2:覚悟の種類
いつの間にかPV150万アクセス超え ユニーク20万超えしていてびっくり。
というかもうビビった。
ありがとうございます。
「グルォオオオオオオオオオオオ!!」
突如響き渡った唸り声。
生物に本能的な恐怖を抱かせるような、低く重く震えるそれ。
「あれは……ドラゴン?」
そこにあるのは遠目に見ても豪奢な馬車と、それを守るように広がる数人の護衛たち、そしてそれと戦うドラゴン。
ファンタジー世界の想像によくあるような翼を持ち、空を飛んでブレスを吐く類ではなく、どちらかといえば恐竜に近いイメージだ。
四肢が発達し、その強靭な四肢でもって地上を蹂躙する陸の王者。
ティラノサウルスのような二足歩行ではなく、四足でトカゲのように這って進んでいるが、その安定性故に速度はなかなかのもの。
「ランドドラゴン……、こんなところにまで出てきてるなんて……」
ボルクがどこか絶望の色をにじませながら、そう漏らした。
「ふむ、大きさからみてまだ幼生体といったところかの」
「あれが、ドラゴン……」
アキラやリースの力量からしてみればしょせんただのでっかいトカゲ。
もっとでっかい翼のある空飛ぶドラゴンならば心躍っただろうが、あれではね。
ティラノほど大きくないから、ジュラ〇ックパークごっこも期待できない。
自動車程度の大きさではロマン数値は低めだ。
「ど、どうすれば……」
「よし、目の前の馬車とその護衛に気をとられている間にさっさと逃げよう」
「じゃな。あの程度を相手にするのはおっくうじゃ」
「二人とも落ち着きすぎだよ!もっとないの!?」
「なにが?」
「だ、だだだって!ドラゴンだよ!?
ランドドラゴンは下位竜種だけど、それでもBランクのモンスターなんだよ!?
僕たちなんて一口でパクリでゴクンでドロドロだよ!?」
なにやら力説するボルク。
彼の頭の中ではあの口に丸のみされ、胃で溶かされる様がありありと想像できているんだろう。
「でも、フェンリルとか空飛ぶドラゴンとかと比べれば、なぁ?」
「ふむ、歯牙にもかけぬとはまさにそのことじゃろうな」
「えぇー?なにこれ僕がおかしいの?
竜種なんて下位でも出会ったら死ぬ覚悟しろって言われるくらいなんだよ?
もしかして、二人とも高ランクだったりする?」
「ん?ギルドランクは最低のEだけど?」
「なのになんでっ!なんで余裕なの!?」
泰然としたオレ達の様子に期待したようだが、あいにくギルドの依頼はまだ受けたことがないので最低ランクだ。
その事実をしったボルクは頭を抱えてしまった。
「ま、落ち着け。さっさとトンズラする準備しようぜ」
幸いランドドラゴンは目の前の戦闘に夢中でこちらには気づいていないようだ。
ならば、このままトンズラこいてしまうのが正解だろう。
「……そ、そうだね。今のうちに迂回しよう」
「へぇ、助けよう、とは言わないんだな」
自分で言っておいてなんだが、意外という印象を隠しもせず、ボルクの真意を聞こうと聞きかえしてみた。
その答えは。
「僕はただのしがない商人にしかすぎないんだ。
帰る家があるし、家族もいる。
だから手におえないことはしないし、むやみに首は突っ込まない。
それが僕みたいなやつが生き残る術なんだよ」
馬に迂回するよう指示を出しながら、ボルクは100メートル程向こうの戦闘から目をそらした。
かるくいなないて、馬はゆっくりとその場から離れていく。
「それに参戦する、ということは僕だけじゃなく君たちまで危険にさらすということだ。
相乗りのお礼として護衛はしてもらうけれど、死地に送り込みかねないことはしない。
それは護衛じゃなくて討伐だ。別物だよ。
だいたいね、だれかを救いたいのなら、ペルヴィアから逃げずに食料をタダでも配っただろうさ。
そうしなかった僕がここで君たちを戦わせるなんて選択を取れるはずがないよ」
なるほど。
ボルクのこういう精神には好感が持てる。
潔いというか、一本芯があるというか、確かな矜持と覚悟がある。
「ま、オレらはEランクだし、な?」
「どうにもEランクの態度じゃないけどね……」
「気にすんな」
ボルクの肩を軽く叩いて、視線をランドドラゴンと戦う一団へと向けた。
少し距離があるので、≪拡大視≫を使用。
さて、世の冒険者はどんくらいのレベルなのかね。
護衛らしき戦闘員は6人。
5人が半円状にランドドラゴンを囲むような配置で攻撃をしており、1人が正面の壁役の奥にいる。
杖を持ってなにやらぶつぶつやっている雰囲気なので、後衛の魔法使いなのだろう。
見るからに魔法使いというか、気弱そうな女の子だ。
一方、馬車の方に目を向けると、馬の近くに御者らしき男が赤く染まった右腕を抑えて倒れていた。
片腕でなんとか止血しようと動いていることから深い傷ではないとわかる。
戦闘の際に誤って通してしまったかなんかしたらしい。
その衝撃で御者がいなくなり、馬車は即座に離脱できなくなったのか……。
さて、ドラゴンとの戦闘に目を戻す。
「けっこう善戦してるな……。こりゃあいつらだけでもどうとでもなったかな」
戦闘員の内訳は、剣が1人、槍が2人、双剣が1人、弓が1人、そして魔法使いが1人。
少し後衛が少ないが、パーティーに遠近、それに魔法と揃っているのはこの世界では珍しいことだろう。
見たところ、リーダーは槍を持ってランドドラゴンの正面に陣取っているヒゲの男。
たくましい体躯と槍捌き、他の数人によどみなく出す指示の正確さからみても熟練の冒険者だな。
Bランクのランドドラゴンを相手取れるのだから、平均C以上はあるパーティーなんだろう。
基本戦術としては、弓のやつが軽い牽制を行い、正面以外の3人が横や斜めから注意の薄いところに切りかかる。
そして、ランドドラゴンの気が完全にそれれば、真正面のヒゲ槍が大きな一撃をお見舞いする。
反撃には、その場所以外の人間が攻撃、気をそらせる。
それを繰り返し、徐々に徐々に、じわじわと体力を削っていく作戦。
「いやらしい戦い方すんなぁ……。でも、堅実だ」
感心したようにそうつぶやく。
とその時、やっと後衛の魔法使いの詠唱が終わったようだ。
彼女の杖から大きな火の槍が現れる。
その大きさゆえに、槍の形をとるまでにしばらく時間はかかったが、それの放つ熱量と威圧感は今まで冒険者たちの剣戟を歯牙にもかけなかったランドドラゴンを初めて感情をうかがわせた。
驚愕と、恐怖。
「ほお……単なる≪火の槍≫じゃなく≪炎の槍≫か……。けっこうな使い手だ。
見た目内気っぽいのにけっこうやるね」
≪炎の槍≫がきちんと形をとるまで他の5人がランドドラゴンを抑え込み、逃がさない。
と、クライマックスというところ。一つ思ったことがあった。
「やっぱ、声も聴きたいな……」
≪集音≫を使うことにする。
制限しなければそこらじゅうの音が集まってしまうので、きちんと範囲・音量を制限する。
すると、さっきまで遠くでざわざわ程度だった戦場の様子がきちんと届くようになった。
「――――爆ぜよ!≪炎のy――――」
それは最後の詠唱。
決まれば、この戦闘は無事に終わる。
「おまえら!さっさと片付けないか!!」
「きゃっ」
――――はずだった。
だれかの怒号と、小さな悲鳴。
内気な少女然とした魔法使いはその見た目通り、背後からいきなり怒鳴られたため身をすくめる。
それに伴い、魔法の制御が甘くなった。
詠唱の最終段階、魔法の名をもって魔法の効果を確定させる最重要の場面において邪魔が入ったから。
――――必然、魔法は本来想定していた結果とは異なることとなった。
ランドドラゴンのドタマにぶち込まれるはずだった≪炎の槍≫は狙いを違え、敵の手前、地面に落ちて大爆発を起こす。
それは爆風を巻き起こし、石ころを弾き飛ばし、それら二つはランドドラゴンを囲んでいた仲間を吹き飛ばした。
本来ならばランドドラゴンに当たり、周囲への影響は少しの熱波程度だったはず。
一応パーティーは距離を取っていたが、ランドドラゴンよりも手前に落ちたため、爆風だけではなく吹き飛ばされた石や砂がまずかった。
良くて打撲、悪ければ骨折や、最悪死の可能性もありうる。
今現在、すぐに動けるのはヒゲ槍が盾となった魔法使いの少女だけだ。
勝利の一歩手前という状態から一転。
別の形での終わり。
「ち、ちがっ。これはわたしのせいじゃ……。
――――そうだ、今の内にっ!」
いきなり馬車から怒鳴り散らして戦闘の邪魔をした小太りで脂ぎった男は、自らの引き起こした光景におろおろとした後、なにを思ったのか落ちていた剣を拾い上げて。
切りつけた。
魔法使いの女の子を。
「きゃあっ!!」
「なっ!?」
信じがたい光景。
それはきっと、切りつけられた側の少女も変わらないだろう。
そして、少女は倒れ、その表情に絶望の色を浮かべていた。
少女は、死ぬ。
ついさっきまでなら、生き残る道があった。
詠唱の時間が稼げない分、敵の攻撃をかわしながら軽い魔法を連発して牽制し、周りの仲間の回復を待つ道が。
――――だが、それも潰えた。
爆風で怯んだランドドラゴンが気を取り直し、痛めつけられた怒りに身を任せればそれで終わり。
全員が、食われるのを待つことしかできない。
「急げっ……」
最善の可能性を奪った張本人、小太り男はようやく止血を終えたらしい御者を叩き起こし、馬車へ乗り込む。
そして、すこしでも身軽になるため、いくつかの荷物を捨て始めた。
護衛たちの分であろう食料など、そして――――やつらのいう『商売道具』。
それを聞いて。その言葉が指すモノを見てしまった。
「奴隷……だと……!?」
見覚えのある、見覚えがありすぎる刻印が刻まれた首輪。
それだけではなく、念のためなのか手かせ足かせがはめられ、それが奴隷全員を鎖でつないでいる。
それはアキラの頭を沸騰させた。
「時間稼ぎと、生贄…………」
聞こえた言葉とやつらの行動を総合してでた答えが、それ。
護衛の冒険者たちはまだいい。
そういう仕事をしているのだ。
命を失う覚悟くらいはしておいてしかるべき。
アキラ達が彼らを助けようとしない理由の一つはそこにある。
だが。
奴隷には、それがない。
確かに、奴隷の中にはオレのように無理矢理拉致された者ばかりがいるわけではない。
貧窮の結果、奴隷に身を落とす覚悟して身売りを決めた者はいるのだろう。
しかし、それは死ぬ覚悟とは別物であるはずだ。
奴隷として働く覚悟と、死ぬ覚悟。
軽い重いではなく、種類の違い。
そして。
護衛と奴隷を見捨てたクソ小太りよりも。
迫るランドドラゴンに怯える護衛や奴隷たちよりも。
奴隷の内、数人の。
諦めている表情が。
ここで死んでしまうことも仕方ないと、受け入れているかのような表情が。
なによりも、癇に障る。
だから。
「――――――――殺るか」
そう、覚悟を決めた。
予想以上に長くなった……。
脂小太りをブッ飛ばすまでのはずが、あれー?




