EX2:過ぎ去りし思い出
これは、まだスフィアの役割を知らなかった頃。
王宮の中で、彼女だけは味方なのかもしれないと思っていた時の話だ。
アキラは朝食の後、用意された自室に戻ってきた。
――はいいが、これからの予定はない。
騎士団長によるシゴキもなく、魔法部隊たちの講義や練習もなく、クソ王との嫌味謁見もなく。
一日オフの完全フリー。
実に1週間ぶり休みだ!
「さすがに、疲れてるな……。
今日はのんびり寝てすごす……ぜったいだ……」
ベッドにぼすっと倒れ込み、ふかふかの枕に頭を埋めて……眠りに……。
「勇者様!わたしも剣を振ってみたいんです!」
ばたんと大きな音を立てて現れたのはスフィア。
そんな彼女に、とりあえずあいさつする。
うん、一日の始まり。朝のあいさつは大事だぞ。
「帰れ」
「いやです!」
「おまえここでは『はい、では失礼しま――――せんよっ!?』ぐらいのノリツッコミしろよ。
もう帰れよ」
「のりつっこみ?」
「うわー、まさか伝わらないとか……。もう土に還れ」
「それ遠まわしに死ねって言ってますよね!?」
「はぁ……。寝よ……」
もぞもぞ。布団にもぐりこんで、頭からかぶってシャットアウト。
うん、これで万全。おやすみー。
「寝ないでください!
起きてくださいよ!」
かけ布団をはぎ取られ、身体を揺すられる。
最初は無視していたが、さすがに我慢できなくなった。
とりあえず身体を揺するスフィアの手を払いのけ、彼女を睨みつけて「正座」と告げて座らせる。
「……スフィア。オレは久しぶりの休みなわけだ」
「はい。そう聞いています。
だから、ここに来たんです。
お暇なのでしょう?」
「スフィアに付き合う元気がない。
だから休ませろ」
まるで日曜日に子どもを邪険にするお父さんの如き振る舞いである。
だが、そんなもの子どもには通用しないのだ。
「いいからいいから!
ほらっ行きますよ!」
「あー……めんどくさ……」
ずるずると引きずられ、やってきたのは城の裏庭的場所だ。
城が影になって日が差さない暗い場所だからか、オレ達以外にはだれもいない。
「さあ、勇者様!
わたしに剣を教えてください!」
細身の剣を向けるスフィア。
いや、これ……。
「おまえ、教えてもらう立場じゃないよね。
今、オレに剣を突きつけて脅しちゃってるよね?」
「違います!
ほら、この剣を取って、見本を見せてほしいんです!」
「持ち手の方を向けろよ……。はさみ……はまだ発明されてないんだっけ?
とりあえず、刃物を渡す時は刃が無い方をさし出せ」
「あ、そうですね。気づきませんでした……」
「大体、オレにはクソ剣があるからおまえが使え」
ささっとテキトーに教えて、部屋に戻ろう。
どうせ気まぐれだろうし。
「くそけん……?
あ、聖剣をそんな呼び方しちゃダメですよ!」
「うっせ。いいからやるぞ」
「はいっ!
よろしくお願いします!」
「…………まず、持ち方が逆だと気づけ」
スフィアの剣の持ち方から指導していく。
右手と左手逆に持つやつが本当にいるとは思わなかった。
オレの騎士団シゴキを見学していたくせに、いったい何を見ていたんだこいつは。
持ち方を指導した後は、とりあえず素振り。
へろへろ~っという素振りを見て頭を抱えてしまったが、とりあえず改善点を指摘していく。
が、直らない。
まあ、ね。剣なんて持ったこともないだろうヤツが相手だ。
しかも、無駄に熱心で諦めてくれない。
テキトーに教えてさっさと退散計画が台無しじゃないか。
「そんなへっぴり腰でなにを斬るつもりだ!」
「なにも斬りませんよ!物騒な!」
「じゃあなんで剣を習いたいなんていいだしたんだよ……」
結局、スフィアの剣の指導は日が暮れるまで続くこととなった。
「なあ、もうやめないか?
日も暮れてきたし」
「はぁっ、はぁっ……。
そうですね……。そろそろ、終わりにしないと……」
地面に突き刺した剣にもたれかかり、荒い息を整えるスフィア。
「それにしても、どうしていきなり剣を習いたいなんて言い出したんだ……?」
スフィアは王女。
自身が矢面に立って戦うなどありえない。
それに、剣よりも魔法の方がまだ可能性があるだろうに。
「あの、だって……」
「だって?」
「……勇者様は剣を主に使いますし……、同じ武器を使うならその……」
スフィアはもじもじしながら指を突っつき、顔を俯かせる。
「……もっと、仲良くなれるかと思ったんです……」
顔は見えないが、髪から覗く耳が真っ赤に染まった。
そして、スフィアはそれ以上しゃべらなくなる。
「そか」
「……っ、はい」
なんと言っていいかわからなくなって、手持無沙汰にスフィアの頭を撫でた。
置いた瞬間、彼女はビクッと震えたが、撫でられる感触に力を抜く。
しばらく、そのまま時間が経ち、ここからどうすればいいかわからなくなってしまう。
手をゆっくりと放し、気まずそうに咳払いして空気を誤魔化すが、それが成功したかはわからない。
「じゃ、オレは夕食に戻るよ」
「……はい」
この時は、知らなかった。
だからこそ、こんなにも楽しい時間を過ごすことができたのだろう。
一応、復讐の相手だと頭では理解していても。
やはり彼女だけは違う、などという愉快な勘違いをしてしまった。
オレは、知らなかったから。
――――仲良くなりたい。
その気持ちが純粋なモノではなく。
――――正の鎖という、勇者を縛る役割から生まれたものであることなど。