4:反省と名前と門
「やりすぎじゃ、たわけ」
怒られました。
中々に痛いオオカミパンチ。
リースが手に持ってパシパシ叩いているのはいつかの新聞兼ゴシップ雑誌最新号。
『クピッグ商会!次期会長の奇行!?』ですってよ奥さん。
あの戦闘からすでに5日。
のんびり馬車の旅で、獣王国家ムジンの近郊にある小さな村にたどり着いたオレ達は1日の休憩の後、その村でボルクと別れた。
その時、伝書鳥?によって様々な場所へ運ばれるらしい例の雑誌を買ったのだ。
そこにはアキラの行動の結果がでかでかと載っている。
クピッグ商会の行っていた悪事や、次期会長が奴隷を解放して商会をつぶすような行動を行ったことが書いてあった。
「確かに、アキラが奴隷のこととなると人が変わるのは理解できるがな、後先考えなさすぎじゃ」
「自分的にはいろいろ考えたんだけど……」
「奴隷には犯罪を犯して奴隷の身分に堕とされた罪科奴隷もおるのじゃぞ?
無制限に開放していいわけがなかろうに。
罪科奴隷の内、純粋な労働以外、金で解放できるのは軽犯罪ばかりじゃが……、それでもやりすぎじゃ」
「うっ」
「それにじゃ。アキラの言い分でもこの紙束でも、最低の商会だとはわかるがな、真面目に働く者もいないとは限らん。
奴隷を解放しよう、と突っ走ってそこだけしか考えとらん証拠じゃ」
くどくどくどくど。
正論なんだけど、それだけ痛みのある口撃である。
「まあ?見出しによればこの商会は基本娼婦や男娼を扱う奴隷商会で、従業員もクピッグ家の従者か奴隷くらいだったからいいものの……。
それでも、数人の軽犯罪の前科を持つ者が解放されたはずじゃ。全員が反省していないとは限らんが、数人はまた犯罪に走るものもおるやもしれん」
「…………たとえ奴隷でも、こんな扱いを許容してるんだ。従業員だって許せないさ。
たしかに、奴隷の全員解放については考えなしだったかもしれないけど……」
そう言って、となりに座る少女を見る。
安全のため、ボルクの馬車に乗る直前に契約を破棄した獣人の元奴隷少女。
首輪が砕けるその瞬間も、なんの感情もうかがわせなかった少女。
義務的な会話どころか、首を縦と横にわずかに動かすくらいの仕草しか見せない。
いったいどうやったら、ここまで人格が壊れるのか。
奴隷になる前からこうだったのか、それとも奴隷になってからこうなったのか。
あいつが連れていた他の奴隷たち見るに、どっちにしてもクピッグ商会に原因の一端はあるはずだ。
雑誌にも、ウソかホントか、酷い扱いについて言及してある。
ポカッ。
「あてっ」
そんなことを考えていると、またリースにたたかれた。
彼女は腕を組んで仁王立ち、じろりとこちらと睨みつけている。
「まだ反省が足りんの。まったく、アキラはもっと常識を身に着けるべきじゃ。
長く生きているとはいえ、人里に下りてきて短い我でも知っていることを知らんとは」
「……そうだよな。書庫で読んだのは勇者関係とかばっかだし、戦闘訓練と魔法の勉強くらいしかさせられなかったし。
このままじゃ、まずいか……」
自分の持つ知識は本当に少しだけなのだと思い知らされる。
そして、勇者という存在の歪さも。
この世界によばれ、暮らしながらも、この世界の常識を教えられずただただ戦闘力だけを期待される。
「それにじゃ、この奴隷――――元、か。こやつはどうするのじゃ?」
「獣王国家に行くんだから、連れて行こうかなって。
ボルクが言うには、あの国は誘拐されて奴隷になった獣人の保護もしてるらしいし」
誘拐云々は、質問にはイエスノーの首ふりだけで答え、言葉を話さない少女から四苦八苦して聞きだした。
本当に大変だった……。
首ふりで応答してくれるようになるだけで、3日くらいかかったからな……。
「こやつもおるのじゃし、やはり馬車を買ったほうがよかったのではないかの?」
「あんなケツの痛くなる馬車は嫌だね」
地面(道路とは呼べない)はでこぼこガタガタなので揺れる揺れる。
そんな悪路を進むため、馬車はある程度丈夫なつくりをしているが、快適さはあまり重視されていない。
この世界の人はこれに慣れているし、慣れるしかないからだ。
「それは我も同じだが……」
「しかも高いんだよ。そもそも馬自体がけっこう高いから馬車本体にはあまり金をかけられない。
それなのにそこまで快適じゃないとかさ。
さすがに国の馬車とか裕福な貴族は気を遣ってるだろうけど、それでも大したレベルじゃないし」
「だがな。ムジンまではいいとしても、そこから旅を続けるならば馬車は必須じゃぞ?」
「ま、荷物は亜空間だから空を飛んでもいいし、リースに乗ってもいいけど、目立つからなぁ……。
材料さえ手に入ったら自作するんだけど」
「我に乗るなど……意味は分かっておるのか?」
隣を見れば、頬を赤く染めたリースがいて。
羞恥に悶えるように、身をくねらせている。
「……え、なにが?」
「フェンリル族で、その……乗るというのは、な?
なんというか、つがいだけに許される、ことで……。
強さを示し、屈服させた雄のみができる――――」
さぁー、と。
血の気が引く音がした。
そういえば、もふもふはしたが背に乗ったことはなかった。
まさかそんな意味があろうとは……。
「ちょっと待とうか、オレはその風習は知らなかったし、リースだってオレなんか――――」
「いや、アキラは強き者であるし、我としても否やというわけではなくて」
(乗り気だー!!?)
かつてない衝撃走る。
見た目銀髪幼女と青少年。
ぜったいロリコンだと思われる……。
「そ、そそそそんなことより、リース!
この女の子の名前なんだけど!どうしようか!?」
「むっ!そんなに獣耳少女がいいのか!?
我だって出せるぞ!!――――ほらっ!!」
ぽんっ、と軽い音をたて、リースの頭に狼の耳、お尻にしっぽが生える。
人形態から獣人形態に移行した。
とらんすふぉーむ。
やばい。
これはや ば い 。
ふわふわで。もこもこで。もっふもふだ。
撫でたり、挟んだり、頬ずりしたり、舐めたり、ああ癒される癒されたい。
あったかくて、やわっこくて、ああもう――――。
「ふわっ、ふぬゃ、これ、やめ……」
「――――っは!?」
あぶねェ……。
あまりの魔力に飲み込まれて、オレはいったいなにを……。
手が勝手にリースの耳やしっぽへ伸びていた、だと……?
「あっ」
正気に戻ったオレは手を離す。
リースが少し残念そうな顔をした気がしたが、気のせいだろう。
「よっし、さっさとムジンへ行こうか!!」
「そ、そうじゃな!!」
変な空気を吹き飛ばすように、オレ達は目的地へを目指すよう大声を上げた。
ちなみに、少女の呼び名はマナとした。
いつか真名が見つかるように。
いつか真名を得られるように。
「………………」
件の少女――――マナはなにも答えず、ただただ眺めているだけだった。
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歩くこと半日とちょっと。
朝に村を出たのに、そろそろ日が陰り始めた。
昼過ぎから遠くに見えた獣王国家ムジンの防壁がもうすぐそこに在る。
「はぁーやっと到着か」
マナを背負い、アキラがやっとついたとばかりにため息をつく。
碌な栄養を与えられていなかったからだろう、少女の体力は微々たるもので、途中から背負うこととなった。
なお、諸事情によりリースは背負わなかった。
ええ、あくまで諸事情です。
「さっさと中へ入って休みたいものじゃ」
「だな。それより、まずは財宝を換金して、資金を得ないと行けないが」
そして、防壁にたどり着いたとき。
「貴様!その背中の少女を解放しろ!」
ものすごい目でにらまれてる。
確かに、獣人と賢獣の国からしてみれば、やせ細った少女を背負う人間は警戒対象なのかもしれない。
でも、いきなりそんな風にみられるとやっぱりいい気はしない。
「わかったわかった。下ろすから話を聞け」
マナを背中から下ろし、隣に立たせる。
そして大声で彼に正当性を訴えた。
「オレ達は旅の途中でこの少女を保護したため、ムジンに連れてきた!
ムジンへの入国を許可願いたい!」
「身分を証明するものはあるか?」
懐からギルドカードを取り出し、それを投げ渡す。
門番はそれを見て、投げ返した。
間合いをあけるため、距離を取っているとはいえこれはどうなんだろう……。
「その少女――――いや、彼女だけじゃなく、隣も人間ではないな。
では、おまえだけか」
「ほう、よく見破ったな……」
「殺気だつなリース。
で、門番さん。どういう意味だ?」
そういうと、彼は大きく手を振って、演説するかのごとく叫んだ。
「ここは力こそが至上の獣の国!
体力、腕力、耐久力、知力、魅力、魔力、何でもいい!
人間は力を示せ!!」
「オレだけか?この二人は?」
「これは人間用の提案なのだ。
この国は、人間に悪感情を持つ民は多い」
申し訳そうな言葉を、ギラギラした目で言われても、な。
「なーる。この門は弱者を落とすふるいってわけか」
「そうだ。我が国は決闘が日常的に行われている。
腕力だろうが、知力だろうが、勝てなければ地べたを這いずってもらう。
特に人間は、決闘の対象になりやすい。
そのため、門で試験を行っているのだ」
「なんて国だ……」
予想以上に殺伐としてるな。
主に人間に対してだけだろうが……。
アキラが呆れているのを無視して、門番は大声で告げる。
「――――さぁ!汝が力を示せ!!」
録画して見忘れていたガンダム00を見ていると思う。
決め台詞かっこいいなぁ。
「狙い撃つぜ!」とか「目標を駆逐する!」とか