしげてオレを見上げる。
その頭を、きっと大丈夫だといいなぁ、と願望を込めてなでてやった。
「さて、アキラ。宿を取りに行こうか」
「はいぃ!」
なぜかリースの圧力が増したぁ!
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無言の宿探しをやっとの思いで乗り越え、三人部屋を取り、部屋の中へ。
お金は十分にあるので、それなりに高級な宿である。
早速ベッドに飛び込んでふっかふかだー、といきたかったのだが、リースの眼が許してくれなかった。
「そこへ座れ」
リースの指の先……床である。
とても逆らえず、いそいそと床に正座した。
「あの、リース……さん?
なぜそのようにお怒りなのでございましょうか」
ベッドに腰掛けるリースを見上げ、びくびくしながら尋ねた。
マナはそんな二人をぼんやり眺めているだけ。
「わかっておらんのか?」
「…………はい」
怖い。ほんとに怖い。
今の彼女には「ごごごごごご!!」という擬音がピッタリだ。
「では、言わせてもらおう。
まず、王と戦うのはいい。挑まれたのだし、そうしなければ入国できなかった」
「そうだろ?イチが――」
「だが!
あの中途半端な戦いには言いたいことが多々ある」
反論は遮られる。
それでも、中途半端という言葉に納得できなかったオレは食ってかかった。
「オレは真面目にやっただろ!」
「やろうと思えば一瞬で決着はついたはずじゃ。
我に放った、あの天地開闢とかいう技を使えばな」
「あんなのオーバーキルすぎて使えるわけがないだろ」
「掠らせるだけでいい。それなら死にはせん。
他にも、我の体力を削り身をむしばんだあの黒い炎を使うなどできるじゃろ。
魔法抵抗力の低い獣人にはてき面じゃ」
リース戦で使った闇の炎。
傷をつけた部分から、じわじわと広がる毒の炎。
相手が負けを認めれば、それを解除するだけでいい。死にはしない。
「我がそうしなかった理由を当ててやろうか。
アキラ、おぬし、相手の土俵で叩き潰そう、などと考えたじゃろう?」
「っ、それは――」
「図星か。そんなだから無様な結果になるのじゃ。
すなわち、出せる全力ではなく、自ら手段を限定した状態での全力。
制限が相手を殺さないための手加減ならばよい、手合せじゃからな。
しかしその実、慢心し、相手に勝つためではなく、跪かせようと戦い、結果が引き分け。
これを中途半端言わずなんという」
その通りだった。
魔法ではなく武器や肉弾戦を選び、相手が誇る速度を上回って、プライドごと叩き潰そうと考えた。
結果、そうとは気づかず枷をつけたくせに、引き分けに持ち込まされた。
それを無様と、中途半端な戦い方と言わずになんという、とリースは言外に告げる。
「アキラ。今回はいい。国王に余裕で勝っては面倒なことにしかならん。
肉弾戦では押され、魔武器に助けられ魔法を使って引き分け。
それなりに強いが魔法さえ使わせなければ勝てる、と思われておるはずじゃ」
「結果オーライ?」
「かもな。しかし、それとこれとは別じゃ。
今のうちに、中途半端な戦い方は改めよ」
死んでからでは遅いのだから、とリースは言った。
「今回のような手合せではなく、普通の戦闘――殺し合いでは、引き分けなぞ負けと同じ。
もし引き分けという言葉ではわかりにくいならはっきり言い換えてやろう。
――――相討ちとはすなわち死。ただの負けじゃ」
「そう、だな……」
たとえ相手を倒しても、自分が死ねばそれは負けだ。
殺し合いに引き分けは存在しない。
「……なあ、アキラ。我と出会ったときにも思ったのだが、おぬしはおかしい」
「そりゃ、勇者補正があるから……」
その言葉に、リースは首を横に振る。
「そこじゃないわ。つり合いが取れておらんと言っておる。
強大な力を扱う精神が未熟すぎる」
「…………」
元一般人に言われても、という言葉にはなんの意味もない。
召喚される前のことなど、この世界では通用しない。
それが分かっているから、アキラは口をつぐんだ。
「怒りに任せて商会をつぶす。
相手の土俵で倒そうと調子にのる。
わかっておるか、アキラ」
リースは真っ直ぐにオレを見て、忠告する。
「そのようなふざけた行いを続ければ――――いつか死ぬぞ?」
その真剣な瞳が、心配そうに揺れる瞳が、睨みつけられるよりも痛い。
気まずくなって、目をそらして頬をかいた。
「力に振り回されてるってのは、オレも今回でわかったけど……。
精神的にも問題はあったってわけか……」
戦っているときに気づいた、勇者の戦闘経験を持て余していること。
だが、それは些細なことで。
それより、扱うオレの精神の方がはるかに問題だった。
奴隷のような、上から目線の不当な束縛・制限という扱いに対して沸点が低すぎ、すぐに怒りに飲まれる。
無意識のうちに、勇者補正があると慢心し。
相手の土俵で負かそうと、調子に乗った。
その結果が、無様な引き分けだ。
ああ、全部リースの言う通りじゃないか。
精神的に未熟すぎる。
「ほんと、無様だな……。
言われてようやく気づくところか、ほんと……」
力に振り回されている。
戦闘経験を扱えていないという意味だけではなく、精神的にも。
「なあ、アキラ。我が主よ。
おぬしが死んだら、我はどうなる?
おぬしのために生きる我を残していくのか?
それに、そこのマナは?
もっと、自分とその周りを見てくれ……」
リースがベッドから降りて、寄り添うようにしなだれかかった。
温かい人肌の心地よさを感じ、リースの頭を撫でて引き寄せる。
リースはくすぐったそうに目を細め、身を任せてくれた。
「ごめんな」
「足りぬ。もっと撫でよ」
「はは、分かったよ」
「んっ……、分かればよい」
顔は隠れて見えないが、髪の隙間からのぞく耳が赤い。
照れているのだろう。
「でもさ、上から押さえつけられるのだけは、奴隷扱いだけは、どれだけ経っても我慢できない。
キレて、暴れまわって、殺し尽くす。
ここだけは譲れない」
「それならそれでいい。
中途半端に戦って、負けなければ、それでいい。
生きて戻ってきてくれるなら、それでいい」
「リース、ありがと。おまえがいてくれてよかった」
「……今頃気づいたか。
あ、こら。手を止めるな」
「はいはい。
…………なあリース。がんばるよ。これからはもっと」
「そうしろ」
反省とともに、新たな決意を抱き。
とても頼りになる相棒の頭を撫でた。
アキラが引き分けたのはリースをデレさせるためだったんだよ!
な、なんだってー!!
まあ、それは冗談です。
主人公は最初から変わらず最強です、力なら。
精神的にはこれ以降。